シニア向けアパレルEC「キテコ」などを展開する株式会社トリニティ(Trinity Inc.)。代表取締役の添田優作氏は、美容師からキャリアをスタートし、介護用品レンタル業、EC事業を経て、現在のシニア向けファッション事業にたどり着いた。度重なる事業の壁をどう乗り越え、何を軸に意思決定をしてきたのか。創業の経緯から経営哲学、そして今後の展望まで話を聞いた。
シニア向けアパレルを目指した背景
――まず、現在の事業を始めるに至った経緯を教えてください。
添田氏:もともと美容師をしていたのですが、自分には向いていないと感じて辞めました。しばらくフリーターをしており、25歳の時にオーストラリアへワーキングホリデーで1年間行ったこともあります。その後、「普通に会社員として就職しよう」と考えていたのですが、当時父が会社員を辞め、在宅酸素療法(肺の悪い方が自宅で酸素を吸入する機器)のフランチャイズを個人事業として始めていました。そこを手伝ったことが、会社の創業の一番最初のきっかけです。
ただ、父と自分の2人分の収入を稼ぐのはなかなか難しく、エリアや仕入れ先が決まっているフランチャイズという形態上、事業拡大も難しい状況でした。そんな中、「高齢者のお客様向けの別のサービスが何かできないか」と考え、車椅子や介護ベッドを地域の介護保険を使ってレンタルする福祉用具事業を始めることにしたんです。
――介護用品からアパレルに軸足を移された背景は?
添田氏:インターネットで介護用品・福祉用具を5~6年ほど販売する中で、単純な仕入れ・販売のビジネスモデルでは大手企業との価格競争に巻き込まれ、生き残るのが難しいと感じるようになりました。そんな折、12年ほど前に書店で、ニューヨークのおしゃれな高齢者を撮り続けたストリートスナップ集『Advanced Style――ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ』に出会いました。そこには、70代、80代、さらには100歳近い方々がおしゃれを楽しむ姿が映っており、それを見た時に強い衝撃を受けました。
私自身、学生時代からファッションが好きで、アルバイト代を全部服に費やすような青春時代を過ごしてきた一方、社会人になってからはファッション関係ではなく、高齢の方を相手にするビジネスに携わっていました。ただ、そのスナップ集を見て、ファッションという概念そのものが変わりました。年齢を重ねたからこそできるおしゃれもあるし、それは単純にかっこいいと感じ、事業の軸足を大きく変えることを決めました。
経営者としての意思決定と失敗から得た学び
――経営者として今日までいろいろな意思決定をしてきたと思いますが、意思決定をするうえで大切にしていることは何ですか。
添田氏:「自分たちにしかできないことかどうか」「自分たちがやる意味があるかどうか」を基準にしており、加えて「自分たちがやらなければこの領域は前に進まない」ということには挑戦しようと決めています。また、意思決定とは少し異なりますが、「やり切る」と決めることも重要かなと思っています。今の事業を始めてから2~3年は黒字化しておらず、ずっと資金が出ていく状態でしたが、それでもやり切ることは決めていました。精神論ではありますが、「やめないという意志を持ち続ける」「行けるところまで行く」という姿勢は非常に大事だと感じています。
――今振り返ってみて、間違った意思決定もあったのではないでしょうか。
添田氏:一番大きいのは、EC事業を始めた初期に、明確な軸がないまま「儲かりそうだから」という理由でいろいろな商品に手を出したことです。健康食品を扱ってみるなど、手を広げましたが、ほとんどうまくいきませんでした。当時は正直、社会的な意義よりも「とにかく死なないこと」に必死でした。競合がどんどん増え、ある日気づくと自分たちより安い競合が上位に来ている、という状況の中で、日々をやりくりしながら経営していました。
ただ、今振り返ると、その領域ですでに本気で取り組んでいるプレイヤーがいる中で、私たちのような企業がリソースを分散させても勝てるわけがありませんでした。当時はどこか勘違いをしていたんです。今は専門特化することや世のためになることの重要性を強く感じており、唯一無二の存在になることが大事だと考えています。
――勘違いという言葉が出ましたが、勘違いには良いものと悪いものもありそうですね。
添田氏:良い勘違いは、大きく考えることではないでしょうか。経営者の思考の枠が、そのまま会社の枠になってしまいます。最終的な意思決定は経営者が行うことが多いため、自分の枠にとらわれず、前向きな方向に展開していくことが、良い勘違いだと思います。
