ウチの子が通っている小学校には保護者がIT企業に勤めている家庭が多い。Google I/O 2018でキーノートが行われた8日の翌日、子どもを小学校に連れていって始業を待っていた時に、父兄の間であちこちで「昨日、あれ見た?」が聞こえてきた。ユーザーの代わりにヘアサロンやレストランに電話するGoogle Assistantのことである。私も2人からその話題を振られ、自分でも1人に振った。

「水曜日の午後7時ごろに××を予約して」と頼むと、その店がオンライン予約システムを用意していたらデジタルアシスタント「Google Assistant」はネットを通じて予約を入れてくれる。しかし、オンライン予約システムを持たずに、今でも電話だけに頼っている小規模ビジネスは多い。そうした店にGoogle Assistantが電話をかけて予約する。何が驚いたかって、実際に店に電話したGoogle Assistantが自然な言葉づかいで会話し、知的に振る舞って、電話を受けた店の人が機械との会話に全く気づかなかったことだ。詳しくは、こちら

それを実現した技術をGoogleは「Google Duplex」と呼んでいる。「百聞は一見にしかず」というか、Googleが紹介した事例は「自分が電話を受けてもおそらく機械だと気づかない」と見た人に思わせる説得力がある。その人間らしい会話力に「ある意味、Google Assistantはチューリングテストをパスした」という声も出てきた。

しかし、Google DuplexによってAIが人と自然に会話する未来が近づいたとするのは早計だ。Google Duplexによる自然な会話は、むしろ機械学習による自然言語処理がこれまで期待通りの成果を出せていないことの裏返しと言える。

Google Duplexは、店の予約のような会話や質問のパターンが限られるタスクに絞り込むことで、デジタルアシスタントが自然に会話をつなげられる。だが、実際の会話に脱線は付きものだ。そのためGoogle Duplexは自身をモニターするようになっていて、機械が処理できないような会話になったらデジタルアイスタントが人間のオペレーターを呼び出すようになっている。

Googleはキーノートで成功例を示しただけであって、ライブデモは行わなかった。紹介された会話のようにスムースに運ぶケースが全体のどの程度の割合なのか、どの程度の割合で人の助けが必要になるのかは分からない。現段階では背後に人間が常駐するシステムだから、すぐにGoogle Homeを通じてGoogle Assistantがユーザーの代わりに予約電話をかけてくれるようにはならないだろう。Googleはまず、ローカル検索にリストされているビジネスに、祝祭日の営業時間の変更などを確認するのにGoogle Duplexを試験的に使うという。そうした少ない人間で多くの電話確認をこなすような使い方に、今のところ利用は限られる。

デジタルアシスタントが人間と認識されるのを危ぶむ声

とはいえ、毎日予約の電話を受けているヘアサロンやレストランの人たちが機械と気づかなかった自然な会話力は衝撃的だった。機械が人のように喋ることの是非を論じさせるのに十分なインパクトがあり、やはりその影響を恐れる声、問題を指摘する声が広がった。たとえば、Travis Korte氏のツィートである。

「AIの音声を人の声と聞き分けられるようにすべきなのは、もともと無臭の天然ガスに私たちが臭いを付けているのと同じ理由だ」

試験的な段階とはいえ、この問題にはしっかりと対応しておくべきと考えたのか、報道関係者の取材に対して最初は「機械であることを示すことになるだろう」としていたGoogleの反応が、すぐに「必ず示すようにする」に変わった。

  • 人と会話していると思っていて、後でデジタルアシスタントと分かると不快に思うことも。また、人の声を装った悪質な行為の可能性も考えられる。

個人的には、自分のアルバイト経験からデジタルアシスタントによる予約電話を「実現して欲しい!」と思った。学生の時に評判の良いレストランでバイトしていたのだが、良くも悪くもお客様は様々だ。「お客様とはいえ、その態度は……」と言いたくなる方もいらっしゃる。それは予約の電話も同じで、電話をとった瞬間から「"超"上から」だったり、間違いのないようにしっかり確認したら「しつこい」と怒られてしまったりと、なかなか苦労する。特に忙しい時間帯にトラブルが起こると生産性が著しく下がる。デジタルアシスタントのGoogle Assistantが予約の電話をかけてきてくれるなら、そんな気苦労から解放されそうだ。

予約というタスクでは、店の空き時間を確認して、ユーザーが望む時間に予約を入れることが目的だ。そのためにスムースな会話は欠かせないけど、会話においてGoogle Assistantが機械だとばれずにいる必要はない。

デジタルアシスタントがユーザーに代わって予約の電話をしてくれることで、ユーザーの生産性も上がるし、店もより効率的に予約を処理できる。GoogleがまずGoogle Duplexを試す祝祭日の営業時間の確認にしても、祝祭日の前に休業や営業時間の変更がローカル検索に反映されるようになったら、それだけでもインパクトは大きい。Google Duplexの価値は、そこにある。今でもビジネスにおいて重要なツールである電話を、デジタルアシスタントがよりモダンで、効率的かつ効果的なツールに変える。「機械とばれないように会話すること」ではない。

Googleは元々、世界中のあらゆるものをデジタル化する企業だった。過去には印刷書籍をスキャンして広くアクセスできる仕組みを作ったりして議論を引き起こしたりもした。そんなGoogleの歴史を思い返すと、これまでネットに無縁だったビジネスをネットに結びつけるGoogle Duplexは、実にGoogleらしい取り組みと言える。

デジタルアシスタントに「プリーズ」は過度な人格化?

最近、デジタルアシスタントに「プリーズ」や「サンキュー」と言うべきかどうかという議論があるのをご存じだろうか。デジタルアシスタントに「××をやってください、お願い」と丁寧に頼む人がいれば、機械だからと「Alexa、××やれ」というように命令するユーザーもいる。「プリーズ」や「サンキュー」を付けるべきという意見の多くは、大人のあらい言葉づかいを子ども達が見て、何かを頼む時に適切な言葉を使わなくなるのを危ぶんでいる。逆に、人にものを頼む時と同じように「プリーズ」や「サンキュー」を付けるのは、機械を過度に人格化するものだという意見もある。

何を言いたいかというと、今はまだデジタルアシスタントとの接し方に戸惑うことばかりなのだ。

予約の電話をかけてきたのがデジタルアシスタントだと分かったら、店側はコンピュータに対するような事務的な言葉づかいになるかもしれない。でも、コンピュータとアシスタントは異なる。「ご予約ありがとうございました。××日にお待ちしていますとお伝えて下さい」と店側が丁寧に対応したら、店側の感謝の言葉をデジタルアシスタントが店に代わってちゃんとユーザーに伝える。それがアシスタントの役割であるように思う。