近年、社員の心身の健康や幸福度は、企業経営で重視されるようになりました。いわゆるウェルビーイングに積極的に取り組む企業は、そうでない企業と比較し、利益の成長率が倍以上になるとの報告もあります(2023年ウェルビーイング取り組みの実態調査)。
株式会社YeeY共同創業者・代表取締役の島田由香さんは、日本企業におけるウェルビーイングの先駆け。グローバル企業で人事のトップを務め、ワーケーションや、社員が働く場所や時間を自由に選べる「WAA」※1など、先進的な制度を導入してきました。
2022年に独立し、自身も東京から和歌山へ移住。ウェルビーイングを軸に、地域と企業、人と人をつなぐ新しい挑戦を始めています。
島田さんの活動は、組織や地域をどう変えていくのでしょうか。今回は、こんまり(R)メソッドを世界に広め、片づけを日常の家事から世界的ムーブメントへ押し上げたプロデューサー・川原卓巳が、島田さんの取り組みや想いについて聞いてみました。
※1:WAA=Work from Anywhere and Anytime
独立して注力した4つのこと
――2022年、ユニリーバ・ジャパンの取締役人事総務本部長というポジションを手放し、独立されました。大きな決断だったのではありませんか?
新卒から26年間会社員でしたね。退職を決めたときは、周りから驚かれました。でも、以前から根底では「こう在りたい」という自分で生きてきていて、そこは変わらない。ただ、表現の仕方は、劇的に変わったと思います。
――26年間のキャリアを手放してまでやりたかったこととは?
今は4つのことだけに時間とエネルギーを使うと決めています。「働き方」「真の人材育成」「地域活性」「ウェルビーイング」の4つです。これらは、それぞれ独立したテーマではなくて、掛け合わせることで初めて機能します。働き方を変えれば、人材育成の形も変わる。地域でその育成をやれば、地域活性につながる。そして、それら全部の土台にウェルビーイングがある。4つを組み合わせることで、どれか一つを単独で変えようとするよりずっと深く、それぞれを再設計できると思っているんです。
「また会いたい」が循環する関係性の価値
――和歌山県みなべ町で始めた「梅収穫ワーケーション(通称:梅ワー)」は、まさにその4つを実践する場ですね。どんな活動か、あらためて教えてください。
都市部のビジネスパーソンなどにワーケーションでみなべ町に来てもらい、仕事の合間に1日4時間から梅の収穫作業を手伝ってもらう取り組みです。のべ参加人数は初年度で240名、翌年は382名。過去4回実施して約1,300人の方にご参加いただいています。初回の2022年は6月のみでしたが、今では5月から7月まで70日間実施しています。
――家族で参加したのですが、梅畑が急斜面で驚きました。悪天候でしたが、夢中で作業した達成感は忘れられません。
本当に傾斜がすごいんです。足を滑らしたら「うわーっ」て(笑)。でも、梅と向き合う単純作業への没入で、自分との対話が生まれる。そんなフロー体験が、脳にはとてもいい影響を与えます。
――まさにウェルビーイングですね。最初はぶっきらぼうだった農家さんが、3年後は「楽しみすぎて早起きして小屋掃除しちゃった」とニコニコ。僕の4歳の息子も梅ジャムのデザートがお気に入り。作ってくれた農家さんの名前も覚えています。
それは嬉しい!参加者が楽しみながら一生懸命手伝ってくれるから、「また会いたい」が生まれます。本当に感謝ですね。単に農家さんの労働力を補うだけでなく、真の関係性が循環しているんです。「◯◯さんの作った梅が食べたい」というのは、まさに地域支援型農業(Community Supported Agriculture; CSA)の本質。顔の見える生産者の産物を買いたいというつながりが、経済価値を生み出しています。
――農家さん、地元の中学生、企業の社員が輪になって集う光景も印象的でした。
梅ワーには、毎年お隣の田辺市から中学生や先生も参加してくれています。みなべ町と田辺市はどちらも梅の産地として世界農業遺産に認定されていて、校長先生が授業の一環で生徒を送り込んでくれたんです。某企業からも研修として社員が参加し、仕事のことや、参加した気づきについて語ってくれる。それを聞きながら、みんな笑顔になって帰っていく。1つの地域で完結させるのではなく、広域で人と人がつながることで、より良くなっていく。これってウェルビーイングな考え方なんですよね。農業も、企業研修も、教育も、バラバラだったものが一緒になることで、それぞれの価値が再設計されていくんだと思います。
日本のより良い未来のために
――なぜ、縁のなかった和歌山で梅ワーを始め、移住までされたのですか?
講演で訪れたのがきっかけです。東京から飛行機で1時間足らず。空・海・山があって、何を食べてもおいしくて安い!一気に惹かれました。コロナ禍で白浜に滞在する中、みなべ町の人手不足を知り、飲み会の席で思わず「梅収穫ワーケーションやらない?」と提案したんです。何度も訪れていたら気づけば移住していました。
――先が見えない中で「やってみよう」と思える人は多くありません。なぜ挑戦できたんでしょうか?