一方、悪い勘違いは、自分を過信することです。センスや経営者としての資質を過大評価せず、むしろ過小評価するくらいがちょうどいい。また、「将来に対しては前向きな勘違いをしていいけれど、現時点の自分の実力については勘違いしないほうがいい」と考えています。
シニアファッション市場の今後
――今後、高齢者向けファッション市場はどのように変化していくと思いますか。
添田氏:シニア世代と一括りにいっても、60代、70代、80代でそれぞれ価値観も身体的な状況も異なり、世代ごとに細分化されている印象です。今の70代前半の人たちは、ファストフードや洋楽、洋服など、私たちと近い文化に触れて育ったため、「自分の好きなものを着たい」という意識が強い世代という印象です。そもそも、年齢を重ねても「きれいでいたい」「かっこよくいたい」という気持ちに世代の差はありません。加齢に伴う身体的な変化により、おしゃれをすることが少しハードルになっているだけです。今後は年齢関係なくさらに自由な消費行動を取るようになっていくと考えています。
――とはいえ、高齢者自身や社会に「おしゃれをすることへの後ろめたさ」のようなものがあるように感じます。
添田氏:まさにそこが私たちの事業の一番のテーマです。「いい歳をしておしゃれをするなんて」といった、高齢の方自身の中にも、社会の側にも、根拠のないバイアスが存在しています。ただ、実際に若い世代の人と話してみると、そこまで否定的に思っている人は少なく、「誰かがそう思い込んでいるだけ」なのかなと感じます。
このバイアスを取り除くには、ある程度の影響力を持った企業が発信することが重要だと思っています。規模の小さな企業が発信しても届きにくいですが、規模のある企業が発信すれば、世の中の受け止め方も早いスピードで変わっていく。私たちが規模を追い求め、成長を目指している理由の一つはそこにあります。年齢を重ねても、若い頃と変わらず、後ろめたさや罪悪感なく、着たいものを着られる。それが当たり前になる社会を目指して成長していきたいです。
――今後、トリニティをどのように成長させていく予定ですか。
添田氏:長期的なビジョンとして、高齢者向けブランドでナンバーワンになることを10年単位の目標として掲げています。そこで大切にしているのは「第一想起」を取ることです。「カジュアルウェアを買いたい」と思った時に真っ先に思い浮かぶブランドを目指しています。
また、私たちが運営する「キテコ」というサイトも、高齢の方が「キテコに行こうよ」と自然に口にするような存在にしたいです。これは売上や認知度を高めたいということ以上に、文化をつくるためには一定の認知が必要だという考えに基づいています。例えば、かつて日本で「コーヒーを飲む」といえば、喫茶店かコンビニの缶コーヒーの二択でした。ただ、スターバックスが登場して生活様式そのものを変えました。私たちも高齢者ファッションにおいて、自由に、気兼ねなく服を選べる文化をつくっていきたいです。
コスパの良い努力の方法は?
――最後に、挑戦を続けるビジネスパーソンへメッセージをお願いします。
添田氏:今の時点でできないことが多くても、優れた人がたくさんいても、それでも「まだまだできる」「今の自分はこんなものではない」と根拠のない自信を未来に対して持つことが重要だと考えています。もちろん、そのための努力も必要ですが、現状を「こんなものだ」と受け入れすぎている人は少なくありません。年齢を重ねて経験値が増えるほど先が見えてしまい、挑戦しない省エネモードに入りやすくなりますが、それでは面白くありません。「どこまで行けるか」ということ自体を楽しみ続けると良いと思います。
――努力について、具体的にはどのようなことを心がけてきましたか。
添田氏:「努力」とは、他人から見て努力に見えるものであり、自分自身では努力だと思っていないことが一番だと思っています。「努力している」と意識してしまうと続かないので、「そもそも好きであること」「興味を持てること」が大前提です。好きでなければセンスも知識も積み上がっていきません。そのうえで、自分が一度決めたことをやり切ること。これが努力の本質です。周囲の成功している人を見ていても、やり切る力のレベルの高さを感じますし、それは頭の良さだけでは到達できない領域だと思っています。
――おすすめの努力の方法はありますか。
添田氏:個人的には読書がコストパフォーマンスの良い方法だと思います。私は「能力とは『問いの質』だ」と考えているので、「どんな問いを持てるか」を重要視しています。良い問いが立てば、アウトプットも自然と良くなります。読書はあまり時間もコストもかからず、数時間で新しい問いに出会える、非常に効率的な手段だと思っています。業績が思わしくない時ほど、自分の考え方をアップデートするために本を手に取ることも多いです。




