300年以上の歴史を持ち、世界最高峰のスパークリングワインとして親しまれてきたシャンパン。その世界ではいま、大手メゾン中心の時代から、土地や造り手の個性を映す小規模生産者へと価値観が変化している。書籍『世界を歩いたワインインポーターが語る 変貌するシャンパンの世界―教養として知るシャンパン革命―』(石田大八朗/ジェイコード)では、長年シャンパーニュの現場を見てきたワインインポーターの視点から、その歴史や近年の潮流、知っておきたいトリビアや楽しみ方までを解説する。本稿では、その一部を抜粋して紹介する。
今回は「世界的なブランド力を蓄えた、シャンパンの光と影」。
世界的なブランド力を蓄えた、シャンパンの光と影
ドイツの詩人・ゲーテの有名な言葉「光が多いところでは、影も強くなる(光が強いほど影は濃くなる)」のように栄光には光もあれば影もあります。19世紀以降、シャンパンは国内外問わず、世界的な人気になりました。すると人気に便乗しようと、各国でシャンパンを名乗るワインや、その名前を借用した商品が横行します。例を挙げると、有名なところでは、旧ソ連の「ソヴィエツコエ・シャンパンスコエ(略ソビエト・シャンパン)」です。これは、高級なシャンパンを国民的なスパークリング・ワインとして大衆化したもの。もちろんフランス側は長年にわたり反発しました。
また、スペインの発泡酒は、昔はかなり普通にシャンパンと呼ばれていましたが、フランス側との法的対立で使用が難しくなりカヴァ(Cava)と名付けられました。シャンパンと名乗れなくなったことで、逆に独自名がメジャーになった成功例かもしれませんね。各国ではシャンパン・サイダー、シャンパン・ビールはじめ、シャンパン・パフューム、シャンパン・ソープ、シャンパン・ソルベといった香水・石鹸・アイスにまで、シャンパンの名称が使われました。また、安いワインに糖と炭酸を入れ、シャンパンとして売る業者も現れました。ボトル形状、豪華なラベル、王冠風デザインを取り入れて高級感を演出し、消費者の目をごまかしたそうです。
私たちの記憶をたどってみても、昭和の頃、子ども向けシャンパン風炭酸飲料として全国で人気を博したシャンメリーが思い浮かびます。名前の由来は、「シャンパン」と「メリークリスマス」を合わせた造語だったようで、クリスマスの定番でしたね。ほかにもシャンパンにあやかった商品が一つ、ふたつ、思い浮かぶのでは?
このようにシャンパンの歴史は、本物と模造品との対立の歴史ともいわれるほど、膨大な数の模造品が、世界中に出回り始めたのです。加えて、世界恐慌(1929年〜)により、シャンパンの需要が減り、シャンパン産業全体に危機感が漂い始めました。
フィロキセラの被害、メゾンの他産地からのブドウ購入、原産地境界のオーブ県除外、農民の暴動、国内外での模倣品や偽造品の横行……これらの問題がきっかけとなり、シャンパーニュ地方の生産者、メゾン、そして国は「シャンパン」の名称と価値を守るための法整備を進めていきました。その取り組みは後にAOC(Appellation d'Origine Contrôlée)制度の成立にも大きな影響を与えることになります。
これは、フランスが世界に先駆けて整備した原産地保護制度であり、「どこで造られたか」という土地の価値を法律で守る仕組みです。
そして、1936年6月29日、ChampagneがフランスのAOCとして正式に認められたのです。これは、「シャンパンとは何であるか」が法によって定められた記念すべき日なのかもしれません。これにより、シャンパンの原料、ブドウの生産地はもちろん、使用品種、栽培法、収量、圧搾法、瓶内二次発酵、熟成期間に至るまで、細かな規定が設けられました。
