「システム構築にかかる時間がスピーディーであること」「リソースが柔軟であること」「新しい技術を導入しやすいこと」。オンプレミスと比較した場合のクラウドのメリットは、よくこのような文脈で語られます。

しかし、システムをクラウド化したからといって、今挙げたメリットが存分に発揮されるとは限りません。意思決定にとても時間がかかる、部門間の風通しが悪い、……このような "新しいことを試しにくい組織" では、クラウド化の効果は薄まってしまうのです。

世界最大級の発電会社であるJERAは、"We decide. We control. We create." というスローガンの下、ごく短期間にコア システムのフル クラウド化を達成。同社にとって Microsoft Azure (以下、Azure) への移行プロジェクトは、"クラウド化が活きる組織" への、風土変革の機会でもありました。

データ ドリブン カンパニーになるために

JERAは、東京電力と中部電力の出資によって 2015 年に設立されました。その後、2019 年4月に段階的に進めていた燃料・火力発電事業の統合を完了し、液化天然ガス (LNG) などの燃料の開発・調達・輸送・貯蔵、発電所の運営、そして電力とガスの販売までを一貫して手がける企業となりました。日本で発電される電力は、全体のおよそ 3 分の 1 が、JERAが生み出したものです。燃料となる LNG の取扱量も凄まじく、年間約 3,500 万トンと世界最大級です。

JERAは、「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供する」ことを使命としています。この使命を体現するように、JERAは事業統合を果たしたことにより、巨大なバリューチェーンを構築しました。しかし、株式会社JERA 経営企画本部 ICTマネジメント推進部 部長の藤冨 知行 氏は、「まだ大きな課題が残っていた」とし、詳細をこう述べます。

「それは、IT システムがバラバラだったことです。JERA は設立当初からグローバル展開を想定しており、出資元の 2つの会社から基幹系システムを持ち込まず、自社データセンターで独自に SAP ERP を展開していました。ただ、事業統合によって SAP ERP 以外のミッション クリティカルなシステム (以下、コア システム) や周辺のシステムには、親会社から受け継いだものや借りているものなどが数多くあったのです」(藤冨 氏)。

JERA が利用するコア システムのうち、電力の需給管理システムや設備の遠隔監視システムなどは東京電力・中部電力から承継しており、電力取引システムや火力管理システムなどは両社から借り受けていました。そして、悩ましいことに、それぞれがデータの流動性に乏しい異なる時代のアーキテクチャで運用されていたといいます。

「当社 は 2019 年 4 月の事業統合後、新たな IT デジタル戦略として『データ ドリブン カンパニーへと変革する』ことを掲げました。そして、データを活用した分析や意思決定を進めるために、"統合IT基盤" とも呼ぶべきプラットフォームを整備してシステムをそこに移していくことを計画しました。ここにあたり、借り物を利用してきたコア システムにメスを入れる必要があったのです。また、データの民主化に向けた組織作りや新たなデータ マネジメント プロセスの構築も、並行して行わねばなりません」(藤冨 氏)

AI や IoT といったデジタル技術の発展により、発電所の O&M (オペレーション・メンテナンス) 手法は、目まぐるしい勢いで変化しています。どうすれば、時代に即応し、横断的なデータ活用ができる環境が構築できるのか。JERA が選択したのは、Azure を基盤にしたフル クラウド化でした。

インダストリー イノベーションを進めるために、Azure を採用

社会を存続させるために、電気は欠かすことができません。格別の安定性が求められるエネルギー業界において、フル クラウド化はどのように決断されたのでしょうか。

藤冨 氏は、会社設立の時点では、クラウドの信頼性に疑いを持っていたと明かします。

「誤解を恐れずにいうと、電力業界はクラウドに対して一種の懐疑心を持っており、自前主義な傾向があります。それは、この仕事が人の生命や安全に直結しており、"品質を自らがコントロールできなければならない" という歴史的な責務を負っているからです。2015 年の設立当時の業界においてはパブリック クラウドの導入例が少なく、黎明期にある印象でした。このため、当時はクラウドの採用を見送っています。もっとも、完全にクラウドを遠ざけたわけではなく、開発環境に用いることはありました」(藤冨 氏)。

