少子高齢化と地方活性化の問題は嫌というほど耳にするが、こうした課題に一番直面している産業といえば一次産業の農業だ。近年はIoTの進展もあり、農業のICT化、いわゆる「スマートアグリ」がトレンドとなっている。一朝一夕で若年層が農業に舞い戻るわけではないものの、ICTによる業務の自動化が達成されれば人手を費やす必要もなくなり、労働人口の減少にも対応できる可能性がある。

スマートアグリに取り組む企業の一つ、富山県発のベンチャー企業「笑農和(えのわ)」は、水稲農家向け水位調整サービス「Paditch(パディッチ)」を提供している。富山県は県内水田率が96.0%と、全国平均の54.4%を大きく上回る。実際に、農業産出額のうち米が占める割合も大きく、チューリップと並んで県を代表する作物と言ってもいいだろう。

こうした富山県の環境から、「水稲農家向け」という一見ニッチに見えるサービスを考案・開発した笑農和の代表取締役 下村 豪徳氏に、Paditchを開発した経緯と現在のスマートアグリに対する考えについて話を聞いた。

笑農和 代表取締役 下村 豪徳氏

初めてのモノづくりという経験

2013年に会社を立ち上げた下村氏は当初、インターネットを利用した農家の販売面のサポートやブランディング、商品化の支援を行っていた。ただ、「マーケティング支援やIT、スマートアグリ関連製品の代理店業務などはあくまで入り口で、自社製品を出したいという思いは最初から持っていた」(下村氏)という。

一つの転機は日本農業情報システム協会(JAISA)が2014年に立ち上がったことだ。笑農和もこれに参画し、農業に関連するソリューションの北陸地域の相談窓口として、製品利用の指導やコンサルティングを行った。「農家自身も興味があることはすごい伝わってきた。一方で、売上が立たないと買えないし、資金はあっても何を選べばいいかわからないという人が多くいた」(下村氏)。

こうしたなかで2016年にリリースしたのが「Paditch」だった。この製品では、田植え後にスマートフォンアプリで遠隔に水位を管理でき、時刻や水位に応じた開閉設定も可能。また、畦(あぜ)に穴を開けるモグラやネズミの被害にあった際も、アラート通知する機能が備わっている。

実は米の農作業はすでにほとんどが機械化されており、自動化も時間の問題だという。その中で唯一と言っていいほど放置されてきたのが「水管理」。農業の担い手が減少する中で、耕地面積の大規模化を図ろうとするとき、機械化できない作物は足かせになる。

下村氏は「アイデアこそ持っていた」ものの、モノづくりそのものは初めての体験。工場へ赴いて仕様の希望を伝えても噛み合わず、「ちょっとの修正をお願いしただけでも1カ月かかり、実際に製品として手元に来たのが3カ月。スピード感を持った開発ができればと思って会社を探したりもしましたが、なかなかうまく行かなかった」(下村氏)。

データ活用で水管理をスマートに

KDDI ∞ Laboに採択されたPaditch。デバイスを抱える下村氏(KDDI提供)

そうしたなか、リリース後の2016年10月にKDDIのベンチャー支援プログラム「KDDI ∞ Labo」で採択され、北陸地域の企業として初めて支援を受けた。KDDI経由で富山以外の地域から問い合わせなどが入ったほか、通信やセキュリティといった同社が得意領域とする部分での技術支援を受けている。

「IoTとしてデータを取り扱う部分と、通信区間、そしてプラットフォームとして展開していく時に、まずは市場を作らなければならない。市場を作ることが出来れば、データの蓄積が可能だし、単なるエンドツーエンドのセンシングとは異なる付加価値が生まれる。

こうして蓄積したデータを活用して、例えば週間・月間天気予報やその他の環境変数に応じて、人間が水門を開けようとする時に『今は開けない方が良いですよ』とレコメンドする。もちろん、農家の”勘”もありますから、それを信じるかどうかは人間が判断できる余地を残しますが、作業負荷を可能な限り下げられるお手伝いをしたい」(下村氏)

現場に寄り添っていない製品、高機能でも高コストな製品

下村氏は、あくまでPaditchにフォーカスして製品を展開しつつ、JAISAの活動を通してスマートアグリの浸透を目指したいと話す。理由は、農家出身だからこそ感じる、今の「スマートアグリ」の課題だ。農業に携わっていない人間からすれば、スマートアグリと聞いて「野菜工場」や作物採集機の自動化などを思い浮かべがちだが、「ベストは作物ごとに最適な機器を提供し、データもそれぞれに最適化すること」(下村氏)。