生産地域として認められたのは、マルヌ県、オーブ県、エーヌ県、オート=マルヌ県、セーヌ=エ=マルヌ県の一部地域。ただし、県全体がAOCに認定されているわけではありません。実際には、この5県の中でも限られた村や区画のみが、「Champagne」を名乗ることを許されています。特に中心となるのは、モンターニュ・ド・ランス、コート・デ・ブラン、ヴァレ・ド・ラ・マルヌなどを擁するマルヌ県と、コート・デ・バールを抱えるオーブ県です。一般に「シャンパーニュ地方の5地区」という場合は、県ではなく、5つの生産エリア区分を指します。
使用できるブドウ品種8種類のうち、中心となるのはシャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエの3品種で、品質維持のために剪定方法や植樹密度まで細かく規定されており、収量も毎年上限が設定されます。これは、過剰生産を防ぎ品質を守るためです。
収穫は手摘みが義務付けられている点も特徴的。高級ワインはブドウを丁寧に選別しながら収穫する必要があります。圧搾についても、一度に搾る量や使用できる果汁量が定められており、雑味の少ない果汁だけがシャンパン用として使用できます。
醸造では、瓶内二次発酵といわれる方式が義務化されています。ベースワインを瓶詰めした後、酵母と糖分を加えて再発酵を行い、瓶内で自然に炭酸ガスを発生させます。この工程こそが、シャンパン特有の繊細な泡と特有の旨みを生み出すのです。
さらに、熟成期間(瓶内熟成)にも厳しい基準があります。ノン・ヴィンテージで15カ月以上、ヴィンテージでは36カ月以上、セラーでの熟成が義務付けられています。加えて、動瓶、デゴルジュマン、ドサージュといった製品化工程にも細かな規定があり、ラベル表示に至るまで管理されるようになりました。
フランスのワイン産地の多くがそうであるように、シャンパーニュ地方でも、毎年、「1haあたり何kgまで収穫してよい」という上限が定められ、供給量そのものが調整されます。
さらに、長い熟成義務と瓶内二次発酵によって、生産には時間と莫大な資本が必要となります。その結果、シャンパンは単なる品質管理にとどまらず、「安易な大量生産や価格競争を起こしにくい構造」を築いているのです。
これは単なる品質管理ではありません。希少性、価格、ブランド価値まで含めて維持する、シャンパン独特の〝経済システム〟といえるのです。
AOCはフランス国家法として法的効力を持ちます。そのため、規定に違反すれば、単に業界内で問題視されるだけでは済みません。最悪の場合、「Champagne」の名称そのものを名乗る資格を失うことになるのです。そして、1941年にはシャンパーニュ委員会(Comité Champagne)が発足されました。これは、単なる業界団体ではなく、AOCに準じて特定の地域の農家とメゾンの双方を束ねながら、フランス国家の法制度と結びついて機能する、非常に特殊な「半公的組織」なのです。
委員会の役割は、AOCに基づいてシャンパンの名前を守り、供給を制御し、品質を監視し、時に農家とメゾンを仲裁します。この厳格な〝ルールの見張り番〟がいたからこそ、シャンパンは一地方の発泡酒ではなく、世界最高峰のラグジュアリーワインの地位を築けたといえます。
『世界を歩いたワインインポーターが語る 変貌するシャンパンの世界―教養として知るシャンパン革命―』(石田大八朗/ジェイコード)
シャンパーニュは300年以上にわたり世界最高峰のスパークリングワインとして親しまれてきました。一方で近年、大きな価値観の変化が起きています。かつて主流だった大手メゾン中心の時代から、畑や土地、造り手の哲学を映し出す小規模生産者「アルチザン・シャンパーニュ」へ──。世界中のワインラバーやトップソムリエたちの注目は、ブランドではなく、生産者の思想やテロワールへと移りつつあります。本書では、長年にわたり世界各地の生産者を訪問してきたワインインポーターの視点から、シャンパーニュの歴史だけでなく、業界を揺るがす大転換期の内幕を解説しています。


