米IntelはISSCC 2009にタイミングを合わせて、32nmプロセスで製造した試作プロセッサの動作デモを披露した。同社は32nmプロセス技術の開発をすでに終了しており、年内の製造開始に向けて準備を整えている段階である。さらに次々世代の22nmルール、その先を見すえた開発もスタートしている。同社の微細化への挑戦は、まだまだ続く。では、そのスケーリングの先にIntelは何を見ているのか……というのが、プレナリーセッションに登場したIntelシニアフェローMark Bohr氏の講演のテーマだった。

トランジスタを微細化するだけでは不十分

1974年にIBMのR.H.Dennard氏が、トランジスタのサイズを3次元的に半分にし、電源電圧も系統的に変化させることで高集積・高性能化を実現できるというスケーリング則を提唱した。以来、ムーアの法則と共に半導体産業の発展を支える指針となっている。だが単純にトランジスタのサイズを半分にする手法は、ゲートリーク電流の増加によって90nmプロセス世代の頃に限界を迎えた。そこからは不可能を可能にするような挑戦が続いている。

まず歪みシリコン技術による動作速度の向上で、65nmプロセスへの進展を果たした。45nmプロセスではHigh-kゲート絶縁膜とメタルゲートなどの新材料でリーク電流を削減。次の32nmプロセスは第2世代のHigh-k/メタルゲート技術と第4世代の歪みシリコンの組み合わせで実現する。さらに、その先についてもマルチゲート・トランジスタ、InSb/InGaAs/InAsなどIII-V族のチャネル材料など様々な試みが進められている。

他の要素に目を向けると、インターコネクトはトランジスタのようにスケーリングと共に高速になるわけではないため、特に今日のロジック製品においては高速で高密度なインターコネクトが重要になる。将来的にはシリコン基板を貫通させるビア(Through Silicon Via:TSV)を用いた3Dスタッキング、さらにオプティカル・インターコネクトも視野に入れている。リソグラフィは、32nmテクノロジで初めて、クリティカルなレイヤにImmersion lithography(液浸露光)技術を採用する。その先はダブル・パターニングや計算機リソグラフィなどを検討しながら、EUV(極紫外線)露光装置への移行を想定している。

このようにムーアの法則を、まだしばらく前進させられる見通しが立っている。だが、「以前と同じシステムコンポーネントのまま、トランジスタを微細化するだけでは十分ではない」とBohr氏。それが「過去数十年にわたるスケーリングからIntelが学んだ教訓だ」と述べた。単純に性能を引き上げるためのスケーリングでは、複雑になるデメリットが浮き彫りになってしまう。Nehalem (Core i7)が複数の機能ユニットを備えた高機能チップとなっているように、今日のスケーリングは異なるコンポーネントを1つに統合できる点に価値を見いだしている。それによってエネルギー効率や電力管理、パラレリズム、またはアダプティブ回路など様々な方向に可能性が広がる。

効率性と並列性に優れた脳

システム統合へと向かうスケーリングをBohr氏は、生物の進化に重ねて説明した。複合分子をトランジスタと考えると、単細胞生物はIC、多細胞生物はマイクロプロセッサPCである。は虫類に相当する電子システムとして、DARPA Grand Challengeを制したスタンフォード大学の無人ロボット自動車を挙げた。同自動車は、GPS、レーザ、カメラ、レーダーシステムから送られてくるデータをサーバで処理しながら自律走行を実現している。センサからの情報をベースにシンプルに行動するは虫類に近いというわけだ。その進化の先としてヒトの脳を目標にすれば、未来のコンピューティングデバイスは、パワフルな処理能力とセンサを組み合わせて、ユーザーや周囲に環境に応じてアダプティブにふるまうようになる。動きや感情、言語などを認識するようになるだろう。

脳と今日のPCシステムを比べてみると、脳細胞は直径50μm。ニューロンは1兆、シナプスは1000兆だ。一方、最新のNehalemプロセッサのトランジスタ数は7億3,100万個である。スピードという点ではプロセッサが圧倒的だ。脳の100Hzに対して、プロセッサは2GHz以上。インターコネクトでもプロセッサの方が速い。それでも勝負にならないのは、脳のエネルギー効率の良さと並列処理性能にある。トランジスタの300mVに対して、脳細胞は10~20mVの電圧で動作する。脳全体のエネルギー消費量は20W。コンピュータシステムは40Wだ。これでヒトは目/耳/舌/鼻/触覚から入ってくる大量の情報を、極めて高度な並列システムによって同時に処理し続ける。キーボード/マウスやUSBデバイスからの入力情報を処理するだけの今日のPCは、は虫類以前の存在だ。「進化のピークははるか先であり、まだまだ多くのことを我々は学ばないと行けない」とBohr氏。

Bohr氏の講演によって、2年連続でISSCCのプレナリーセッションで脳の働きが取り上げられたことになる。昨年はPalmやHandspringの創業者として知られるJeff Hawkins氏が、新皮質アルゴリズムという考えから、脳の働きをコンピューティングに取り入れる試みを講演した。同氏はNumentaという会社で、知能の仕組みを解明し、ソフトウェアとして実装する作業を進めている。その際ハードウェアの設計については時期尚早として言及を避けた。それからわずか1年後のISSCCで、System-on-a-chip(SoC)へと向かう半導体のスケーリングと生物の進化を並べて考える講演が行われた。昨年はぼんやりとした未来だったものに、今年は明確な道すじが付けられた印象だ。