しかし、こうした部分的な利用では、クラウドの良さは存分に発揮されません。クラウドの最大の利点は、リソースの弾力性です。一般的にオンプレミスの場合、最大負荷を想定して必要なハードウェアを調達する必要があります。しかし、クラウドならば、リソースをコントロールしてコストや性能を最適化していくことが可能。こうした利点は、本番環境でこそ発揮されるものといえます。

「クラウドの動向にはいつも目を向けていました。先述した IT デジタル戦略にあたってデータ プラットフォームの整備を検討することとなりましたが、技術の進展に伴って"データを預ける場所" としての信頼性が高まっていました。ここで舵を切るべきと、そう判断して、コア システムのフル クラウド化に踏み切ったのです」(藤冨 氏)。

2019 年 5 月、JERA はフル クラウド化に向けた本格検討をスタート。ここに際して、なぜ Azure が選ばれたのでしょうか。藤冨 氏は同サービスを選択したポイントとして、技術革新への期待感が大きかったといいます。

「国内外問わず 10 社を超えるクラウドベンダーを総合的に評価した上で、Azure の採用を決めました。SAP ERP 移行に向けた機能、コスト、信頼性など、検討項目はいくつもありますが、重視した項目の一つに『技術面での将来性』があります。Azure は、機械学習やビッグデータといった "我々がデータ ドリブン カンパニーを目指す上で重要な技術" が今後さらに実装されていくだろうという期待感がありました。もちろん、エンタープライズの豊富な実績からくみ取れる高い信頼性、ミッション クリティカルなシステムを受け止められる機能性や海外リージョンとの相互接続性なども、Azure を評価したポイントです」(藤冨 氏)。

"『データ ドリブン カンパニーへの変革』を実現するためにも Microsoft Azure への期待は一層大きくなっています。変革への武器として同サービスを積極的に活用することを視野に採用を決めました。"

-藤冨 知行 氏: 経営企画本部 ICTマネジメント推進部 部長
株式会社JERA

"We decide. We control. We create." に込められた意味

JERA は、2019 年 11 月より Azure 上でのインフラ構築をスタート。3か月後の 2020 年 2 月に SAP ERP の移行を完了し、さらにその 3か月後には、燃料取引リスク管理システム、燃料貯蔵品管理システムといったコア システムについても、移行を完了させています。

特筆すべきは、これらのシステムが、従来 IT にあった "借り物" から脱却する形で移行が進められたこと。同社は、構築を開始してからわずか半年間で、コア システムのモダナイゼーションとフル クラウド化を果たしたのです。

藤冨 氏は、これほどのスピード感で推進できた理由について、同社 CIDO (最高情報デジタル責任者) の強いスローガンがあったと語ります。

「グローバル CIDO のサミ・ベンジャマが掲げたスローガンは、"We decide. We control. We create." でした。自分たちで決めて、コントロールして、生み出す、ということです。ベンダー依存環境から脱却し、我々 IT 部門が主体となってことを進めていかなければ機会損失が発生してしまうのだと、そのように受け止めました。システムや設備の契約更改を待つのではなく、我々が自ら期日を定め、そこまでに必ず JERA オリジナルのプラットフォームをクラウドに築く。この方針の下、一気にクラウド化を進めていきました」(藤冨 氏)。

クラウドでシステムを構築すればデータ ドリブン カンパニーになれるかといえば、当然そうではありません。JERA にとって本プロジェクトは、IT 業務の在り方、思想を変革するチャレンジでもあったのです。

株式会社JERA 経営企画本部 ICTマネジメント推進部 ICTインフラユニット ユニット長の藤井 剛 氏は、プロジェクト開始当初をこのように振り返ります。

「初めのうちは、正直なところ、『せっかく事業統合が終わって一段落したのに……』という思いがありました。しかし、実際に着手すると、自分たちで主体的に取り組んでいくことが思った以上にチャレンジングで、チームのモチベーションを引き上げることにも繋がるとわかりました。今回のプロジェクトで、"ITの運用管理する部門" から "IT で事業価値をクリエイトする部門" へと、チームの意識を変革できたと思います」(藤井 氏)。