「こうでなければならない」より「こうしたい」に軸足を置いているからだと思います。いい意味で、ノリが軽い。ただし、地域への尊敬と感謝の気持ちで接することが大前提。みなべ町の人たちは、私の提案に「ノー」と言わなかった。お互いへの信頼があったからこそ「よくわからないけど、やってみよう」が生まれたんです。
――梅ワーをきっかけに生まれた人材育成の研修プログラムがあると聞いています。島田さんの考える「真の人材教育」とは?
はい、一次産業ワーケーション®︎を通じて自律人材を育成し地域活性を同時に起こす15日間の研修プログラム「TUNAGU」です。私が考える真の人材教育とは、自分らしく生きながら仕事や人生の目標(パーパス)に向かって主体的に行動できる“自律人材”を育てること。その土台となるのがウェルビーイングの向上です。
一次産業に携わることで「没入体験」を生み、五感を使って得た感覚や感情を内省する「身体知」へとつながります。そこから自己との対話が深まり、ウェルビーイングが高まっていく。また、地域の産業や暮らしと深くつながることで 、自社の強みを活かした地域との協働の可能性に気づき、新たなビジネスアイデアの創出につながることもあります。
現在、5県6地域(和歌山県みなべ町・すさみ町、三重県尾鷲市、石川県能登町、富山県魚津市、福井県高浜町)の農林漁業の現場でTUNAGUを展開しています。自ら考え、動く体験を通して、企業の自律人材の育成に役立てていただきたいと考えています。
――働き方や生き方を変えたい人へ、メッセージをお願いします。
アイデアがあっても、実行しない人が大多数。でも、興味があるなら、やる前から失敗を恐れるのではなく、現場に行って触れてみることをおすすめします。私も独立するとき、不安になりました。でも、もし行き倒れるようなことになったら、ご飯を食べさせてくれる友人はいると思えたので、吹っ切れました。未来は選択の積み重ねで決まります。「こうしたい」という気持ちに素直に向き合うことから始まるのだと思います。
――ウェルビーイングを経営として成果に結びつけるために、何が必要だと思いますか?
1人でも多く「ウェルビーイング」を体現できる社員を育むこと、そのために「越境」に前向きかつ積極的に取り組むことだと確信しています。「越境」とは、”場所”と”人”と”やること”を変えること。つまり非日常を体験することです。いつも都市部にいる人こそ地域に赴き、そこで農家さんや地域の皆さんと関わり、農作業に従事したり、地域のお母さんが手作りした地元料理を食べたり、いつもとは違う体験をする。景色を変えると意識が変わるから、組織が変わるんです。頭で考えて理解することばかりに終始している私たちがすべきことは、五感をもっと使い、心と体で感じる体験をすることです。だから今後は、体験をベースとした学習機会(=研修)に前向きな会社がこれからの違いを作ります。
――5年後、10年後、日本の働き方はどう変わっていてほしいですか?
5年後、10年後と言わずすぐにでも、全ての人がWAAな働き方をし(いつでもどこでも働くことができる)ていて、自分のパーパス(生きている大いなる目的)とつながりながら、「働く」をもっと楽しいものとして、思いっきり生きている人たちで溢れている日本をみんなで創っていきたいと思います。そのためにも、自分のウェルビーイングに責任を持つこと。これが本当に鍵だと確信しています。
今回の対話を通じて感じたのは、未来はたった一人の思いつきからでも、動き始めるということ。ウェルビーイングが高まり自分らしさを取り戻すことで、想いは言葉になり、その声に「いいね」と応える二人目が現れる。そこから生まれる前向きな連鎖が、人や組織、地域を変えていきます。その土台にあるのは、地域への尊敬と感謝。“入らせていただく”という謙虚さがあるからこそ、「また会いたい」と思われる関係が育まれる。日本で「WAA」や「越境」がスタンダードになれば、国力の底上げにもつながるに違いありません。
今回お話をうかがったのは…
株式会社YeeY(イェーイ) 共同創業者・代表取締役、一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会 代表理事 島田由香氏
1973年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、パソナを経て、米国コロンビア大学大学院にて組織心理学修士号取得。日本GEを経て、ユニリーバ・ジャパン入社。2014年より取締役人事総務本部長に就任。「WAA」など独自の人事施策を多数実行するかたわら、17年に株式会社YeeYを共同創業、代表取締役に就任。22年6月にユニリーバ・ジャパンを退職し、独立。日本企業や社会のウェルビーイングリテラシー向上と、ウェルビーイング経営実現に取り組む。地方自治体の組織コンサルティングやワーケーションコンテンツ開発支援なども行う。 梅収穫ワーケーションについてはこちらhttps://workation1st.jp/area_detail/4d4evezQ
※本記事は対談内容をもとにライターが構成・執筆しています


