前回は、SAPの運用コンサルタントについて、特にグローバルでの運用や展開という観点でそのポイントをお伝えしました。今回は、システムのライフサイクルで大きな柱となるシステムのバージョンアップや、マイグレーションについてお伝えしたいと思います。特にSAP ERPシステムは、SAP ERP 6.0やBusiness Suite 7のサポート終了が2027年に控えており、従来のSAP ERPを利用している多くのお客様にとっては、SAP S/4HANA(以下S/4HANA)への移行が大きな課題となっています。すでに一部のお客様では移行に着手されているか、移行を完了している一方で、なかなか検討が進まないというお客様がいらっしゃることも確かです。今回は、運用コンサルとしての観点から、SAPのお客様で大きなトピックとなっている「S/4HANAへの移行」についてまとめ、本連載を締めくくりたいと思います。

S/4HANA移行のポイント

ベンダーが提供する製品にはサポートライフサイクルが定義されており、SAP社が提供する製品も例外ではありません。既製のパッケージ製品などは必ずそのライフサイクルに終わりが来るので、永久に使い続けることはできないのです。もちろん、サポートが終了したからといって、その瞬間から使用できなくなるわけではありません。しかし、ソフトウェアの場合、その後に見つかった不具合は修正されず、特にセキュリティ上の欠陥が発見された場合にはそれを放置することとなり、企業にとって大きなリスクとなってしまいます。

しかしながら、ERPのように大きな投資を要するシステムでは、ほとんどの企業においてサポート終了だけを理由にマイグレーションするというのは現実的ではないでしょう。そこで重要になるのが、マイグレーションの目的と価値を明確にすることなのです。

デジタルトランスフォーメーション(DX)とS/4HANA

最近はIT業界の界隈だけではなく、一般的な議論の中でもデジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が普通に使われるようになってきました。多くのマーケティングメッセージにおいて、「レガシー」であるSAP ERP(ECC6.0)ではDXの基盤にはならない、だから次世代のプラットフォームとして開発されたS/4HANAが必要だ、というシナリオを目にします。しかし、お客様とともに運用に携わっている立場からすると、少し違和感を覚えるのも確かです。というのも、多くのお客様では従来のSAP ERPをもとに、さまざまな業務要件をすでに実現していますので、さらなる拡張も可能な体制になっています。DXのプラットフォームとしての要素が、拡張性であったり、システム間のデータ連携であったり、ということを指しているのだとすると、SAP ERPでも技術的には可能な部分はあるのです。そのため、DXのプラットフォームとして、SAP ERPなのか、S/4HANAのどちらが適切なのかという議論は、あまりポイントではないのではないかと感じているのです。

レガシーからの脱却

そこで少し視点を変えると、DXのプラットフォームとして足かせとなっているのは、「レガシー」として現在のビジネスへの過度な最適化であったり、アドオン開発に依存した実装なのではないかと感じています。先に述べたのは、あくまで現在のビジネスを前提とした拡張性でしたが、これから求められるのは、その前提が変化することも含めた拡張性や柔軟性です。この観点で見直すと、多くのお客様でのSAP ERPの「実装方法」が。レガシー化を招いているということに気づきます。ですので、S/4HANAに移行したとしても、これまでと同様の方法論のもとで、個別の業務プロセスに最適化するためのアドオンありきの実装してしまうと、S/4HANAの価値を発揮できないばかりか、DXの足かせとなってしまうことは十分想像できることです。この観点からも、システムのサポート切れを理由に、その入れ替えだけを行うS/4HANAは合理的ではないだけではなく、「もったいない」アプローチになってしまうという印象です。こうした視点と、お客様のビジネス上置かれている状況などを考えあわせながら、現状のシステムの「次」の姿をいっしょに考えることも、運用コンサルタントの重要な使命だと考えています。

運用も変わってゆく

もう1つのトレンドとして意識しなければいけないのが、クラウド化です。もともとNTTデータGSLにおいても、SaaS型ERPであるSAP Business ByDesignの導入や運用サービスを提供しています。

このサービスは、よりシンプルにERPの機能を求めている、中堅、成長企業のお客様や、大企業の比較的規模の小さい海外拠点などを中心に導入されていました。しかし、いまはS/4HANAもAmazon Web Services(AWS)やMicrosoft AzureのIaaSへの展開が一般的になってきましたので、今後はSAP S/4HANA Cloudによって、SaaS化も加速していくでしょう。この流れも「脱レガシー」の観点では有効に作用すると考えています。特にSaaS型では、基本的には標準に提供されるアプリケーション機能を使うため、そこで実現できない機能は別のサービスを組み合わせるか、ERPの外部アプリケーションとして実装することになります。つまり、ERP本体は標準のままで使用されるのです。このように考えると、ERPも今後は企業システムの1つのアプリケーションコンポーネントとして位置づけられるようになり、ERPかそれ以外かという議論自体が意味をなさなくなるかもしれません。SAP社がここ数年「ERP」という言葉を使わず、「デジタルコア」と表現していることからもそれがうかがわれます。この変化は、もう目の前にやってきているでしょう。

運用保守は現状維持ではない

もともと運用保守は「次」のサイクルにつなげる戦略的な役割も担っているという説明をしましたが、ITのあり方の変化に対しても追従していく、むしろ次の戦略を見据えてお客様をリードする存在になっていかないといけません。将来的には導入と運用の境界もよりあいまいになっていくと想定される中で、その責任の重さを日々感じているとともに、ITのありかたを変えていく存在として、挑戦していく存在でありたいと考えています。

以上、5回にわたり、SAPソリューションに携わる導入コンサルタントおよび運用コンサルタントの姿をお伝えしてきました。もちろん、コンサルタントは個性豊かなメンバーも多く、ここでご紹介してきたのはその一面に過ぎません。しかし、普段なかなか接することのないSAPコンサルタントが、どのような意識を持ち、先の世界をどう捉えているかの一端をお伝えできたのではないかと思います。本連載を通じ、少しでも興味を持っていただいたら幸いです。

著者プロフィール

𡌶俊介(はが しゅんすけ)
大学卒業後、1994年、日系の監査法人系コンサルティング会社に入社。SEとして会計システム構築および社内システムの構築を担当。
2001年、日本マイクロソフト(現)に入社、主に製造業向けプリセールスや製品マーケティングを約10年にわたり担当。
2010年、デスクトップ仮想化やアプリケーション仮想化ソリューションを提供している最大手のシトリックス・システムズ・ジャパンに入社、約7年間にわたり、アライアンスやマーケティングを担当。
2018年より、NTTデータグローバルソリューションズに入社し、事業戦略推進部副推進部長として、マーケティング全般、人材育成に携わる。現在に至る。