カシオ計算機は、2022年8月に福岡で開催された第74回日本産科婦人科学会学術講演会に「コルポカメラ DZ-C100」(以下、コルポカメラ)を出展した。コルポカメラは、産婦人科のコルポスコピー(子宮腟部拡大鏡診)という子宮頸部の観察や撮影を目的としたデジタルカメラで、今年の3月に販売が開始された。今回はこのコルポカメラの開発に協力した3名の産婦人科医師に話を聞き、コルポカメラに対する評価や今後の展開への期待について語ってもらった。

  • 福岡で開催された第74回日本産婦人科学会学術講演会 展示ブースでの様子。カシオは子宮頸部観察 / 撮影用のカメラ「コルポカメラ DZ-C100」を展示した

撮影困難な子宮頸部を鮮明に映し出す

コルポスコピーは、通常は子宮頸がん検診で陽性と判定された女性に対する精密検査として二次検診で行われる。婦人科の医師が「コルポスコープ」と呼ばれる特殊な拡大鏡を用い、酢酸加工後に子宮頸部の表面から子宮頸がんやその初期病変が疑われる所見を探し、組織採取(生検)する部位を決定する。生検で得られた検体は、染色後に病理医によって顕微鏡にて最終診断される (病理診断)。したがって、適切な部位から生検されたかどうかは、診断に直接影響することになるわけだが、生検部位の決定にはトレーニングと経験に基づく高度なスキルが要求される。

カシオが開発したコルポカメラは、撮影の難しい子宮頸部をシンプルな操作で高画質に観察し、撮影することが出来る。皮膚科のダーモスコピー診断用に開発した「ダーモカメラ DZ-D100」とコアユニットを共有しており、オートフォーカスとタッチフォーカスを搭載して、子宮頸部の病変に容易にピントが合うよう工夫されている。ワンシャッターで通常/グリーン/偏光の3パターンを連続撮影し、それぞれ同じ画角で見比べられるなど、他社にないユニークな機能を持つ。

今回は、このコルポカメラの開発に協力した東京大学の森 繭代先生、AI診断システムの開発に協力している昭和大学の松本光司先生と三村貴志先生に、取材に応じていただいた。

  • 東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 講師 森繭代 先生(左)、昭和大学医学部 産婦人科学講座 教授 松本光司 先生(中)、同 講師 三村貴志 先生(右)

現場での使い勝手を徹底的に追求し、専用スタンドも開発

コルポカメラの開発は、2016年に昭和大学横浜市北部病院 産婦人科に勤務していた土肥聡講師からの呼びかけに端を発し、同病院の先生方に協力を得て始まった。2019年の名古屋での学会で参考出展し、これを見た東京大学の森繭代講師が共同開発に参加した。さらにAI診断システムの研究の本格化を契機に、昭和大学医学部の松本光司教授を共同研究の研究代表者として迎え、同大学の三村貴志講師や、埼玉県立がんセンターの堀江弘二婦人科部長などの協力も得ながら開発が進められている。

ハードウェアの仕様や開発時の裏話などは、過去の記事「カシオが開発中の産婦人科向けデジタルカメラ「コルポカメラ」の試作機を参考出展」に詳しいが、コンパクトデジタルカメラで培ったノウハウを惜しみなく注ぎつつ、CMOSセンサーの能力を活かすことで低ISO感度でも、病変部の高画質な画像が得られるように仕上がった。

森先生は試作機を繰り返し評価する中で、操作性や使い勝手の検証で様々な提案を行っている。特にコルポカメラとセットで使う「カメラスタンド CST-100M」は、アームが軽い力でシームレスに動き、止めたいところでピタリと止まる。これは森先生からの「スタンドを軽視するべきではない」という助言を受け止め、設計をイチから見直したことでカウンターウエイト方式の採用に至り実現したものだ。軽く触れるだけでアームを動かせ、手を離せばその位置でピタッと止まる。医師が生検のために酢酸加工するときに、両手がフリーになるのも利点だ。

  • コルポカメラ DZ-C100専用のスタンド「カメラスタンド CST-100M」。フリーアームで観察したい位置にカメラを動かし固定できる

森先生は「最後の試作機を見たとき、取り回しが軽くなっていて本当に感激しました」と、当時を振り返って語る。

カシオのカメラスタンドは13.3kgと従来品に比べて軽量で、アームが自由に動くだけでなく、キャスターが付いていることで簡単に移動させることもできる。一方、従来のコルポスコープは本体に加えてランプ用の太くて重たい電源ケーブルも付き、結果、重さが30kgにもなっており、操作や運用がとても大変だったという。

