米Netflixが2018年第4四半期の業績発表において、同社の投資家に「我々は(人気ケーブル局の)HBOよりも(人気バトルロイヤルゲームの)Fortniteと競争していて、そして負けている」と記したのが大きな話題になった。人の時間は限られる。その限られた時間を、映画・ドラマ、アニメ、ゲーム、SNSやメッセンジャーなど、多くのコンテンツやサービスが奪い合い、ジャンルを超えた熾烈な競争が展開している。

しかし、それらの多くは人々の目と耳を求めるコンテンツである。音楽のような耳だけで楽しめるコンテンツなら、料理をしながら、通勤しながら、ワークアウトしながらといった"ながら消費"が可能だ。ラジオがテレビに取って代わられたように、人は耳だけで楽しむコンテンツより目と耳で楽しめるコンテンツを好む。だが、目と耳を使うコンテンツはユーザーの時間を奪い合うほど溢れかえっている状態であり、それらに比べると耳を使うコンテンツには開拓の余地が大きく残されている。だから、今ハードウェアメーカーがスマートなワイヤレスヘッドホンの開発に力を注ぎ、そして音声のサービスが活況を呈し始めている。

人々の耳を奪うデジタルコンテンツサービスの覇者を目指しているのがSpotifyである。同社は2月22日に配信したストリーミングイベント「Stream On」で、オーディオ広告マーケットプレイス「Spotify Audience Network」を発表した。Spotifyオリジナルのポッドキャスト番組、MegaphoneまたはAnchroを通じて提供されるポッドキャスト、そして広告でサポートされている音楽サービスのリスナーに広告主が効果的にリーチできる広告ネットワークになる。

  • 音楽だけではなくポッドキャストを含むデジタルオーディオ全般でマネタイズの仕組みを確立しようとするSpotify、「Spotify Audience Network」の詳細が待たれる

    音楽だけではなくポッドキャストを含むデジタルオーディオ全般でマネタイズの仕組みを確立しようとするSpotify、「Spotify Audience Network」の詳細が待たれる

今、米国の音声メディア市場は変わり目にある。ここ数年ラジオに代表されるトラディショナルな音声メディアの平均聴取時間が減少し続けており、2020〜2021年にデジタル音声メディアの平均聴取時間が上回って、ポッドキャストが音声メディアの主流になると期待されている。

ところが、その伸びに広告の成長が伴っていない。eMarketerの予測によると、2021年の米国におけるラジオの広告支出は122億ドル。対して、ポッドキャストへの広告支出は11億ドルだ。近年ポッドキャストへの出稿が増えているものの、アナログなラジオの広告に遠く及ばないのが現状だ。

その大きな理由の1つがオンライン広告のメリットを発揮できていないことにある。ポッドキャストを聞く方法にはダウンロードとストリーミングの二通りあるが、名称に"Pod"が付いているように、ポッドキャストは音楽プレーヤーiPodにダウンロードして聴くスタイルから始まり、長くダウンロードが主流だった。ダウンロードコンテンツにも音声広告を付けられるが、ラジオやテレビ番組のコマーシャル程度のターゲティングしかできない。広告が聞かれた長さや聴取者の反応、コンバージョン率など、デジタルメディアならではのユーザーデータに基づいたマーケティングを展開できる仕組みが用意されていなかった。

しかし、ポットキャストがストリーミングで聴かれるようになったら広告事情は変わる。だから、Spotifyがポッドキャストに力を注ぎ始めたのだ。同社はオフライン向けのダウンロード機能を用意しているが、基本的にストリーミングサービスである。そしてポッドキャストを聴くデバイスの主流が音楽プレーヤーやパソコンからスマートフォンに変わり、ポッドキャストのストリーミング視聴が増加し始めている。

  • セルフサービスの広告プラットフォーム「Ad Studio」を使って、トップブランドからアーティスト、地域のコーヒーショップまで、あらゆる規模の広告主がストリーミングオーディオ広告を利用

Spotifyの近年の取り組みを振り返ると、2017年に音楽コンテンツ向けにセルフサービス広告プラットフォーム「Spotify Ad Studio」の提供を開始。2019年にポッドキャスト制作・配信企業のGimlet MediaとAnchorを買収。2020年1月にポッドキャストにストリーミング広告を挿入するStreaming Ad Insertion(SAI)を開始し、秋にポッドキャスト広告プラットフォームを持つMegaphoneを買収した。

Stream OnでSpotifyは、Spotify Ad Studioをポッドキャストに拡大すると発表。まずはSpotifyオリジナルのポッドキャストからになり、将来的にサードパーティに拡大する計画だ。SAIはMegaphone買収を通じてサードパーティのポッドキャストへの提供が始まっているが、さらにAnchorのポッドキャストにも拡大する計画だ。Spotify Audience Networkは、そうした近年の取り組みをまとめ、Spotifyのプラットフォーム上で広告主がデータ駆動型の効果的なデジタル広告を展開できるようにする。

ポッドキャストでターゲット広告が効果を発揮するのは、Spotifyでポッドキャストを楽しむユーザーが増えてこそ。だから、ジョー・ローガンやキム・カーダシアンとポッドキャスト番組の独占契約を交わすなど、オリジナルポッドキャストを開拓してきた。Stream Onでもバラク・オバマ元大統領とブルース・スプリングスティーンのSpotifyポッドキャストを発表している。

  • バラク・オバマ元大統領とブルース・スプリングスティーン、意外な組み合わせによるポッドキャスト「Renegades: Born in the USA」が2月23日に配信開始。全く異なる背景・経歴の2人だが、2008年に知り合って以来、交友関係を深めてきたという

iHeartRadioやLiberty Mediaなどが従来のラジオをデジタル化しようとしているのに対して、Spotifyはポッドキャストをベースに、デジタルオーディオの新しいメディアを作ることを目標としているように見える。音声のYouTubeを目指していると見る向きもあるが、音楽やポッドキャストといった既存コンテンツにオリジナルコンテンツで付加価値を付けてユーザーを惹きつけるアプローチは、Netflixのストリーミングサービスの初期を思い出させる。Netflixはサブスクリプションモデルを徹底し、広告を一切入れていない。だが、もしNetflixがターゲット広告を採用したら‥‥、オリジナルの話題作を連発する制作力、ニッチなコンテンツでも制作・配信できる柔軟性、それらに関心を持つ利用者層、そしてNetflixが持つ視聴データ、ブランドが競って広告枠を求めること間違いない。