続けて、株式会社JERA 経営企画本部 ICTマネジメント推進部 ICTインフラユニット 主任 佐藤 雄哉 氏は、プロジェクトにあたってはマイクロソフトの支援に大きく助けられたと述べます。

「スタートはクラウドのナレッジがほとんど無いところからでした。私たちインフラ部隊が『バーチャルなデータセンター』となるためには、いったい何をどういう順序でやっていけばいいのか。アプリ側の部隊と足並みを揃えるためにどんなルールを敷けばよいのか。マイクロソフトの手厚いサポートがなければ、スムーズにプロジェクトを進めることはできなかったでしょう。プロジェクト中のみならず、現在も引き続き週次でサポートをして頂いています」(佐藤 氏)。

フル クラウド化への挑戦が、組織に意識改革を生む

JERA はわずか半年間で、コア システムのフル クラウド化を達成しました。このプロジェクトによって「新しい風土が生まれた」と藤冨 氏はいいます。

「従来は、インフラとアプリは別物という意識がありました。ごく短期間のスケジュールでプロジェクトを達成するという経験、またクラウドという新たな技術を通じて、双方の垣根を越えたチームが生まれたと感じています。それを象徴するのは、インフラとアプリのどちらの部門からも、『AZ-900 Microsoft Azure Fundamentals』といった Azure の資格取得者が現れたことです。よりハイ レベルな『AZ-103: Microsoft Azure Administrator』も含めて、現在は 22 名が、Microsoft認定資格を取得しています」(藤冨 氏)。

Azure への移行について、株式会社JERA 経営企画本部 ICTマネジメント推進部 基幹システム開発保守ユニット ユニット長の横田 和宏 氏と、同じく基幹システム開発保守ユニット 課長代理の島津 秀幸 氏 は、アプリ側から見た効果を次のように話します。

「アプリ側から見て、Azure の優れている点は拡張性です。今までのようにベンダーに業務をアウト ソースしてリソースを用意してもらうのではなく、社内のエンジニア集団をパートナーとして、ともに手を動かして実践していく――Azure を利用するようになってこのように意識がシフトしました。これは、今後業務が変化していくとしても、スピーディーな対応が可能になったということです。まだ利用前ですが、Azure DevOps Services を利用すれば、チーム作業をより加速できると思います」(横田 氏)。

「アプリ側のエンジニアは、経理・資材・人事といったようにシステムのモジュール単位に担当が分かれており、Azure への移行プロジェクトだけでなく、他のプロジェクトも並行して取り組んでいます。少ない時間で移行を果たすために、誰かに任せきりにするのではなくお互いがフォローしあう。そんなチームが形成されたと、チームの中からみてもそう思います」(島津 氏)。

すべてのシステムのリフト & シフトを果たし、データの民主化を進めていく

フル クラウド化は、コスト的にも大きなメリットを生み出したと、藤冨 氏は熱を込めます。

「短期間で Azure への移行を果たせたことは、人件費から考えてもコスト削減に貢献したと感じています。金銭的な意味だけでなく、時間や機会もコストと捉える。今回のプロジェクトによって、『機会損失をしてはならない』『この機会に学ぶべきことを学ばねばならない』そんなコスト意識を全員が得ることができました。また、ランニング コストについても、フル クラウド化によるコスト メリットは確実に出るでしょう」(藤冨 氏)。

コア システムのフル クラウド化は果たせたものの、JERA にはまだ、約 120 もの周辺システムが独自環境として残っています。データの流動性を高めるためには、これらのリフト & シフト (Azure 移行と最適化) も完遂しなければなりません。これを前提に、藤冨 氏は今後の計画について説明します。

「今はまだ、データ ドリブン カンパニーという建物づくりの基礎ができた段階です。これから、間取りを決めて、躯体工事をして、データが日常的に活用されていくようにする必要があります。最終的には、事業活動のあらゆる場面で、あますところなくデータを生かし切る、そんな会社を目指していきます」(藤冨 氏)。

JERA は「クリーン・エネルギー経済へと導く LNG と再生可能エネルギーにおけるグローバルリーダー」となることをビジョンに掲げています。社内の IT インフラ最適化を果たしつつある同社は、社会のエネルギーインフラの最適化もまた、達成していくことでしょう。

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