ジョンソン・エンド・ジョンソンに30年在籍したのち、日本マクドナルドで社長を務め、2025年5月にウォルト・ディズニー・ジャパンの代表取締役社長兼マネージング・ディレクターに就任した日色保氏。同社に入って初めて見えたのは、ブランドの「広さと深さ」とファンの熱量だったという。
ディズニーにおける映画と配信の関係、長年積み上げてきた作品と事業のつながり、そしてそれらをデジタル時代にどう進化させるのか。異業種を歩んできた日色氏ならではの視点で語っていただいた。
異業種へ進む原動力は「新しいことへの好奇心」
――医療、外食、エンターテインメントと異なる業界を歩いてこられました。キャリアを選ぶ軸は何だったのでしょうか。
医療業界には30年いましたから、いろいろな業界を渡り歩いてきたというほどではないんです。ただ、その間に営業、マーケティング、トレーニング、新規ビジネス開発など、さまざまな仕事を経験しました。ジョンソン・エンド・ジョンソンの社長に就任したのは、新卒で入社して24年目。私にとって、社長は14番目に経験した仕事だったというわけです。
そういった経験から、新しいことへの好奇心は強かったと思います。日本マクドナルドへ移るときは、本当に清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちでした。自分にできるか分からないし、まったく違う業界でしたから。でも一度その経験をしたことで、異業種へ行くことへの免疫が少しできたように思います。
もともと音楽も映画も舞台も、エンターテインメントが大好きでした。その中でも世界で大きな存在の一つであるディズニーで仕事ができる機会が来たのです。これは今逃したら後悔すると思いました。
――業界は違っても、選んできた会社に共通するものはありますか。
強い企業文化や価値体系があることですね。ジョンソン・エンド・ジョンソンには「我が信条(Our Credo)」があり、会社として大切にする価値観が非常に明確です。
日本マクドナルドも、お客様を大切にするだけでなく、人や地域社会を重視する会社です。ディズニーはストーリーテリングの会社で、お客様に物語を届けることやクリエイティビティを大切にしています。振り返ると、そういう明確な価値観を持つ会社に自然とひかれてきたのだと思います。
転換期のリーダーに求められるのは、それまでの延長線上にない変革
――日本マクドナルドでの経験は、ディズニーの経営にも生きていますか。
日本マクドナルドにいた時期は、外食産業が大きな転換期にありました。私が社長になってしばらくしてコロナ禍になり、デジタルやデリバリーへの対応が進みました。
ディズニーも似たところがあると思っています。Disney+(ディズニープラス)のようなデジタルプラットフォームを中心に、さまざまなサービスをどう展開していくのか。まだまだ変化の途中です。そういう転換期にリーダーシップを発揮するのは、やりがいがあります。
――外部から来た経営者だからこそ、できることもあるのでしょうか。
昨日やっていたことを今日もやり、今日やっていることを明日もやるのであれば、私のように外から来た人間はそれほど必要ないと思うんです。チームの方が仕事のことをよく知っていますからね。そうではなく、今までの延長線上ではないところへチームを連れていくところに、自分の価値を出せる余地があると考えています。
一つ挙げるとすれば、コンテンツの変化やコンテンツの幅です。劇場映画は、米国で作られた作品を日本で展開するのが基本で、私たちは主に配給を担っています。一方、Disney+では、日本のお客様のニーズに応えるコンテンツを日本で制作し、国内だけでなく世界へ届けることもできます。最近は、日本のお客様から「日本の文化に合った物語をもっと見たい」というニーズを強く感じています。そうした声に応えて日本発のコンテンツを作り、世界のさまざまな地域で見てもらう。この挑戦は非常に面白いと感じています。
ディズニーに入って見えた、ブランドの広さとファンの思いの深さ
――実際にディズニーへ入って、外から見ていたときとの違いを感じましたか。
一番驚いたのは、ブランドの広さと深さです。子どもが小さいころはディズニーランドへよく行きましたし、アニメーションにも触れてきました。それでも入社してみると、それまで見えていたのはごく一部だったと気づきました。
例えば、私はあまりゲームをやってこなかったので、『ディズニー ツムツム』や『キングダム ハーツ』、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』にこれほど多くのファンがいることも、入社するまでは十分に分かっていませんでした。お客様との接点は、想像していた以上に多岐にわたっていたのです。
――ファンの熱量に驚いたわけですね。
そうですね。社長になってから、映画の上映イベントやディズニーストア、ディズニー・チャンネルのイベントなど、お客様がブランドと接する場面を数多く見てきました。皆さんがとても能動的なんです。この映画を観よう、このグッズが欲しい、と思って自分から来てくださる。その熱量はすごいですね。
米国で開かれた「D23:究極のディズニーファンイベント」に参加したときも、新しい映画やアトラクション、シリーズの発表一つ一つに会場が沸く様子を目の当たりにしました。特定の作品だけでなく、ディズニー全体を丸ごと好きでいてくださるスーパーファンがいらっしゃいます。中に入ってみて、ファンの皆さんの思いの深さを改めて実感しました。
配信の時代に見直される、映画館で過ごす時間の価値
――ディズニーにとって、映画とDisney+はそれぞれどんな役割を担っていますか。
ディズニーにとって映画は非常に重要です。社内では「ウェーブメーカー」、つまり新しい波を起こす存在と呼ぶことがあります。まず優れた物語があり、それがお客様に届いて共感していただく。その先にグッズやゲーム、Disney+の配信シリーズ、本など、さまざまな展開が生まれます。やはり起点となるのは、映画や物語なんです。