「カシオのカメラスタンドは非常に軽くて、サイズもコンパクトで折りたたんでしまうこともできます。設置や片付けは、私たち医師以上に看護師がやることが多いので、看護師は皆さん『これ、軽くていいですね』と言っています」(森先生)

  • カメラスタンド「CST-100M」の軽さに驚いたという森繭代先生。看護師の方々からの評判も上々だという

コルポカメラは電池を電源として使用する。このため、カシオのカメラスタンドには電源ケーブルがない。カメラの電池持ちも良く、森先生は日々利用しながら、一週間に一度程度しか充電していないそうだ。

コルポカメラと協働するAI診断システムの開発

三村先生は、AI診断システムの開発研究で中心的な役割を担っている。現在は従来のコルポスコピーで撮影された画像データを集めてカシオと共同で解析している段階で、コルポカメラをベースにしたAI診断システムを作るときに問題になりそうな課題の洗い出しを行っている。

今後、コルポカメラを使って撮影した画像データをもとにAI診断システムを構築していく予定だ。まずは、コルポカメラによる観察中に所見が最も強く、生検すべき部位を教えてくれるナビゲーションシステムの開発を目指している。コルポスコピーのスペシャリストが隣に一緒にいて、「生検するなら、ここじゃない?」とアドバイスしてくれる、そんなイメージだ。

子宮頸部初期病変は帯下や出血などの症状も一切なく、肉眼では診断できない顕微鏡レベルの疾患である。コルポスコピー検査では子宮頸部の拡大視野と酢酸処理の助けを借りてやっと所見が得られるような病変なので、同検査にはトレーニングに裏付けされた熟練の技が必要とされる。したがって、コルポカメラの使用時にAIがサポートしてくれれば、コルポスコピーを専門としない婦人科医でもミスや見落としが防げて、より正確な診断が可能となる。

「従来のコルポスコピーで撮影した画像データは、いま1,000例ほど集まっていますが、そのうちの多くでは画質があまり良くないです。AIにインプットする前にノイズを取り除くなどして、なんとかこれまでの先行研究で報告されているレベルの性能にはなってきています。この後は、森先生にもご協力いただいて、婦人科腫瘍専門医の診断結果とAIによる診断結果を比較して同等の診断精度が出ていることを検証します。その後、次のステップとしてコルポカメラを使用したAI診断システムの開発へ進みたいと考えています。コルポカメラで得られる高画質の画像データを使用することによって、従来の報告よりもAI診断の精度を上げることができると思います。カシオがこれまでに培ってきた優れた画像解析技術により、ヒトの目では認識できないような所見もAIでは診断できるかもしれません。そうなれば、専門医以上の診断レベルを実現できるかもしれません」と、三村先生は述べる。

  • AI診断システムの研究で中心的な役割を果たしている三村貴志先生。世界初となるAI診断システムの実用化を目指す

実用化されているコルポスコピーAI診断システムは国内はもちろん、海外にも存在しない。カシオのコルポカメラは、その第一号になることを目指している。

研修医が現場で学ぶときにも役立つ

森先生と三村先生は、現場で実際にコルポカメラを使用するとき、特に今までとの大きな違いを感じるのが「液晶画面上で病変部を確認しやすいことだ」という。

コルポカメラは、コルポスコピーの教育ツールとしても有効だ。コルポカメラを使うと、指導医と若手医師が高画質の子宮頸部画像をリアルタイムに同じ液晶画面で共有して見ることができる。生検を取るならどこから取るのが良いか、画面上で示しスピーディに指導できる。本体にHDMIの出力端子が搭載されており、ケーブル一本で外部モニターにもつなげられるので、より大きな画面での指導も行いやすい。

  • 3.0型のTFTカラー液晶(720×480pix)を備える「コルポカメラ DZ-C100」。撮影画像を鮮明に確認できる

コルポカメラはすでに医療機器として承認・販売されており、すぐにでも臨床現場で使える。画質の良い画像を電子カルテにも残せるし、患者さんに画像を見せて説明する必要があるときにも有用だ。

コルポスコピーの受診者が増えても、産婦人科医の数は急には増えない

カシオのコルポカメラが婦人科領域で注目されるのは、単に従来のものより便利で使いやすいからというだけではなく、国内の子宮頸がんを取り巻く環境も大きな要因となっている。この点についてわかりやすく教えてくれたのが、カシオのコルポスコピーAI診断システム開発に参加する医療チームの代表 松本先生だ。

