パナソニックは、保有するスポーツチームを持続可能な事業にするため、2020年10月1日付でスポーツマネジメント推進室を設置した。企業スポーツの運営を強化する専任組織としてコーポレート直轄下におき、2029年度には、売上高で150億円、デジタルマーケティングなどのSI展開や物販などの周辺ビジネスを含めて300億円を目指す。

また、パナソニックスポーツ総合サイトを新設し、情報発信も一本化する。

  • 大阪の「パナソニック スタジアム 吹田」。ガンバ大阪のホームスタジアムだ

    大阪の「パナソニック スタジアム 吹田」。ガンバ大阪のホームスタジアムだ

パナソニック 常務執行役員 CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)の片山栄一氏は、「パナソニックのスポーツ関連分野への年間投資額は、日本の企業でもトップクラス。世界を動かすソーシャルエンターテインメントスポーツに関わっていることに誇りを持っている」とする一方で、「パナソニックのスポーツへの取り組みは認知され、一定の存在感はあるが、明確な目的意識を持って、全体の活動を意味のあるものにしていたかというと疑問符がつく。長期に、グローバルに、サスティナブルに活動を続けられなければ、何の意味もない。今回の組織発足を機に、スポーツを事業として、パナソニックにしっかりと根づかせたい」とする。

  • パナソニック 常務執行役員 CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)の片山栄一氏

パナソニックは、Jリーグのガンバ大阪の70%の株式を保有しており、同チームは、これまでに9つのタイトルを獲得。その数はJリーグ2位となっている。また、男子バレーボールでは、Vリーグ最多の29の獲得タイトル数を持つパナソニック パンサーズ、ラグビーでは、トップリーグにおいて、国内トップクラスの9つの獲得タイトル数を持つパナソニック ワイルドナイツがあり、そのほかにも、社会人野球、アメリカンフットボール、女子陸上、9人制女子バレーボール、剣道などの企業スポーツに参加。オリンピック/パラリンピックの公式スポンサーや、男子ゴルフツアーのパナソニックオープンなどにも取り組んでいる。

こうした活動を、パナソニックの事業として捉えなおすことで、企業価値の向上だけでなく、収益性の拡大にもつなげる考えだ。

  • ラグビーのパナソニック ワイルドナイツは国内屈指の強豪。昨年のワールドカップにも多くの代表選手を輩出した

片山CSOは、「昨年秋のラグビーワールドカップは、大きな盛り上がりをみせ、多くの国と国、人と人をつないだ偉大なイベントだった。パナソニックからは6人の代表選手を送り、その代表チームは私たちを豊かな気持ちにしてくれた。スポーツが持つ力は、くらしを豊かにし、世界のソーシャルエンターテインメントとして、力強い感動を得ることができた」とし、「パナソニックが持つ理念と、長期間をかけて投資をしてきたスポーツとは高い親和性がある。今回の取り組みは、パナソニックが、スポーツにしっかり向き合い、スポーツを通じて、人々のより良いくらしに貢献し、アップデートすることの宣言である」と位置づける。

なぜ今? パナソニックが「スポーツ」を強化するワケ

では、なぜパナソニックは、スポーツ関連分野への取り組みを強化するのだろうか。

1つめは、パナソニックのブランド評価を形成する価値提供といった側面がある。

パナソニックのブランド評価は、第三者機関の調査では、世界で100位圏内、日本ではトップ5に入る。好感想起回数をもとにした調査では、家電や住まい、美容・健康の領域で、パナソニックはブランドを形成しており、そこから信頼や安心という価値を生んでいることがわかる。だが、成長領域である情報メディアやエンタテインメントでは、好感想起回数はほとんどないという課題もある。

片山CSOは、「スポーツ領域を事業として捉え、意義のある活動にすることで、憧憬や感動といった評価軸を、パナソニックのなかに加えたい」としている。

スポーツを通じて、これまで弱かった領域で、ブランドイメージを確立するのが狙いといえる。

2つめは、スポーツ産業の規模の大きさと成長性だ。

調査によると、全世界の映画市場は43兆円、音楽市場が21兆円、ゲーム市場が16兆円であるのに対して、スポーツ市場は95兆円の規模があるという。成長しているゲーム市場の約6倍の規模だ。また、市場成長にも勢いがあり、2005年から2017年にかけての年平均成長率5.7%であり、毎年4兆円規模で市場が拡大。日本においても、2020年には約10兆円のスポーツ産業が創出され、2025年には、さらに約15兆円にまで拡大するとみられている。

  • 世界のコンテンツ産業を比べてみると、スポーツは95兆円もの市場規模があり、しかも成長を続けている

「今後の日本のスポーツ市場の拡大は、貢献度からみると、スポーツ周辺産業やスポーツ用品が半分以上を占めるが、その成長を促すのが、スタジアム・アリーナ、IoT活用、プロスポーツである。パナソニックがスポーツに取り組むキーワードがここにある」とする。

  • そして日本のスポーツ市場も拡大が期待されており、その成長の源泉となる分野にパナソニックのチャンスがある

現在、パナソニックには、オーナー型スポーツ運営事業としては、サッカー、ラグビー、男子バレーボールがあるが、同社によると、サッカーでは1試合平均2万7,700人、ラグビーがトップリーグでは1位となる1試合あたり1万8,700人、そして男子バレーボールではホーム集客率が94%を誇っているという。

プロ化しているサッカー、リーグ全体での事業化が見込まれているラグビーおよびバレーボールをあわせて、2019年度の広告換算価値は130億円規模になると試算している。

