2024年1月20日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型実証機「SLIM(スリム)」が月面着陸に成功しました。日本では初、世界でも5か国目の快挙です。
この喜ばしい一報で、話題に上ったのが「宇宙用太陽電池」。着陸直後は太陽の向きが影響して発電せず、探査の継続が一時危ぶまれましたが、劇的な再発電に至ったことで注目を集めました。
この宇宙用太陽電池を開発したのが、家電メーカーのシャープです。実はシャープは、1967年から約60年間、宇宙用太陽電池の分野を牽引しているのです。
今回は、日本初の月面着陸成功に欠かせなかった存在、宇宙用太陽電池の開発秘話に迫ります。
地上用太陽電池とは異なる、宇宙用太陽電池に求められる条件
お話を伺ったのは、シャープエネルギーソリューション株式会社 化合物事業推進部に所属する
まず山口さんは、宇宙空間における太陽電池の必要性を指摘しました。
人工衛星や探査機は電力でコントロールしていますので、持続的なエネルギー供給が不可欠です。そのため、光が当たれば発電し続けられる太陽電池がよく使われています。 |
5~15年といった長い期間にわたって安定して発電しなければならない太陽電池は、数ある部品の中でも特に責任が大きいといいます。そして、宇宙で利用される太陽電池は、地上のものと違いがあるのだとか。
一番の違いは、耐久性です。宇宙空間には空気がないため、地上と違って放射線が太陽電池にたくさん降り注ぎます。 また、地上の温度変化が-20℃~80℃ほどであるのに対し、宇宙では日なたと日かげで温度差が大きく、-180℃~150℃と激しいケースもあるため、過酷な環境下でも壊れにくいものでなければなりません。 |
そのうえでパネル面積に限りがあったり、地上用の重い太陽電池は打ち上げづらかったりするため、高効率・軽量であることも宇宙用太陽電池には求められているそうです。
シャープの宇宙用太陽電池がSLIMに搭載された納得の理由
このような厳しい条件をすべてクリアし、SLIMに搭載されたのがシャープの「薄膜化合物太陽電池」です。薄膜化合物太陽電池は、薄いフィルムで太陽電池セルを封止した構造で、高効率かつ軽量を実現。
さらに、柔軟性を備え、曲面への搭載も可能なシャープ独自の宇宙用太陽電池です。
化合物太陽電池は、半導体基板の上に太陽電池層を積層した太陽電池用ウエハを用いて製造します。これまでの太陽電池は、半導体基板が存在したまま製品化していました。 薄膜化合物太陽電池は、半導体基板を取り除いて、太陽電池層だけで製品化することにより、軽量でフレキシブルにすることができました。 |
従来の宇宙用太陽電池セルの重量が2.3gであるのに対し、薄膜化合物太陽電池セルはわずか0.34gです。
加えて、発電層自体の改良も行い、太陽電池セルの発電効率は10%ほどアップしました。 また、太陽電池を衛星に設置する際には、パネルという土台のようなものに太陽電池を貼り付けます。太陽電池の軽量化・フレキシブル化により、パネルの構造も軽量化することができたため、パネルまで含めた重量当たりの発電量は従来の3倍になりました。(1kgあたり100W⇒300Wへ増加)
耐久性はもちろん、高効率と軽量さが評価され、シャープの薄膜化合物太陽電池は大役を担うことになったのです。
周回軌道を回るだけでなく、月を目指し、着陸するミッションがあったため、機体自体の重量を極限まで軽くする必要がありました。このことが、薄膜化合物太陽電池が選ばれた最大の要因です。 |
続けて山口さんは、シャープが紡いできた宇宙用太陽光発電の歴史を挙げました。
シャープは1959年に太陽光発電の研究開発を始め、宇宙用太陽光発電の開発に乗り出したのが1967年のことです。 1972年にはJAXAの認定を取得し、以来、国内唯一の太陽電池メーカーとして数年ごとに実施される認定試験に合格し続け、昨年には50周年を迎えて表彰されました。 |
宇宙用太陽光発電における長い歴史と確かな実績があってこそ、薄膜化合物太陽電池の開発につながり、SLIMへの搭載に結実したのです。
過去の経験が通用しないゼロからの挑戦。チーム一丸となって挑む
とはいえ、薄膜化合物太陽電池の開発は決して容易ではありませんでした。半導体基板が付いたまま太陽電池セルを製造するのは、いわば当時の常識。そのプロセスから逸脱するのは前例がなく、過去の経験が通用しないゼロからの挑戦だったそうです。
基板部分を取り除くアイデアは以前からありましたが、実際に作るとなると難しかったです。 太陽電池セルを配線したりフィルムで封止したりするためにセルが平らな形状になっていることが大切なのですが、反りが大きくなり、ひどいときには、ボールペンの様な筒状にグルグル巻きになったりして、薄型のセルを安定的に作るのはとても大変でした。 |
やっとの思いで薄型のセル化を達成したものの、すぐさま越えなければならない次の壁に直面したと山口さんは振り返ります。
過酷な宇宙空間で耐えられるフィルムを探すのにも苦労しました。 ラミネート加工に使われるようなフィルムでもモジュールを封止することはできますが、宇宙空間では1週間ほどで透明なフィルムが茶色に着色したりして、そうなると発電性能が大幅に落ちてしまいます。 |
検討を重ね、宇宙での実証実験を繰り返す日々。試行錯誤は続き、7年もの歳月が流れました。
薄型のセルを作るところからフィルムの選定まで何度も失敗しましたが、30人ほどのチームに諦めるメンバーは誰ひとりいませんでした。 独自の構造を持つ宇宙用太陽電池の生産に向け、全員でアイデアを出し合いながらいくつもの困難を乗り越えられたのは、シャープならではの強みだと感じています。 |
こうして数々の苦難の末に完成した薄膜化合物太陽電池は、見事に日本初の月面着陸を成功に導きました。
日本中の期待を背負っていましたので、月面着陸は心から嬉しかったです。 それに、SLIMが月に到着するまで、打ち上げから3か月ほどの間、ずっと無事に発電し続けてくれていたことも開発者として嬉しかったです。『よくぞ、ここまで!』という気持ちでした。 |
着陸の瞬間が華々しくフォーカスされる中で、山口さんが見せた“親心”。着陸直後は太陽の向きの影響で発電しなかったため、再発電の知らせを聞いたときは安堵感でいっぱいになったと目を細めました。
これまでは宇宙のどこかに自分が手がけた製品があると漠然と思っていましたが、今は月にあるんだと認識できます。これは初めての体験です。 |
そう話す山口さんの表情は感慨深げ。きっと月を眺める時間が増えたことでしょう。
宇宙用太陽電池が自動車や飛行機に搭載される未来が訪れるかも
日本初の月面着陸というビッグニュースにより、一気に認知が広がったシャープの薄膜化合物太陽電池。今後は、宇宙から地上での活用に活路を見出したいと力を込めます。
現状でも地上で使うことは可能ですが、どうしてもコストがかかってしまい、今は宇宙でしか使用されていません。 宇宙用としての販売数を増やすことで価格を下げ、地上でもご活用いただきやすい状況にしていくのが私たちの目標です。 |
軽量・フレキシブルで、限られたスペースでも高効率で発電できる特性を活かし、自動車や飛行機といった移動体に搭載される未来予想図を山口さんは描いています。
SLIMの月面着陸をサポートしたシャープの薄膜化合物太陽電池が、今度はどんなロマンを見せてくれるのか、楽しみでなりません。
Photo:田中 大介
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