日本と正式な国交のない国のスマートフォン事情は謎に包まれています。その中でも気になる存在は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のスマートフォンではないでしょうか? 今回、同国のスマートフォンをお借りする機会があったので、筆者の居住する香港で通信環境を含めテストしてみました。
今回お借りしたスマートフォンのブランド名は「プルンハヌル」、朝鮮語で「青い空」という意味がつけられています。中国や朝鮮事情に詳しいライターの大熊杜夫氏(@akprcdprk)が入手された製品をお借りしました。同氏が専門機関に調査依頼を行ったところ、このスマートフォンは中国「NK」社が2020年8月に製造したもの、と推測されるそうです。
大熊氏がこの端末を入手したのは2023年の夏とのこと。入手前にこの端末がどのように使われたかは、同じ調査機関の報告によると2020年にWi-Fiを利用した痕跡が数回あるとのこと。このことだけから、このスマートフォンが現地でどのように使われたものなのかは想像しにくいところです。
製品の外観を見ると、フロントカメラは水滴型ノッチ。背面のカメラ周りのデザインは、ファーウェイの「Mate 20」によく似ています。Mate 20は2018年10月に発売されたモデルで、ファーウェイ初の5Gモデルとなる「Mate 20 X 5G」を含む、シリーズ各モデルは中国で大ヒットしました。プルンハヌルを製造したメーカーも、そのヒットにあやかり類似のデザインを採用したのでしょう。
背面のステッカーにはIMEI番号が表示されていたようです。2つあることからデュアルSIMカード仕様であることがわかります。実際に背面カバーを外してみると、SIMカードスロットが2つ見えます。なおバッテリーの交換はできない仕様になっています。
SIMカードスロットは片側がnanoSIMカード、もう片側はmicroSIMカードとmicroSDカードの排他使用が可能です。2020年ころの端末で、特に新興国向けに設計されたプラットフォームであれば、異なるサイズのSIMカードに対応するものはまだ多かったと思われます。ちなみに大熊氏が依頼した調査によると、このスマートフォンはモロッコのSTGが販売していた「S10」というモデルにも類似しているとのことで、同じプラットフォームの製品がいくつかの国で販売されていた可能性もあります。いずれにせよこのスマートフォンが実際にどこで製造され、どのように北朝鮮で販売されていたかを本体だけから推測することは残念ながら困難です。
なお2つのSIMカードスロットはどちらもアクティブであり、2つのSIMカードを装着して香港で通信テストを行ったところ、どちらの回線も利用可能でした。北朝鮮では海外渡航が難しいこともあり、現地ではnanoSIMカード、またはmicroSIMカードの片方だけが使われていたのではないかと思われます。
本体のスペックは不明なので、スマートフォンの性能チェックアプリを野良インストールして調べてみました。チップセットはメディアテックのHelio P22(2.0GHz)、ディスプレイ解像度は1,520×720ピクセル、バッテリ容量は2,420mAh、OSはAndroid 9とのこと。カメラは高解像度で撮影したところ6,240×8,320ピクセルの写真が撮れたので、5,000万画素を搭載していることになります。
本体を実際に操作してみます。プリインストールアプリからAOSPモデルのようです。またアプリストアはありません。北朝鮮ではアプリは店舗でインストールするとの話があり、必要ならばそうしているのでしょう。唯一オリジナルと思えるアプリは「メモジ」(便せん)です。
システムを見るとデフォルトの端末名は「P2」となっていました。背面の指紋認証センサー、フロントカメラを使った顔認証のロック設定もできます。設定言語には朝鮮民主主主義人民共和国と大韓民国が分かれています。
カメラで写真を撮影してみました。広角カメラ1つだけというシンプルな構造で、通常の撮影では5,000万画素を1,200万画素にピクセルビニングしています。2020年当時のエントリーモデルでもこのクラスのカメラ搭載モデルは他にあり、相応の性能と言えます。
さてこのスマートフォン、実際に北朝鮮で販売されたものなのか、それとも輸入される前のものなのかは不明です。おそらく現地で販売されるときは追加アプリが入れられているのでしょう。また2020年当時の製品であるため、本製品から最近の北朝鮮でのスマートフォンの使われ方を直接知ることはやや難しいかもしれません。大熊氏によると2024年に入り北朝鮮でもアプリを使ったサービスがスマートフォンで利用できるようになってきているとのこと。国内限定のSNSサービスもあるかもしれません。
スマートフォン本体だけを見ると、WEBブラウザがあるのでアプリを追加せずとも直接ネットサービスを使うことはできそうです。エンタメ関連を見ると音楽プレーヤーもあります。
唯一のオリジナルアプリと言えそうな便せんアプリはメモを書いたり、そのメモに写真を貼り付けることができます。このメモはメッセージやBluetoothで送信も可能ですが、SMSで送る場合はテキストだけになってしまうと思われます。日常的にメモを取ったり写真を貼り付け、それを友人たちと会ったときにシェアする、といった使い道はできそうです。
今回紹介したスマートフォンは4年前のものとは言えスペックの低いベーシックな製品です。このような製品が一般的な国民に使われているのかもしれません。一方で筆者は2024年9月にドイツで開催されたIFA2024の会場で北朝鮮向けと見られる折りたたみスマートフォンを見ています。現地でも富裕層向けなどには最新スタイルの製品も販売されるなど、北朝鮮でも複数のスマートフォンを選べる状況になっているのかもしれません。今回テストした端末からはおぼろげながらしか現地の通信状況は見えてきませんが、少なくとも都市部ではスマートフォンが社会インフラの一部になりつつあると想像できます。