2018年10月11日、ロシアの「ソユーズMS-10」宇宙船を載せた「ソユーズFG」ロケットが打ち上げに失敗した。宇宙船は緊急脱出し、地上に着陸。幸いにも、搭乗していたロシアのアレクセイ・オフチニン宇宙飛行士と、米国のニック・ヘイグ宇宙飛行士の2人は無事だった。

連載の第1回では、ロケットの打ち上げ失敗までの出来事について紹介した。

今回は、ロケットの打ち上げ失敗から、宇宙飛行士はどのようにして生還を果たしたのか。その顛末と、命を救った「緊急救助システム」について取り上げる。

  • ソユーズ・ロケットの先端部分

    ソユーズ・ロケットの先端部分。白いフェアリングの内部に宇宙船が入っており、緊急時には先端の塔状の部分や、側面に装着された固体ロケットを使って脱出する (C) Roskosmos

緊急救助システム (SAS)

ロケットの打ち上げ失敗という大事故にもかかわらず、無事に宇宙飛行士が生還できたのは、ソユーズに搭載されている「SAS」と呼ばれる脱出装置のおかげだった。

SASとはロシア語のSistema Avariynogo Spaseniyaの頭文字から取られており、直訳すると「緊急救助システム」という意味になる。その名のとおり、問題の起きたロケットから、宇宙船ごと宇宙飛行士を引き剥がすように脱出させることで、救助することを目的としたシステムである。

その要となるのが、宇宙船を脱出させるための固体ロケットである。脱出用の固体ロケットは2種類あり、ひとつはロケットの先端にある塔のような部分(エスケープ・タワー)に大き目のメイン・モーターが、もうひとつはフェアリングの側面に小さ目の補助モーターが搭載されている。打ち上げの初期段階では両方を、エスケープ・タワーを分離したあとは補助モーターのみで脱出する。

脱出時にはまず、SASがセンサーなどのデータからロケットの異常を検知すると、即座にこの固体ロケットに点火し、宇宙船を脱出させる。

ちなみにソユーズ宇宙船は3つのモジュール――宇宙飛行士が軌道上で滞在する「軌道モジュール」、打ち上げや帰還時に座る「降下モジュール」、そして太陽電池やスラスターなどが収められた「機械モジュール」――が結合した状態で構成されているが、このうち脱出するのは、降下モジュールと、その前部にくっついている軌道モジュールのみで、機械モジュールはそのままロケット側に残る。

そしてロケットから十分に離れた後、降下モジュールのみが分離され、通常の帰還時のように、パラシュートを開いて降下し、着陸する。着陸場所が山の中、湖や海の上ということもありうるため、あらかじめ船内にはサバイバル・キットが装備されており、ソユーズに乗り込む宇宙飛行士は事前にサバイバルの訓練も受ける。

異常検知やロケット点火などはすべて自動で、宇宙船に乗っている飛行士が手動で起動することはできない。ただし地上からの遠隔操作で起動させることはできる。

また、通常ソユーズ宇宙船が降下する際には、機体は「揚力降下モード」と呼ばれる、機体の姿勢を制御して揚力を発生させることで、宇宙飛行士が受ける加速度(G)を小さくしている。しかし緊急脱出時には、とにかく飛行士の命を助けることのみを考え、弾道降下モードと呼ばれる、機体を回転して安定させ、さらに揚力を発生させず、そのまま突っ込むように降下する。乗り心地は二の次で、大きなGがかかり、後述するように、場合によっては大怪我をすることもある。

  • ソユーズ・ロケットの先端部分

    ソユーズ・ロケットの先端部分と、各部の名称、役割 (C) NASA (文字、線は筆者が追加)

SASによる脱出のシナリオ

SASはロケットの打ち上げの40分前から機能し、飛行中はもちろん、宇宙船の分離まで、あらゆるタイミングで脱出することができるようになっている。

この間、SASがどのように宇宙船を脱出させるかは、大きく4段階に分かれている。

フェイズI

まず打ち上げ40分前から、打ち上げ1分54秒後までの間にロケットに問題が起これば、ソユーズ宇宙船の降下モジュールと機械モジュールの間の結合が解かれ、フェアリングにある安定翼を展開。そして同時に、エスケープ・タワーのメイン・モーターとフェアリングの補助モーターに点火し、ソユーズ・ロケットから宇宙船を引き剥がす。

ちなみに地上から緊急脱出する際は、高度1~1.5kmまで上昇する。これは爆発するロケットから離れ、なおかつパラシュートを開いて安全に帰還するのに十分な数字である。

フェイズIA

打ち上げ1分54秒後まで飛行が順調なら、エスケープ・タワーは分離、投棄される。その後、打ち上げ2分37秒後のフェアリング分離までの間に問題が起きた場合には、フェアリングにある補助モーターで脱出する。このときもやはり、降下モジュールと機械モジュールをいっしょに分離する。

