東京の多摩地区には、自動車がまったく通らない少し変わった“都道”がある。
正式名称は「東京都道253号 保谷狭山自然公園自転車道線」。一般には「多摩湖自転車歩行者道」と呼ばれる、総延長21.9km(多摩湖周回道を含む)の道である。
公式情報によれば、埋設された導水管の上に整備され、昭和54年に開通したサイクリングロード。
つまり道の地下には、水の流れがあるのだ。
今回は多摩湖自転車歩行者道の一部、西武多摩湖線・武蔵大和駅付近から東へ進み、東村山市と小平市の市境付近まで歩いてみた。
ほぼ全てが東村山市内に収まる約4.2㎞の同区間を歩いてみると、普通の遊歩道とは少し違う多摩湖自転車歩行者道の様子が次々に見えてきた。
地下に水を通す、一直線の道
武蔵大和駅近くから入って少し進むと、まずこの道の“まっすぐさ”に目を引かれる。
まるで、定規で引いた線のようだ。
一般的な道路は、地形や宅地、既存の道路網などの状況に合わせ、微妙なカーブを繰り返しながら延びていくもの。しかし、この「多摩湖自転車歩行者道」はというと、時折緩やかで大きなカーブがある以外、ただひたすらまっすぐに延びている。
線路や他の道路と交差するため、いったん途切れる箇所もあるが、横断歩道や踏切を渡ったその先にはまた、愚直なまでに直線的な道がずっと続いていくのである。
この不自然にも感じるまっすぐさは、地下に導水管が通っていることに起因している。
導水管は、“東京の水がめ”とも称される多摩湖(村山貯水池)から、武蔵野市にある境浄水場へ水を送るためのもの。
送水方式は、土地の高低差を利用した“自然流下方式”が採用されている。2つの地点には約53mの高低差があるので、ポンプなどの動力を使わず、環境負荷のない重力という自然の力のみで水を送っているのだ。
自然流下方式で効率よく水を送るためには、条件が許す限り導水管を直線的に敷設することが望ましい。
そのために生まれた、武蔵野台地上の直線水道用地が、現在は歩行者と自転車の専用道として利用されているというわけである。
道を東へ進むと、東村山浄水場の脇を通る。
地下導水管に通う一部の水は、この浄水場にも送られているのかと思いきや、どうもそうではないらしい。
境浄水場と並び、東村山浄水場も東京都上水道の重要施設だが、原水は別系統の複数水源から供給されており、この遊歩道の地下を流れる水が直接流れ込んでいるわけではない。
沿道に「虹の水門」と名付けられた石造りのモニュメントが建っていた。
かつてこの付近にあった「第一水路急下」という導水施設をモチーフにした石碑で、この道の由来と歴史を伝える造形物のひとつである。
生活道として息づく、水道道路
さらに東へ進むにつれ、道は住宅地の中へ入っていく。
まっすぐの舗装路を、歩行者、自転車、ランナーが共有している。朝夕は通勤・通学の自転車が多く、日中は散歩する高齢者や犬を連れた人、ベビーカーを押す人、学校帰りの小学生などが行き交う。ロードバイクで軽快に走る人もいれば、ママチャリでゆっくり進む人もいる。
沿道のところどころには小さな植え込みやベンチがあり、木の下に立ち止まって世間話をしている人たちの姿も見られる。
地域に根差した生活道路そのものだが、自動車がシャットアウトされているので騒音は少なく、危険性もないので、とてもゆったりしたいい空気が流れている
多摩湖自転車歩行者道の東村山市内区間のほとんどは、西武多摩湖線の線路と並行していて、歩いていると一定の時間ごとに、赤や黄色の4両編成電車がすぐ横を通り過ぎていく。
水を運ぶ導水管と人を運ぶ鉄道、そして歩行者と自転車が行きかう生活道が、束のようになって延びる、面白いインフラなのだということに気づかされる。
やがて道は東村山中央公園の近くを通る。西武線の線路を挟んだ向こうに公園の樹林が広がり、風景が少し表情を変えた。
さらに東へ進むと、道は東村山市の東端に近づいていく。
沿道に小さな休憩スペースがあり、そこには石造りのモニュメント「水の碑」が置かれていた。
この石碑もまた、かつて近くにあった水路急下施設を表しているという。
モニュメント周辺には、コンクリート製の古い構造物状のものも転がっている。
詳しい説明書きはなかったが、おそらく、旧導水路の施設に関わる遺構なのではないだろうか。
道は東村山市を出て小平市へと入っていった。
その先には、境浄水場方面へ向かう長い水道道路がまだまだ続いている。
市境に近づくころには、この道のまっすぐさももはや違和感ではなくなっていた。
多摩湖自転車歩行者道は、機能がそのまま風景になった、東京でも珍しい道なのだった。













