私が30年にわたる半導体業界での経験の中で見聞きした業界用語とそれにまつわる思い出を絡ませたコラムをしばらく続けている。これはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。今回はマーケティングに関するものとして「Business Marketing」を取り上げてみたい。なお、これらはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。

Business Marketingの仕事内容と実際

マーケティング用語を取り上げる今回は「Business Marketing」である。

この言葉使いは多分にAMD特有なのかもしれない。他の会社では「Sales Operations」とか「営業管理部」などと呼ばれるだろうか。Product Marketingが製品とその価値にフォーカスしたマーケティングの王道であるのに対し、Business Marketingはより営業に近い、どちらかと言うと泥臭い仕事である。

彼らの製品についての主な関心事は売価(ASP:Average Selling Price)と売り上げ(Sales Volume)である。市場シェアはこの2つの要因で決まる。理想的には高価格帯のものが多く売れることであるが、市場はそううまくは構成されていないし、自社製品の競争力が弱ければ買い叩かれることもある。

しかし売価と売り上げは会社全体の収入(Revenue)と利益(Profit)の根幹を支える重要な要件であるので、四半期ごとの期末目標達成に向かって繰り広げられる狂騒曲は毎回必ず繰り広げられる。売りを立てるのは営業なので、目標値に達しない営業は果てしないプレッシャーを与え続けられる。そのプレッシャーを本社から世界に散らばった営業に対して強力に与え続けるのがBusiness Marketingのグループだ。Business Marketingの仕事内容と実際は下記のようなものである。

  • 世界中の営業に対する売り上げ目標とその達成度を見ながら営業に対し目標達成に必要なアクションをとる。具体的には価格と出荷数量の決定である。
  • 価格と数量は後ろに控える工場部門にとっては歩留まり(Yield)と製造能力(Capacity)に翻訳される。Business Marketingは営業と工場の間に入り、市場デマンドと製造能力の微妙なバランスを取りながら四半期ごとの目標に沿ってできるだけ正確な範囲に着陸させなければならない。
  • 四半期ごとの必達目標の達成に必要なことは何でもやらなければならず、場合によっては手段を選ばず、多少手荒なことも覚悟しなければならない。
  • 世界の営業を相手にしているので、期末ともなると時差など関係ない24時間体制になる事もある。

私の30年にわたる半導体業界での勤務ではたくさんのBusiness Marketingの人たちと仕事をしたが、私の印象では軍出身の人が多かったように思う。日本と違って、シリコンバレーの半導体企業には軍出身の人が一定程度いるが、その中でもBusiness Marketing部門ではその比率が高かったような印象がある。

各国の各四半期の営業目標をきちんと達成させるために、本社の立場から営業を叱咤激励しながらサポートする仕事内容は、軍での作戦目標(Mission)と作戦遂行(Operation)に類似したところがあるのだろうと常々思っていた。目まぐるしく変化する市場で毎四半期の困難な目標(Mission Impossible)を達成しようとするためには「何が何でも達成する」という強い信念が必要とされるのである。

  • 売り上げ進捗

    売り上げのForecastと進捗状況を毎週本社にチェックされる (著者所蔵イメージ)

思い出深い 軍出身Business Marketingの面々

AMDとその後の半導体ウェハメーカーでの勤務では、たくさんの軍出身の猛者と出会った。

F4ファントム戦闘機のパイロット、特殊部隊グリーンベレー、B-52戦略爆撃機の爆弾投下員、潜水艦乗組員など私の想像力では計り知れないタフな経験をしてきた人たちがいたが、皆に共通していたのは彼らの冷静沈着さと、チームワークを重視するところであろう。通常の会話では非常に人間臭い人たちではあるが、スイッチが入りひとたび仕事モードになると「目標達成については絶対妥協しない」という戦士の性格に豹変する。

  • Business Marketing

    Business Marketingにはなぜか軍人出身者が多かった (著者所蔵イメージ)