一方、Disney+はデジタルなので、いつでもどこでもお客様が作品に触れられます。新しい映画が公開される前に過去作をDisney+で予習して映画館へ行き、観た後にまた戻って見直す。以前にはなかったそんな楽しみ方も生まれています。
――配信が普及したことで、映画館の価値も変わってきていますか。
そう思います。ストーリーを追うだけなら配信でもできます。そんななかで、せっかく映画館へ行くなら、大きなスクリーンやいい音響で観たい。友人とその時間を一緒に過ごしたい。お客様の意識が、そのような体験価値を求めるほうへ少しずつシフトしているように感じます。
音楽でも、音源を聴くだけではなくライブへ行くことに価値を感じる人がいますよね。映画館もそれに近い存在になっているといえます。作品を一度見ればストーリーは分かりますが、それでも何度も映画館へ足を運ぶ方がいらっしゃる。同じ作品を好きな人たちと、その場と時間を共有すること自体に価値があるのだと思います。
映画館側も、売店にタッチパネルを導入して待ち時間を減らすなど、映画を観る前後も含めた体験をアップデートしています。映画館へ行くこと自体が心地よく、そこでしか得られないものがある。そういう方向へ進化していると思います。
100年近くかけて築いた、IPと事業のつながり
――ディズニーならではの強みは、どこにあると考えていますか。
一つの作品やキャラクターといったIP(知的財産)から、さまざまな体験につなげられることです。例えば『トイ・ストーリー』なら、映画館で新作を観るだけではありません。Disney+で過去作を予習・復習したり、キャラクターのグッズを持ったり、ゲームの中で会えたり。さらに、パークへ行けば、また別の形で作品世界に触れられます。音楽やライブエンターテインメントもあります。
一つの物語に対して、いろいろな接点を持てること。それが一つのパッケージのようにつながっているのは、ディズニーの大きな強みだと思います。
――こうした多様な接点は、どのように作られてきたのでしょうか。
もともとウォルト・ディズニーの時代から、映画を起点に音楽、パーク、出版などをつなぎ、相乗効果を生み出す構想がありました。ウォルトが書いた手書きの構想図も残っています。IPを軸にさまざまな事業へ広げるやり方を、最初に実現したのはディズニーだといわれています。
その後、ゲームやクルーズ、Disney+など新しい接点も加わってきています。方法論は公開されていますが、今から同じ規模でパークやクルーズ、ゲーム、音楽などを一つずつ作るのは簡単ではないでしょう。ディズニーは100年以上かけて、このエコシステム、つまり作品や事業が互いにつながる仕組みを構築してきたのです。
――日本市場で作品を届けるうえでの強みは何でしょうか。
日本の映画市場は、2000年代初頭、洋画が7割、邦画が3割でしたが、今は逆転しています。そうした市場で洋画を届ける私たちとしては、日本のお客様に何が響くのかをきめ細かく考える必要があります。
その点でアドバンテージになるのが、スタジオの幅の広さです。作品の幅が広いぶん、日本のお客様へ届ける切り口も多く持てます。ディズニーアニメーションだけでなく、ピクサー、マーベル、ルーカスフィルム、20世紀スタジオ、サーチライトなど、特徴の異なるスタジオがあります。
さらに日本では、映画の配給、つまり営業や宣伝まで自分たちで担っています。米国資本の大手ハリウッドスタジオで、そこまで自社で行っているのは私たちだけです。同じ作品でも米国と日本ではポスターを変えるなど、日本のお客様に合わせて届け方を考えられることも大きいですね。
Disney+を軸に、つながりをさらに進化させる
――そのエコシステムの中で、Disney+は今後どんな存在になっていくのでしょうか。
今後、エコシステムの中心になる可能性を秘めているのがDisney+です。私は、動画配信サービスが動画だけを配信する形は、5年、10年したらなくなっていると思っています。
例えば、Disney+から関連グッズを買えるようにしたり、映画館で特別なグッズがもらえるようにしたり、ディズニー・オン・アイスの席を早めに予約できるようにしたり。ゲームで少し強くなるアイテムがもらえる、といったこともできるかもしれません。ディズニーが持っているさまざまなIPとビジネスの接点を一つにつなげられるのです。Disney+がそのハブになり得ると考えています。
――一方で、日本でディズニーを成長させていくうえでの課題は何でしょうか。
一つは、ファンの皆さんが求めているものに、まだ十分応えきれていないことです。例えば『ツイステッドワンダーランド』の展示会では、コアなファンの方が数多く来場いただき、お待ちいただいてしまう場面もありました。それだけ熱量の高いファンがいるなら、違うオファーの仕方も考えられるはずです。デジタルを使えば、別の価値の届け方や選択肢も生まれてくるでしょう。
こうしたことも含めて、私は「One Disney」という言葉を使っています。映画や配信、グッズなど、ディズニーがお客様に提供できるものは多く、すでにエコシステムとしてつながっています。ただ、デジタルの時代にできることが増えたぶん、そこにまだ追いつけていません。
もう一つは、ディズニーというブランドの強さが、そのまま課題にもなることです。ディズニーと聞くと、プリンセスやアニメーションを思い浮かべる方が多いでしょう。一方で、吉本興業さんと一緒に新しいお笑いを届ける『THE ONE SHOT』というコンテンツも手がけています。こうした企画に対してSNS上では「吉本とディズニーの組み合わせってなんか違う」といった反応もあります。もっと広く、懐の深いブランドなのに、それがまだ十分に知られていない。そこを知っていただくことも、取り組んでいくべきところですね。
ただ、これだけ多くの接点を持っているのがディズニーです。今後の可能性は、かなり広がっていくと思っています。