フェイズII

打ち上げ2分37秒後まで順調なら、補助モーターとともに、フェアリングは分離、投棄される。そのあとでロケットにトラブルが起きた際には、ロケットなどを使わず、ソユーズの機械モジュールと降下モジュールとを分離する。この間にはもともとバネによる分離機構が仕込まれており、この段階ではすでにロケットの加速度は小さくなっているため、脱出用のロケットを使わなくても十分に分離、脱出ができる。

フェイズIII

ただし、ソユーズ・ロケットの第3段の燃焼が終了する直前に問題が起きた場合には、通常の打ち上げと同じように、ロケットとソユーズ宇宙船の機械モジュールとの間にある衛星分離部を使って分離する。この段階では軌道到達寸前、あるいはすでに軌道に乗っているため、機械モジュールのスラスターを使って軌道離脱し、着陸することになる。

  • 打ち上げのシーケンスと、その時々での脱出方法を示した図

    打ち上げのシーケンスと、その時々での脱出方法を示した図 (C) NASA/Sevastianov, N. N., & et al (Eds.). (2007). Space "Energy" of Korolev: on the 50th anniversary of the beginning of the space era..(pp. 117-118)

3回目の脱出劇

SASの開発は1961年、ソユーズ宇宙船の開発とほぼ同時期に、並行する形で始まった。これ以前にソ連が開発した「ヴォストーク」宇宙船と「ヴォスホート」宇宙船には、打ち上げ時の脱出システムがなかった。その反省もあり、ソユーズでは打ち上げのあらゆる段階において脱出可能なシステムを取り入れることとなった。

いくつかの技術的挑戦や試験を経て開発されたSASは、1967年、ソユーズの有人での初飛行となった「ソユーズ1」から搭載された。もっとも、ソユーズ1は打ち上げこそ成功したものの、相次ぐトラブルに見舞われ、帰還にも失敗。搭乗していたウラジーミル・コマローフ飛行士が亡くなっている。

その後、「ソユーズT」や「ソユーズTM」と宇宙船が改良される中で、SASもまたロケット・モーターなどを改良し、より安全で確実な脱出装置を目指して磨きをかけ、現在に至っている。

SASが実際の打ち上げで初めて使われたのは、1975年4月5日のことだった。「ソユーズ18-1」宇宙船の打ち上げにおいて、打ち上げから295秒後に、ロケットの第2段と第3段が分離しないというトラブルが発生。SASが作動し、宇宙船はロケットから分離され、地上に着陸した。乗っていた2人の宇宙飛行士は生還こそしたものの、瞬間的に最大20G以上という加速度がかかったことで、1人は大きな怪我を負ったとされる。

また1983年9月26日には、「ソユーズT-10-1」宇宙船を載せたロケットが打ち上げの2分前に火災を起こし、爆発した。しかし爆発の2秒前に、地上からの指令によってSASが起動。宇宙船はロケットから分離され、上空に打ち上げられた後、着陸。乗っていた2人の宇宙飛行士は最大約18Gの加速を経験したが、無事に生還している。

3例目のSASによる脱出劇となった今回のミッションだが、奇しくもこれまでの2度の例とは異なる、初のフェイズIA、つまりフェアリング側の固体ロケットのみを使った脱出となった。今回の脱出における最大Gは約7Gだったされ、オフチニン、ヘイグ両飛行士に大きな怪我はなく、その後の健康状態も良好だと伝えられている。

ロケットの打ち上げが失敗したにもかかわらず、無事に宇宙飛行士が生還できたことは、ソユーズの安全性がいかに高いかを示している。3度も脱出に成功した実績からいっても、その性能は折り紙付きといってよいだろう。

しかし、SASはあくまで緊急時の脱出装置であり、本来なら使われるべきものではない。またロケットの失敗の状況によっては、脱出前に宇宙船が損傷する場合も考えられるため、絶対確実に脱出できるというわけでもない。

重要なのは、そもそもなぜ今回、脱出装置が必要な事態が起きたのか、その原因と背景を突き止めることである。

  • ソユーズにエスケープ・タワーを取り付けるところ

    ソユーズにエスケープ・タワーを取り付けるところ (C) RKK Energiya

出典

Emergency escape system of the Soyuz spacecraft
・The Soyuz Launch Escape System: An Overview - NASA Presentation - 6/16/2014
Soyuz MS-10 makes emergency landing after a launch failure
Soyuz FG fails during ascent - Soyuz MS-10 crew safe after ballistic entry abort - NASASpaceFlight.com
Live coverage: Soyuz crew safe after emergency landing - Spaceflight Now

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info