慶應義塾大学 理工学部の黒田忠広教授を中心とした研究チームは、科学技術振興機構(JST)課題解決型基礎研究の一環として、消費電力量0.01pJ/bの積層チップ間無線通信技術を開発したことを明らかにした。同技術の詳細は、2010年6月15~17日に米国ハワイ州で開催される半導体デバイスに関する国際会議「VLSI技術シンポジウム(2010 Symposium on VLSI Technology)」にて発表された。

近年、チップ間のデータ通信の高速化に伴い、消費電力量の増加が課題となっていた。通信距離を短くすることを目的に、3次元実装技術の開発が進めれられており、これによりチップ面にに多数の通信チャネルを設置し、消費電力を抑えながら通信速度を向上させることが可能となる。同研究チームは、これまでもチップに搭載したコイルの磁気結合を利用したデータ通信技術の開発などを行ってきており、今回開発した技術により、ボタン電池1個分のエネルギーで、データ転送速度1チャネル当たり1Gbps超を達成、25組の通信チャネルを0.05mm四方のチップ領域に配置すると、2時間映画1本を1秒で伝送することができるようになるという。

開発された0.01pJ/bの3次元積層チップ間通信技術は、ボタン電池1個分のエネルギーで200Pビットのデータ伝送が可能。データ伝送速度は通信チャネルにつき1Gbpsで、レイアウト面積は0.01mm四方以下のため、小さなチップ領域に多数配置することが可能なほか、従来のVLSI製造技術で実現できるため、追加のコストも不要となっている。

同研究チームの研究成果のまとめと従来技術との比較。今回の0.01pJ/bの実現で、目標としていった「1000分の1の低消費電力化」を達成した

同技術は、チップ上に形成したコイル間の磁気結合を用いた無線通信技術。同研究チームが5年間に渡って研究してきた技術で、当初の目標「電力量の1000分の1の低減」を達成したものとなっている。

低電力化のための技術課題は、送信回路を効率よく動作させること。従来の磁気結合送信回路は、1と0のデジタルデータを送信するために複数のトランジスタを電源とグランドの間に縦積みにする必要があったため、効率が悪く、大きな電力を消費していた。今回、巻き方向を逆転させた2つのコイルを重ね合わせて1つの磁気結合チャネルを形成する2重コイル送信方式を考案、送信回路の効率を向上して従来からの課題を解決した。

一方のコイルで1のデジタルデータを送信し、もう一方のコイルで0のデジタルデータを送信する。この2重コイル送信方式により、電源とグランドの間に必要なトランジスタの数が1個で済むこととなり、その結果、効率が改善され、電力量を0.01pJ/bに低減することに成功した。

研究チームが開発した電力量削減効果実証用の試作チップ

同研究チームは、開発されたチップ間無線通信技術が、数年以内にさまざまな電子情報通信機器に実用化されると考えており、応用例の1つとして、SSDを挙げている。SSDに用いられるNAND型フラッシュメモリは、将来、100枚を超す積層メモリチップで構成されると見込まれており、チップ間通信に大きな電力を必要とする機器の1つとなることが予想されている。

また、非接触メモリカードと呼ばれる分野の製品の創出も期待されるという。メモリカードの電力給電とデータ通信を磁気結合で行いもので、これを実現するためには、新たな研究課題として、磁気結合通信の通信距離の延長と、データ通信と電力給電の干渉対策を行う必要があるとしているが、こちらはすでにJSTの戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「ディペンダブルVLSIシステムの基盤技術」として、研究が進められているという。