その中でも一番記憶に強く残っているのはちょうどAMDがK6/K7を売っていたころのBusiness Marketing部門のトップ、ジーノ・ジノッティーである。

そのころ私は日本の主要なOEMアカウントの営業部長をやっていたので、本社VPのジーノとは否応なしの付き合いとなった。軍艦の艦長だったという触れ込みでAMDにVPとしてやってきたジーノは「巨体に強面」といういかにも百戦錬磨の元軍人という風貌をしていた。負傷したと言われる片足をわずかに引きずりながらのっしのっしと歩く様と、ぶっきらぼうな話し方に初めて接した時に私は正直「厄介な奴がえらいポジションに来たもんだ」と思った。各国の営業の間では「あいつは元艦長だったらしいが、あいつの振る舞いだと戦艦だとか空母のような感じだが実は駆逐艦とか哨戒艇だったりして…」などと陰口をたたく者もいた。

ジーノとの思い出はかなりタフな経験が多いが、今から思うと懐かしい思い出であり、貴重な経験でもあった。当時、私はNECや富士通などの当時の日本のパソコン大手に対してCPUを売り込む日本AMDの営業部長の職にあった。Intelが大きな影響力を持つ日本の顧客との交渉は大変に困難だったが、それ以上にてこずったのは、本社との価格交渉であった。顧客は常に特別価格(低価格)を求めて来るので、通常の価格表では決着がつかず、本社との交渉になる。交渉相手は価格決定権を持つBusiness Marketingである。

担当から始まって、ManagerやDirectorクラスのレベルで行っても決まらないことが多いので、結局はVPのジーノと私の最終交渉まで持ち越されることになる。交渉は1対1の電話会議である。日米の時差の関係で日本時間の深夜から始まることが多かった。

最初の交渉の時の様子は今でも憶えている。満を持してジーノに電話を掛けると「おお、お前か? こんなに朝早く何の用だ?」などとしらばっくれる。事前にメールで連絡してあるので私の電話の要件は知っているはずなのに、「ちょっと待て、今他の電話が入った」、と言って電話を待機モードにする。私は電話をつなぎっぱなしにしながら耳障りな待機モードの音楽をしばらく聴かされたが一時間以上たってもジーノは電話に出てこない。これは忘れられたのだなと思って電話を切り、次の日の晩に同じ会話をするのだが、また待機モードにさせられる。「いったいどういうつもりなのだ」とイライラが積もる。というのも、こちらは顧客への回答期限が迫っているので何とか決めないとならない。

そこでジーノの部下の1人に相談した。すると、「ああ、それはジーノがお前を試しているんだよ。ジーノが電話に出るまで待つしかないね」という答えだった。「そういう事であればこちらにも考えがある」、と私は家の電話をつなぎっぱなしにしてウイスキーのロックを片手に深夜の一人宴会に切り替えて待っていると、2時間くらいして(日本では午前2⊸3時である)、ジーノが電話を取り、「まだいたか。待たせて悪かったな、それでは価格表を見てみよう」、と言うことになり私はかなり酩酊した頭で価格交渉をする羽目になる。終わるころには白々と夜が明けていたこともあった。こんなことが毎四半期続いたが、結局のところK6/K7で日本AMDはデスクトップPCでのリテールシェアで宿敵Intelを凌ぐという大きな成果を上げた。

  • K7

    AMDが1999年8月に発表したK7コアのAthlonはAMDの記念碑的製品 (筆者所蔵品)

ジーノが来日した日の晩のディナーで祝杯を挙げた。かなり酔っ払った頃になって、私はジーノに、「ジーノ、あんたは艦長として戦争に行ったそうじゃないか? そういう時に一番難しい局面と言うのはどういう状態なのだ?」、と質問した。その質問にちょっと驚いた感じのジーノは遠くを見つめるような表情で、「そうだな、一番つらい局面と言うのは、非常に危険だが重要な任務を帯びている時に、自分が一番信頼している部下を、その人間が死ぬかもしれないと分かっていながら任務遂行のために真っ先に戦場に送るという決定をする時だ」、と言って私の目をまっすぐに見つめた。その凄みに圧倒された私は「余計なことを聞いてすまなかった」、と謝るしかなかった。すると、ジーノは返す言葉で、「ところで今期の売り上げだが、ヨーロッパが非常に弱い。日本はもちょっと積めないか?」、と切り返してきた。あの時の話はジーノお得意のはったりだったのか、本当の事だったのかは未だにわからないが、私の記憶に残るやり取りであったことには間違いがない。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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