「適温」で食べてみてください。
「適温」で飲んでみてください。
日常生活の中でよく見かけるこの表記。食べ物にも飲み物にも「温度」がありますが、この「適温」とはいったいどのような状態を指すのでしょうか?疑問に感じた経験のある人も少なくないのでは。
その疑問を解決すべく、マイナビニュースは、この「適温」という新ジャンルに挑戦するとある企業にお邪魔してきました。その企業とは、大手電機メーカー「シャープ」。
同社には現在、社内ベンチャー「TEKION LAB(テキオン ラボ)」という「適温」に関する研究を続ける部署が存在しています。今回は、同組織CTOの内海夕香さんと代表を務める西橋雅子さんにインタビューを実施し、その「適温」に向き合う思いをうかがいました。
おいしさに感動。TEKION LAB設立のきっかけは「適温」のワイン
そもそもの始まりは2010年、液晶材料技術のスペシャリストである内海さんがシャープに入社したことに端を発します。エネルギーに関連する新規材料の研究プロジェクトに参画した内海さんは「蓄冷材料」の開発に成功しました。
液晶は固体と液体の中間に位置する中間相と呼ばれるもので、状態が変化しないように融点を制御することが求められます。この考え方を応用し、水の中に様々な化学物質を混ぜることで、氷の融ける温度をマイナス24℃からプラス28℃まで制御できる技術を開発しました。これがシャープの蓄冷材料、『不思議な氷』誕生のきっかけです。 |
「蓄冷材料」が商品化されたのは2014年のこと。インドネシアなど停電が頻発する地域向けの冷蔵庫に搭載されました。5℃で凍結して12℃で溶ける「不思議な氷」が突然の停電時も低温状態を保ち、庫内に保管された食物の腐敗防止に貢献したといいます。ただ、内海さんはそれでは満足しませんでした。
この技術を日本でも広めたい。けれど、日本では電力供給が安定していて、そう停電が起きることはありません。そこで思いついたのが『ワインクーラー』です。ワイン好きですので、『いつも適温のままでワインが飲めたらうれしいな』というのもありまして(笑) |
そして、試作したワインクーラーの社内向け技術展示会で転機が訪れます。当時、開発テーマをいち早く事業化につなげる「事業ブリッジ」活動に励んでいた西橋雅子さんがこの「蓄冷材料」に目を付けたのです。
『適温のワインって、こんなにもおいしいものなんだ』と驚きを超えて感動しました。しかも、適温を何時間もキープしたままで、ずっとおいしい。『この技術があれば、食べ物も飲み物も最高のパフォーマンスを発揮できる。適温ってすごい。これは絶対に広めなきゃいけない』と即座に思いました。 |
内海さんの誘いを受けた西橋さんは、直ぐに社内ベンチャーの立ち上げを幹部に直談判。その甲斐もあり、新しいチャレンジを後押しする社内の雰囲気を追い風に、2017年3月、TEKION LABは研究開発事業本部発の社内ベンチャーとして誕生。内海さんがCTOに、西橋さんが代表に就任しました。
自分が欲しいモノをつくる、というのは、メーカーに勤める人間の原点だと思うんです。それに、この『蓄冷材料』はシャープが培ってきた技術や携わる人たちの熱意によって生まれています。挑戦しない理由はない。そう感じましたね。 |
日本酒の適温は?クラウドファンディングで話題の「雪どけ酒」開発秘話
TEKION LABとして「蓄冷材料」をどう商品化し、どう販売していくか。この課題に対して導き出した方法論が「クラウドファンディング」でした。
当初はワインを考えていたのですが、クラウドファンディングサイト運営会社のマクアケの方に話をうかがうと『今は日本酒が人気です』と。『日本酒の適温って何度なんだろう?』というところから検討が始まりました。 |
「夏に日本酒が売れない」という日本酒業界特有の悩みを知った西橋さんは、蔵元さんと共に日本酒の夏の新しい飲み方を模索。結果、「氷点下で飲む日本酒」として提案することを考えたのです。
実際に日本酒を氷点下にまで冷やして飲むと、口に含んだときはキリっとするのに、舌で転がすと口の中で温度が変わり、日本酒の甘い香りやお米の上品な甘みが出てきます。舌の上で味わいが変わるんです。この瞬間が“味覚のアトラクション”のようで、とても楽しかったんですよね。 |
昨年の6月、クラウドファンディングで話題となった「-2℃で味わう新しい日本酒体験。雪がとけるように味わいが変わる『雪どけ酒』冬単衣(ふゆひとえ)」は、こうしたアイデアをもとに生まれたのでした。
しかし、発売に至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。氷点下に合う日本酒を製造する石井酒造と共に「冬単衣」というネーミングからボトルや保冷バッグのデザインまで、TEKION LABメンバーらが自身の専門分野を越えて一丸となって取り組んだといいます。
ボトルや保冷バッグのデザインは、ただおしゃれに見えるかどうかだけではなく、適温を維持する性能を担保できるように細かく設計をしています。ボトルと蓄冷材料との接触面積であったり、保冷バッグの締め付けの強さであったり、計算と実験を繰り返してプロダクトデザインに落とし込んでいきました。 |
準備した3,000本が完売するほどの大盛況だったが、その裏には地道な努力が隠されていたのでした。
研究と企画がタッグを組み「適温」で人々をハッピーに
今や社内ベンチャーのロールモデルにもなっているTEKION LABだが、もうひとつ見逃せないのが、研究と企画がタッグを組んでいる点だ。
私たち研究者は世の中のニーズを捉えたうえで材料を開発しようとしますが、それでも “死の谷”と呼ばれる開発ステージと事業化ステージの間に存在する障壁を越えられないことがあります。そこを突破するのに西橋さんのアクティブな行動力や発想力には助けられました。 |
『この温度で食べてもらいたい、飲んでもらいたい』という作り手の気持ちを受け、それらの『適温』を消費者に提供できる当社の『蓄冷材料』は、まだまだ多くの可能性を秘めている素晴らしい技術です。『蓄冷材料』で『おいしい』を作っていきたいと思います。 |
西橋さんに対し「ときどき暴走することがあってヒヤヒヤする(笑)」という内海さん。しかし、その関係性からは互いをリスペクトしている様子がにじみ出ていました。信念に従いピュアにアクセルを踏む西橋さんと、研究者の視点で冷静沈着にブレーキをかける内海さんのコンビだからこそ、TEKION LABはうまく稼動しているのでしょう。
インタビューの最後、ペットボトルの蓋を開けると凍り始める不思議なサイダーを試飲させてもらうことに。飲むと“ふわふわ”で、体験したことのない食感に思わず笑みがこぼれました。まさしく“味覚のアトラクション”のようでした。
人々をハッピーにする「適温」。これから大いに期待できる分野であることは間違いなさそうです。
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