富士フイルムは2000年代前半、かつて中核事業であった写真フィルムによるビジネスの売上のほとんどを失った。にもかかわらず、写真で培った独自技術を他分野に展開することで革新的製品やサービスを生み出し、現在も成長を続けている。

1934年創立の伝統的な企業は、いかにして破壊的イノベーションの時代に立ち向かってきたのだろうか。5月28日に行われたマイナビニュース スペシャルセミナー「顧客と深くつながるために - BtoBマーケティング最新手法と先進事例」では、富士フイルム デジタルマーケティング戦略推進室長 板橋祐一氏が、同社のデジタルマーケティング戦略を踏まえて語った。

イノベーションの本質は、マネタイズの仕組みの変化

写真フィルムの需要低下により2000年代以降、事業ポートフォリオを変化させてきた富士フイルム。現在は、ドキュメントソリューション、イメージングソリューション、メディカル/ヘルスケア領域などでさまざまな事業を展開しているが、共通しているのは「技術」がその中心にあるということだ。

富士フイルムには、写真産業の特殊性から、化学から精密加工、光学技術、メカトロニクス、半導体、ソフトウエアまでの技術を自社開発してきた歴史がある。板橋氏は「コア技術をアウトソースせず、研究開発に莫大な投資をすることで、世界最高水準の技術を各分野で獲得することができた。写真市場はなくなってしまったものの、そこで得られた技術をさまざまな分野へ展開するのは自然な成り行きだった」と説明する。

富士フイルム デジタルマーケティング戦略推進室長 板橋祐一氏

2003~2004年にフィルム事業の製品担当だったという板橋氏。写真フィルムのビジネスが失われていくという、まさに「破壊的イノベーション」の渦中にいた人物だ。同氏の目に、破壊的イノベーションはどう映っているのだろうか。

「破壊的イノベーションは、フィルム写真からデジタルカメラやスマートフォンへと移っていくというような、今まであったものがより画期的なものに置き換わることだと思っている人が多いかもしれませんが、実はそうではありません。イノベーションの本質は、マネタイズの仕組みが変わってしまうことにあります。フィルムや現像代によってマネタイズしていたビジネスが、SNSの登場によって広告で写真をマネタイズするというモデルに変わってしまったのです」(板橋氏)

問われるのは「企業として変化にどう向き合うか」

イノベーションは異質なものが出会ったときに起こるとされている。富士フイルムは、イノベーションを起こす仕組みとして大きく分けて3つの領域での取り組みを積極的に行っている。社内の異質を組み合わせるための「インターナル」、社外の異質を組み合わせるための「オープンイノベーション」、そして、会社同士を組み合わせる「M&A」だ。

インターナルの施策として、富士フイルムは先端技術研究所を2016年に設立。各事業部ごとに抱えていた研究部門の垣根を取り払い、多様なバックグラウンドを持つエンジニアが一堂に会する仕組みを整備した。

また2014年には、オープンイノベーションの施策として、ビジネスパートナーと共に新たな価値を共創する施設「Open Innovation Hub」を開設している。その後、欧州と米国にも同様の施設を展開し、コラボレーションできそうな企業や学校などを招いてディスカッションなどを行っているという。

そして、富士フイルムが活発なM&Aを行っているのは、日々のニュースでご存じの方も多いだろう。同社は特徴のある会社をM&Aすることで、特にメディカル/ヘルスケア事業を伸ばしてきている。

例えば、2011年に同社が買収した米ダイオシンス(現・フジフイルム ダイオシンス バイオテクノロジーズ)は現在、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などが立ち上げた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療推進プロジェクト「COVID-19 Therapeutics Accelerator」より、COVID-19治療薬のプロセス開発/製造を受託している。またCOVID-19の治療薬として期待を集めている抗インフルエンザ治療薬「アビガン」は、富士フイルムが2008年にM&Aした富山化学が開発している。

破壊的イノベーションが頻繁に起こる変化の激しい時代に、企業はどうあるべきだろうか。板橋氏はこうした事例を踏まえながら「良い会社は変化に素早く対応できる。もっと良い会社は変化を予測して準備できる。そして、最高の会社はその変化を作り出すことができる。我々もそこまでたどり着けているとは思っていないが、世の中の変化を作り出してリードしていける企業になるため、日々頑張っている」と語った。