ミコ・マツムラ氏

言うまでもないことだが、SOA(Service Oriented Architecture)の導入にはコスト、すなわち費用と時間の両方が"それなり"に必要となる。導入後の投資効果がある程度見えてこなければ、経営層がSOAに対して慎重な態度を取るのは当然のことだ。だが、SOAは本当に投資効果が見えにくいソリューションなのだろうか。また、日本でのSOA普及は欧米にかなり後れを取っている状態で、「日本人にはSOAはなじまない」と、まことしやかに唱えるIT担当者さえ出てくる始末だ。果たして日本人とSOAはそんなに相性が悪いのだろうか。

SOAの普及が進まない現状、とくに日本での普及の遅れについて、その道のプロフェッショナルはどう捉えているのか - 独Sofware AGでDeputy CTO兼Vice Presidentを務めるミコ・マツムラ氏に話を伺った。

--2004年にSOAという概念が登場して以来、大手ベンダはさかんにSOAのメリットを強調し、その普及を図ろうとしてきましたが、2008年現在の時点では彼らの取り組みは思ったほど功を奏していないように見えます。この現状についてどう分析しておられますか。

まず明確にしておきたい前提として、SOAについては2つの視点から考える必要があるということです。ひとつはアーキテクチャ、つまりSOAの設計図となるブループリントという視点、もうひとつはそのブループリントに基づいていかにSOAの実装を進めていくかというコンストラクションの視点です。多くの企業ではブループリント策定までは問題なく進むものの、次の段階のコンストラクション、すなわち実装がうまく行かないことが多いようです。

では、実装がうまく行かない理由は何に起因するのか。私の経験上、これは2つのトラックに分類されます。ひとつは「ITシステムのトラック」、もうひとつは「組織のトラック」です。そして興味深いことに、この2つのトラック双方が混乱している(messy)企業が多い。混乱した組織がITシステムを作れば、混乱したシステムが出来上がるのは当然でしょう。

ここで重要になってくる概念がSOAガバナンスです。私の個人的意見ですが、SOAベンダの多くはガバナンスを非常に重要視してきているようです。ところがほかのIT企業は、とにかくITシステムのみに目が行きがちです。ガバナンスを打ち立てずにSOAのIT実装を進めようとしても、それが成功裏に終わる可能性は少ないでしょう。

--SOAベンダはガバナンスを重視しているとのことですが、それならばなぜ、彼らは顧客企業にその重要性をもっと訴えないのでしょうか。

SOAは比較的大きな企業に導入されることが多いのはご存じの通りです。Software AGもまさにそうなのですが、買収による企業の合併も多い。さまざまな考えや背景を持っている人たちが急に一緒の部署/部門に押し込められるとどうなるか -- 私はこの状態を"IT tribalism(IT部族主義)"と呼んでいるのですが、たいてい、それぞれの部族にはお抱えのベンダがついています。あるベンダが顧客企業の担当者と思っている人物は、実は顧客企業内の一部族代表に過ぎない。背景にある部族間抗争までは目が行かないわけです。ときどき、「どうしてこんなおバカ(stupid)なシステムが存在しているんだろう」と驚くようなITシステムを目にすることがありますが、そういったものが存在しているということは、どこかの部族やお抱えベンダが、そのシステムによって利益を得ているわけです。まさしく人間社会の縮図ですね。

最初に述べたように、SOAのブループリント策定はうまく行ってもIT実装は難しい、この理由はごく簡単です。ユートピア(理想郷)の青写真を描くだけなら、つまるところ、誰にでもできるわけです。だが、それを実現するには、"部族間主義"のような人間のもつ自然な本質を越える必要があります。一ベンダがそこまで企業の内部に立ち入るのは難しい。