昨年行われた「2007 Get Firefox ビデオアワード」にパンタグラフは2作品を出展し、うち1点は見事にグランプリに輝いた。その実績が山手線の車内で流されたCMの制作へと繋がっていく訳だが、この3つの作品には、パンタグラフの想いやこだわり、そしてノウハウが凝縮されている。
「2007 Get Firefox ビデオアワード」に出品したひとつ目の作品は、ロールケーキの生地にどんどんキャラクターが巻き込まれて、スパッと切ると切り口がFirefoxのアイコンになっているという映像。「大きなものが"グニョッ"となる、コマ撮りならではの動きの面白さを出しました」と井上氏。もちろん本当に"グニョッ"と巻き込まれているわけではなく、あくまでもキャラクターが、巻き込まれているかのように見せている。また、最後に出てくるナイフも本物かと思いきや、今回の撮影のために作った小道具。ヨシタケ氏は「本物のナイフも試したんですけど、大きさが合わなかった」と制作秘話を明かした。 そしてグランプリを獲得した作品は、コンピュータ自らがFirefoxをインストールしているというもの。「アメリカの作品を見せていただくと"Firefoxが便利だ"というアプローチが多かったので、"コンピュータ自身がFirefoxを好きだ"というアプローチがあっても良いだろうと考え、キャラクター化して絵作りをしました」と井上氏。一見、人の手がインストール作業をしているのかと思いきや、コンピュータ自身が手鏡に画面を映して……という流れで、見ている人の予想を気持ちよく裏切ってくれる。こういったアイディアは、井上氏によると「ひねり出す感じ」と言う。「アニメーションだと絵コンテを描く必要があるのですが、アイディアだけじゃ絵コンテにならないんですよね。どうやってカタチにするのか、3人で話し合いながら決めるっていう、その部分にいちばん時間を使いますね」と江口氏。そういったことができるのも、広告の仕事で厳しいオーダーに応えてきたから。井上氏は「造形して撮影して……という仕事は作業量が計算できます。だから、できるだけアイディア出しに時間を割くんです」と話す。
撮影スタジオもビルの中にあって、作ったそばから撮影ができる。ちょっと違うなと思えば、その場ですぐにキャラクターの色に修正したりすることも可能。クラフトの工程と撮影の工程が同じ空間で行われるから効率は良い。
リングに上がる速くて強そうなキツネと、でかでかと表示されるFirefoxというキーワード。山手線の車内で流されたこのCMについて井上氏はこう語る。「まずロゴを見せたい、Firefoxというキーワードを伝えたい。そしてそれがインターネットに関係するということをわかってほしいという、シンプルでわかりやすいオーダーでした。流れる時間は15秒しかありません。あれもこれも盛り込んで、文字情報もあって……情報を押し付けすぎると、さっぱり印象に残らないんです」
実際に、撮影に使われたキャラクターやリングなどのオブジェを見せていただいた。奥行きを演出するためにパースのつけられたリング、意外なほどシンプルに作られた背景の観客、リングのロープ。そこにあるのは、まさに手作りのオブジェだった。削り出した質感や手塗りの痕跡がしっかり残っている。人が作ったからこそ、そしてここに現物として存在するからこそ、完成した映像にも、どことなく「愛嬌」を感じるのだろうか。
「きれいに仕上れば仕上げるほど、ありがたみを感じなくなってくることがあるんです」と井上氏は語る。
手仕事。それは、すごく贅沢なことなのかもしれない。そう考えると、山手線の車内で流れたわずか15秒の映像は、本当に「リッチな映像」なのだ。