地球温暖化対策として、排ガス規制の強化は世界中で進められており、モビリティ関連企業では電動化の覇権争いがすでに生じている。
特にEV化を国家戦略とする中国では2018年から平均して年間100万台弱のEVを販売しており、政府主導でバス、タクシーからゴミ収集車まで100%EV化を目指し全国レベルで推進している状況だ。
その中国でさえも2020年の新車販売におけるEVの割合は5.7%にすぎない。欧州は約7%、アメリカ2%、自動車強国の日本はわずか0.3%にとどまり、EV普及への道のりは長い。
本連載では、EV普及に向けた課題や、それに対する海外の先進ビジネスモデルBaaS(Battery as a Service)などを紹介し、日本市場におけるBaaS事業の将来像を論じていく。
第1回となる今回は電池に関する課題とBaaS事業の概要についてお送りする。
EV普及における3つの電池課題
EVの普及が遅々として進まない要因は何か。
EVのユーザー体験と経済負担の角度から見て、大きく下記3つの課題が考えられ、それらはいずれも電池に起因する。
1つ目の課題は、充電時間が長いということだ。ガソリンの給油と比べて、EVの充電時間は依然として長い。家庭用の普通の充電ケーブルの場合は約6~8時間、急速充電の場合でも80%の充電に30分かかる。
例えばスーパーでの買い物中の充電など使用シーンによっては不便を感じない場合もあるが、電力系統の制約によって同一エリアに多数の大出力充電器を設置することは難しく、今後もEV普及に従い充電待ちの車列が発生する恐れがある。実際、高速道路のサービスエリアではすでにこうした事象が起きている。
2つ目の課題は、車載電池の劣化だ。大出力の急速充電は電池劣化を加速させる。特にバスやタクシーのような急速充電が必要とされるEVでは、車載電池の寿命は3~4年程であり、一般消費者のEV車載電池でも平均寿命は8年程度である。電池劣化の不確実性と高額な交換費用が待っているため、EVの中古市場も大きく影響されており、3~4年目の中古EVでも価格は新車の半分以下で評価されてしまう。
3つ目の課題は、電池コストが高いということだ。EVの車載電池の材料コストは下がってきてはいるものの、EVに搭載する電池容量によっては、電池コストはEV全体の30%~40%を占める。一般的に考えるとEV寿命において2回以上の電池交換が必要となるので、EVユーザーの経済負担も当然大きくなってしまう。
これらの課題を解決する一手段として、中国ではBaaSという新たなビジネスモデルが誕生、成熟しつつあり、その先行事例から日本においても参考にできそうなポイントを紹介していく。
EV車載電池のサービス化(BaaS)の出現
BaaSとは、Battery as a Serviceの略で、従来のようにEVユーザーが車の電池を保有するのではなく、交換ステーションで充電済みの電池と入れ替えながら利用するビジネスモデルである。
EVユーザーが車の電池をレンタルする形となるため、新車購入時に電池部分の負担がなく、同レベルのガソリン車より格安となる。例えば、中国の自動車メーカー北京汽車が販売している電池交換式EV「EUシリーズ」は、車本体は日本円にして約136万円で販売されている。
電池の保有者はEVメーカーや電池メーカーとなり、EVユーザーは電池劣化による車価格の激減や電池交換の高額な費用などの心配から解放される。さらに電池交換式は充電時間が長いという課題も解決し、全自動機械式でわずか2~3分と効率よく電池交換ができる。北京汽車は2016年からサービスを開始しており、2020年には交換ステーション一か所あたり60個程の電池を備え、1日の交換能力は400回強にまで上がっているという。
BaaSモデルはこのようにEVユーザーの電池課題を解決するEV普及への起爆剤の1つとなっており、「BaaS1.0」の今、特に3つのセグメントにおいてEV化の加速に大きく貢献していくと期待される。
まずは、一般消費者向けの乗用車のEV化への貢献だ。前述のようにBaaSで車載電池がレンタルできるので、EV購入時の金額負担が軽減され、自動車ローンで購入する場合も車体価格のみのローンになるため毎月の返済金額が小さい。EV補助金の活用も含め、一般消費者にとってのメリットが大きいため、BaaSモデルはかなり浸透してきている。
中国では「造車新勢力」と呼ばれるEVベンチャーのみならず、伝統的自動車メーカーもBaaSの推進を加速している。
次は法人向けの商用車のEV化への寄与だ。商用車の場合、自動車の未稼働時間を極力抑え効率的に業務をこなしたいケースが多いため、一般消費者よりも充電時間に対しシビアである。
例えばタクシーにとっては30分の充電時間による稼働ロスは深刻で、タクシー業界向けを中心としてBaaSを展開するEVメーカーが増えている。タクシー業界は特定地域を中心に稼働することも多いので、BaaS事業者としては電池交換ステーションを集中して投入しやすいという事情もある。
最後は2輪バイクのEV化への貢献である。BaaSモデルによりEVバイクの価格は大幅に抑えられ、中国では10万円~20万円程度のEVバイクが一般的となっている。これまでの充電式EVバイクは充電時間が長い割に、マンションや出先の駐車場では容易に充電できないなど、充電環境が整っておらず、充電が不便という顧客の声が多く聞かれたが、移動中のハブであるガソリンスタントやコンビニなどに電池交換ステーションを設置することで、この課題は解決可能だ。実際に中国内陸や台湾では、EVバイクのBaaSモデルが主流になりつつある。
中国においてBaaSモデルがEVユーザーにうまく浸透しつつある一方、大きな課題にも直面している。それは電池交換ステーションの標準化だ。
今までは自社のEVのみに対応する交換ステーションがほとんどであり、共通の交換標準はまだできていない。理由の1つとして、EV新興ベンチャー、伝統的自動車メーカーそして電池メーカーが乱立していたためと考えられる。
中国ではこれまで数百社のEVメーカーと数十社の電池メーカーが存在していた。日本のトヨタのような絶対的な業界リーダーが存在せず、競争の明暗はまだ不明瞭である。
一方台湾では、GogoroのようなEVバイクのBaaS市場をリードするプレイヤーが出現し、電池交換ステーションの標準化が動き始めている。
本稿では、BaaSビジネスはEV普及の課題をどう解決するか、BaaS事業を推進する上で、どういったセグメントと相性が良いかをサマリー的に紹介した。
連載第2回以降では各セグメントの詳細と海外事例紹介を含め、BaaS事業の関連プレイヤーの明確化、それぞれのプレイヤーにおけるビジネスモデルを解析した上で、日本市場における各関連企業のビジネス機会を考察していきたい。そしてBaaS事業と車載電池のライフサイクル事業の関連性を分析し、EV化の主役である車載電池の全体像を明確にしていきたい。
【著者】
胡原浩(こはらひろ)
株式会社クニエ
パートナー、グローバルストラテジー&ビジネスイノベーションリーダー。主にM&A、会社/事業戦略、経営企画・改革支援、新規事業戦略、イノベーション関連などのプロジェクトを担当。 中華圏を含めグローバルにおけるEV/モビリティ、蓄電池、エネルギーとハイテク関連の経験豊富。 早稲田大学理工大学院卒業、早稲田大学経営管理研究科(MBA)王延暉(わんいぇんふぇい)
株式会社クニエ
クニエのグローバルストラテジー&ビジネスイノベーショングループに所属。モビリティ分野及び中国市場関連を中心に、クライアントの海外進出支援や新規事業確立の支援等を担当。 特に車載蓄電池分野において、技術開発の実務経験を持ち、新規事業立案から実行支援までのプロジェクト経験がある。 大阪大学大学院卒業