Intel、高速モデムの特許を競売にかける
先般、編集部から海外のネット記事の紹介を受けた。Apple向けに5Gモデムの開発を続けていたが、結局それを断念したIntelが3G、4G、5G規格の高速モデム開発の過程で取得したいくつもの特許を競売にかけたという話である。その記事によると、概要は次のことであるらしい。
- IntelはApple向けに開発を継続していた5Gモデムの独自デザインを断念し、事業そのものから撤退することを決めた。
- この発表と時を同じくして、Appleは長年法廷で争っていたQualcommとのライセンス料に関する訴訟を取り下げ、QualcommはAppleに5Gモデムの供給を再開する。
- Intelの有する特許の競売を請け負ったパロ・アルトの事務所によると、対象となる特許の数は8500におよび、この種の競売としては過去最大規模である。8月をめどに完了の予定。
- その内訳は、6000ほどが3G/4G/5Gの通信規格に関するもので、1700がそれに対応するモデム設計技術に関するものだが、残りの500余りは半導体あるいはそれを使用する電子機器の技術全般にかかわる"広く応用性のあるもの"であるらしい。
Intelは5Gモデムの開発で年間10億ドルを投じていたというから、かなり大掛かりな開発プロジェクトである。それをあの巨人Intelが結局諦めざるを得なかったということは、高速通信半導体の開発の困難さを如実に物語っている。
Qualcommの優位性が際立つ結果となったが、同時にその独自開発をあきらめずに継続するAppleの執念にも敬服する。現在Appleはモデム設計エンジニアを積極的に雇い入れており、独自開発を進める姿勢を明確にしている。
Intelはモデム開発部隊をそっくりAppleに売却する話も水面下で行っていたというから、このIntelによる特許の競売の意図について考えるのは興味深い。"モデム開発部隊の売却を受け入れなかったAppleへの当てつけ"などと下世話な勘繰りをしたくなるのは私だけではないだろう。
半導体特許を盾にIntelが仕掛けた悪名高き「338特許事件」
「Intelと特許」というキーワードで私の記憶を検索すると、真っ先に思い出すのが「338特許事件」である。
時は1980年後半までさかのぼる。ちょうどIntelの32ビットマイクロプロセッサ「80386」に対しAMDが独自開発の互換製品「Am386」で対抗していた時期である。
IntelはAMDの市場参入を阻止しようとして、特許、著作権、商標など考えうるあらゆるIPを動員してAMDに対し訴訟を起こした。これにAMDは徹底抗戦の姿勢で対抗し、その年表を作るだけで別のコラムが書けるほどの量である。Intelは他の互換プロセッサ・メーカーにも手あたり次第訴訟を行い、x86市場への他社参入をなんとしても阻止する構えだった。
しかし、その中で特許に関する訴訟はあまりうまくいかなかった。というのも半導体産業の黎明期である1970年代には各社とも技術開発に躍起になっていて、技術を持ち合って市場規模を大きくすることの方に重点が置かれたからである。いわゆる「クロス・ライセンス」方式である。「クロス・ライセンス」では同程度のレベルの複数特許をお互いに合法的に共有するやり方で、これにより設計の自由度が大きく緩和され、市場自体が急成長した要因の1つともなった。Intelが"338特許"を根拠に訴訟を仕掛けた相手はたいていクロス・ライセンスを締結していたし、ファブレスの場合でも製造Fab(当時はTIとかIBM)がIntelとのクロス・ライセンスをしていれば問題ないからである。
世界を敵に回したIntel
この"338特許"はその発明者の名前にちなんで俗に「Crawford(クロフォード)特許」とも呼ばれる。この特許名称は正式には、「Patent# 4972338 Memory Management for Microprocessor System」であり、内容を要約すれば「マイクロプロセッサによる効率の良いメモリアクセスに関するもの」という大変に広範にわたる広く応用性のあるものであった。
AMDを筆頭とする互換プロセッサメーカーに対する特許訴訟が有効でないと判断したIntelは、この特許を持って台湾に照準を合わせた。Intelは台湾の主要マザーボード・メーカーに対し、「IntelのCPU以外の互換CPUをサポートするマザーボードを設計・販売した場合には、特許侵害で訴える」と言って回ったのである。
これにはAMDが率先して業界を挙げての対抗軸を作り上げて台湾インフラ産業と共同戦線を張った。最後には台湾政府に対し「これは貴国の重要な産業・経済インフラに対する憂慮すべき挑戦である」と訴えた。これを受けて台湾政府も同調し、マザーボード・メーカーたちも業界を挙げて声を上げたので、結局Intelの野望はついえることとなった。
今回のIntelの特許の競売に関する記事には約500の特許が"広く応用性のあるもの"であるとしている。こうした特許が後になって訴訟の種になることは可能性のないことではない。特許は企業の技術革新への努力に対する防衛策ではあるが、独占を目的としたツールとして使うのは本来の姿ではない。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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