松本先生は「現在、海外では先進国を中心に子宮頸がんの患者は減少傾向にあります。しかし、逆に日本では2000年以降 あらゆる年齢層の女性で増加しているという報告があります」と指摘する。

子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス (HPV: human papillomavirus) の持続感染が原因で発症する。 日本が子宮頸がん予防の後進国となってしまったのは、子宮頸がん検診受診率が低いこと、HPVをターゲットにした検診の導入が遅れていること、HPVワクチンの積極的接種勧奨が国内では約9年間も差し控えられてきたことが原因として考えられるという。HPVワクチンは2022年4月から積極的接種勧奨が再開されたが、ワクチン接種率が回復し、その効果が目に見えるようになるまでには今後10〜20年かかるという。

  • カシオとの共同開発に参加する医療チームの代表 松本光司先生。日本では子宮頸がんの患者が増加傾向にあるという

子宮頸がん検診は、すでに海外では欧米諸国を中心に従来の細胞診から「HPVテスト」というウイルス検出検査を使用する検診へとパラダイムシフトが起こっている。HPVテストは新型コロナ(COVID-19)検出に使用されるPCR検査と同様の仕組みで、HPV感染を感度良く客観的に検出することができる。最近、やっと日本の子宮頸がん検診にもこのHPVテストの導入が検討されつつある。

一見すると喜ばしい前進だが、松本先生たちは楽観視できないと考えている。なぜなら、HPV検診では、病変を有しない単なるHPV感染も、細胞診では見逃されがちな初期病変も見逃さずに検出するからだ。つまり、がん検診でひっかかる人は確実に増えるという。

「子宮頸がん検診で陽性と判定される女性が増えるのは、間違いありません。2倍から3倍に増えるという報告があります。つまり、コルポスコピーの受診者が急に増えるということになりますが、自信を持ってコルポスコピー検査を行える婦人科医が十分な数いるかというと甚だ疑問です。産婦人科医のなかでも不妊治療や周産期を専門とする先生などではコルポスコピーの経験が少ない方も多く、婦人科腫瘍専門医の勤務する大学病院やがん専門病院などに二次検診の患者が集中して外来がパンクしてしまうかもしれないという心配があります。結果として、すぐに治療を必要とするがん患者さんへの対応に遅れが出てしまうかもしれません」(松本先生)

コルポスコピー受診者の急増に対応するには、診察の効率化に役立つコルポカメラが現場に普及するだけでなく、コルポスコピーに習熟した医師の絶対数を増やすことも必須だ。学会でも“コルポスコピスト”を育てようという動きがあるそうだ。

森先生や三村先生のコメントに見られるように、コルポカメラは若手医師に高画質の画面を直接見せて、その場で指導しやすいという点でもメリットがある。しかし、どの世界でも人材育成には時間がかかるのが常である。コルポカメラに加えて、高精度のAI診断システムも完成すれば、コルポスコピストの人材不足を補うと共に、コルポスコピー自体の技術向上にも貢献できると期待される。

来場者の注目を集めた展示ブース

学会の展示会場には、カシオのブースが設けられ、4台のコルポカメラが展示された。まだまだコロナ禍の影響は感じられるものの、参加者の数は増えており、予想を超える来場者に恵まれた。

展示された4台は、いずれもカメラスタンドに取り付けられた状態。来場者が自由に動かしてピント合わせを確認したり、通常/グリーン/偏光と撮影モードを切り替えたり、パソコン画面上に撮影画像を転送したりといったことが試せるようになっていた。

ブースを訪れた産婦人科の先生方からは、ピントの合わせ方やデータ転送の仕方、電子カルテとの連携のやり方などの具体的な使用方法についての質問が多く、カシオの係員が丁寧に説明する様子が見られた。

  • 展示会場の様子(左:商品ディスプレイ 右:人体モデルを使用した体験デモ

子宮頸がんの撲滅を目指して

子宮頸がんの患者さんを減らしたい、その願いは産婦人科の先生方も、カシオの開発メンバーも一致している。子宮頸がんの予防戦略では、検診とHPVワクチンの両方が大切だが、ワクチンの効果が見られるようになるまでには時間がかかるそうだ。まずは、初期病変を早期診断することが重要で、コルポスコピーの役割は今後益々大きくなっていくと予想される。だからこそ、初期病変の診断・管理で活躍するコルポカメラに加えて、AI診断システムを開発する意義は大きい。医療が着実に歩みを進め、世界中の女性から子宮頸がんの悩みを取り除ける日が一日も早く訪れることを期待してやまない。

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