リビングルームへのデジタルコンテンツ配信は家電業界の人間ならば誰もが夢見る目標の1つだが、そのゴールに一番近いのは、すでに既存の配信プラットフォームを持つCATV事業者かもしれない。

2008 International CESの5人のキーノートプレゼンターのうち4番手に登場したのは、全米最大のCATV事業者である米Comcast会長兼CEOのBrian Roberts氏だ。Comcastは100チャンネル超の番組のブロードキャスト配信やビデオ・オン・デマンドだけでなく、そのCATV通信網を活かして電話事業や高速インターネット接続サービスも提供する総合事業者でもある。そうした同社がデジタルコンテンツ配信の世界で大きな一歩を踏みしめるための「Comcast 3.0」とは、どういった戦略なのだろうか。

米Comcast会長兼CEOのBrian Roberts氏

同社の最新戦略「Comcast 3.0」とは何か?

Comcastってどういう会社?

Comcastについて簡単におさらいをしておこう。2,500万回線の契約ユーザーを持ち、そのうちの1,300万回線が高速インターネット接続サービスを利用しており、電話事業でも全米第4位のポジションにある米国CATV会社の最大手がComcastだ。その歴史を紐解くと、1963年に現CEOのRoberts氏の父親が米ミシシッピ州ツペロ(エルビス・プレスリー生誕の地で有名)で始めた小さな地域放送局に端を発する。国土の広い米国において、通常の地上波放送は提供エリアが限定されるために全土に均質なサービスを提供するのは難しく、衛星放送では受信装置設置とメンテナンスの難しさがある。そこで急速に発達したのがCATV事業だ。米国ではCATVのエリアカバー率が100%に近く、地域に密着した事業者も含め、大小さまざまなCATV事業者がサービスを展開している。Comcastも自身のカバーエリア拡大とともに、こうした地域事業者を傘下に次々と業容を拡大、全米最大の事業者にまで成長した。1963年当初5チャンネルでスタートしたComcastは、現在では数百チャンネルを提供するまでに至っている。

1963年に米ミシシッピ州ツペロでスタートした小さな会社がComcastの前身

当初は5チャンネルでスタートしたCATVサービスは、いまでは100チャンネルを優に超える巨大サービスに

また、Comcastは全米最大のブロードバンド事業者の1つでもある。CATVの双方向通信網を使うことで、DSLや放送衛星よりも容易にインターネット通信網が構築できる。特にDSLの下り帯域が1~2Mbps程度しか出せない米国において、3Mbps超(最近では4Mbps以上にパワーアップしている)の双方向通信が可能なComcastのサービスは競争力も高い。MicrosoftがWindows 95時代にこの通信網に目をつけ、Comcastに多額の出資を行った話は有名だ。

これが真の双方向インタラクティブサービス「tru2way」

「衛星通信では一方向の通信のみにしか対応せず、(大手電話会社などの)通信事業者が提供するインターネット接続サービスでは帯域も少なく、配信インフラとしては不十分だ。Comcastの提供するようなCATV通信網でこそ、真の双方向インタラクティブサービスの提供が可能になる」とRoberts氏は述べ、デジタルホーム時代のコンテンツ配信で大きくリードしている点を強調する。

「CATVの世界では、DOCSIS(Data Over Cable Service Interface Specifications)と呼ばれる業界標準がある。この定義されたインタフェースをベースにCATV網とTVを接続するケーブルモデムの標準化が行われている。同様にユーザーに対してよりリッチな体験を届けるための技術もオープンなものとし、すべての対応機器でコンテンツの再生が利用可能にすればどうだろうか」とRoberts氏が紹介したのが「tru2way」と呼ばれる配信プラットフォームだ。同氏によれば、コンテンツは標準的なJavaとオープンAPIで記述され、一度アプリケーションを記述すればどの対応機器上でも動作する点が特徴だという。パートナーにはMotorolaやCisco Systemsなどのケーブルモデム(STB)メーカーのほか、パナソニックやSamsungなどの家電メーカーも含まれる。またMicrosoftもパートナーに入っており、Media Center Edition上でのtru2wayコンテンツの再生が可能だという。

「"真の"双方向サービス」を意味する「tru2way」。CATVのケーブルモデル(STB)を介してリッチコンテンツを提供するためのオープンプラットフォームだ

通常のTV以外にも、携帯やポータブル機器、ゲーム機、PCなど、さまざまなデバイスでの動作を想定している。参加企業にはSTBメーカーのほか、家電メーカー各社、PC業界の重鎮の姿が見受けられる

Comcastとの提携については、同じくCESのキーノートで松下電器産業AVCネットワークス社長の坂本俊弘氏がすでに触れている。tru2wayの正式発表にあたってRoberts氏は壇上に坂本氏を呼び、その提携内容について詳細を説明した。パナソニックではVIERAなどの薄型テレビ製品でtru2wayを標準サポートし、STB等の外部装置なしで直接コンテンツの再生を可能にする。また坂本氏が壇上で紹介したのがAnyPlayと呼ばれる小型プレイヤーだ。AnyPlay自体がDVR(Digital Video Recorder)としての機能を持っているため、単純にtru2wayコンテンツの再生だけでなく、保存した状態のコンテンツを持ち歩いてどこでも楽しめる点が特徴だ。

パナソニックの坂本俊弘社長も登場。同氏が紹介するのはAnyPlayと呼ばれるポータブル型メディア再生装置。DVRとしての機能も持っており、持ち歩いてどこでもtru2wayサービスのコンテンツを楽しむことができる

パナソニックのVIERAでは、STBなしで直接TVだけでtru2wayコンテンツを視聴できる

展示会場のパナソニックブースで参考出品されていたAnyPlay。tru2way対応VIERAとともに、今年後半には市場投入が計画されている