「それぞれのチームでは、コンテンツとしての価値の源泉になる、力のあるチームづくりという点で実績がある。パナソニックブランドへの貢献価値は、投入費用を圧倒的に超える価値があり、価値換算においても、日本の企業なかでトップレベルである」と自信をみせる。

さらに、スポーツ関連商材として、セキュリティ、空調・空質、照明制御、映像・音響といった「物販・ソリューション型事業」、デジタルマーケティングや運動解析、表情解析といった「サービス・コンテンツ型スポーツ事業」を加えることで、パナソニックとして、スポーツ関連事業を構成する考えだ。

現在の推定事業規模は、プロスポーツを中心にスポーツの事業化を軸に展開し、スタジアムや地域活性化を実現する「オーナー型スポーツ運営事業」が50億円強、コア商材を起点に、物販やソリューション提供を行う「物販・ソリューション型事業」で約100億円、タッチポイントを軸に、データを駆使したDXでスポーツ事業を支える「サービス・コンテンツ型スポーツ事業」は約10億円としている。

日本では、ソフトバンクがオーナー型スポーツ運営事業において約100億円の事業規模を誇り、国内最大と言われるが、パナソニックはその半分程度の事業規模を持つことになる。

「物販・ソリューション型事業は、サプライヤーの立場で展開するものとなり、パナソニックが持つセキュリティ、空調、照明などのスポーツ施設向けの商材を通じて、お役立ちに貢献できる。日本やアジアで拡大が予想されるスタジアム市場の獲得に向けて、商材およびスタジアムソリューションを提供することができる。また、サービス・コンテンツ型スポーツ事業は、パートナーとしての立場でスポーツ領域に向き合うビジネスで、スタジアム運営の改善に寄与するデジタルマーケティング、チーム運営の改善に貢献する画像解析サービスも提供している。3つの事業領域をあわせて、160億円の事業規模である。オーナー型スポーツ運営事業は、まだ赤字だが、全体では黒字と考えている。オーナー型スポーツ運営事業をしっかりとした収益貢献事業へと変えていくことが重要と考えている」とした。

これまでの投資、もっと活かせたハズという反省

ただ、スポーツ関連事業について、次のような考えも示す。

「パナソニックは、スポーツ領域にかなり投資しているが、その活動の成果を、事業のなかや社会との関わりのなかで、もっと活かすことができたのではないかという反省があった。また、長期間にわたって投資をしているスポーツの活動を、独り立ちすることに挑戦し、事業化への道筋をつけることも必要である。新たな組織は、スポーツという観点から見た場合のアセットのパフオーマンスをあげるために、一元的に管理をするという狙いがある。ほかの事業領域の固定費を削減して、スポーツへの投資比重をあげるのではなく、持っているアセットを最大限に生かすための適切な活動に変えていくものである」

スポーツ市場で収益を高めることがだけが目的だけでなく、これまで投資してきた成果を価値に高めることを重視する姿勢を強調する。

パナソニックでは、スポーツ事業において、どんな価値を提供できるのだろうか。

同社では、いつくかの事例を示してみせる。

1つは、デジタルマーケティングにおける経営力改善の事例だ。

ガンバ大阪では、過去2年間に渡り、パナソニックのデジタルマーケティングの手法を導入。会員データや購入データを駆使して、顧客分析を徹底した結果、減少傾向にあった吹田スタジアムへの観客動員数を増加させたという。このノウハウを、パンサーズやワイルドナイツにも横展開し、今後の事業化に備えるという。なお、パンサーズは事業化に向けて、8月29日にファンクラブをスタート。ファンとのデジタル連携を開始しており、Webサイトでの興行チケットの販売やグッズ販売も強化しているという。

「プロスポーツは、戦力の拮抗がおもろしさの源泉である。すべてのチームが経営改善することが大切。パナソニックが実現するデジタルマーケティテングをリーグ全体や他チームにも利用してもらうことで、日本のスポーツ界に貢献したい」と述べた。

  • パナソニックのデジタルマーケティングの手法で、チームの経営改善に貢献する

2つめが、施設運営事業の収益化への取り組みだ。

パンサーズは大阪府枚方市のサポートを得て、同市のPR大使に任命されているほか、ワイルドナイツは、2021年8月には埼玉県熊谷市に拠点を移転。熊谷市の活性化に貢献することを目指すという。

「プロスポーツ事業の大きな収益が施設運営であるが、野球やサッカーとは異なり、ラグビーやバレーボールは収益貢献できる段階にない。だが、地域との密着、基盤となるファン層の構築のため、スタジアム運営は最重要課題である。スポーツの発展のためには地域とのかかわりが不可欠であり、地域に根ざしたスポーツ文化を醸成し、地域とともに成長したい」と述べた。

  • スタジアム運営の安定は、地域の活性化にもつながる

3つめは新規事業への挑戦だ。

ここでは、パナソニックのチームに所属する各種スポーツ選手と、地域の人々や子供をつなげる取り組みを新たな事業として開始する考えを示す。

「スポーツへのあこがれを多くの人に届ける取り組みがデジタルマーケティングによる観客動員数の拡大だが、スポーツをしたい人や、スポーツを支えたいという人とつなげることも重要な役割だと考えている」とする。

2020年9月には富山県魚津市と協力して、学生向けのリモート教育を実施。今後、実証アプローチを積み重ねることで、優れたプレーヤーとスポーツに打ち込んでいる消費者とをデジタルでつながるブラットフォームを構築する考えであり、このプラットフォームを広く活用できる環境も整えることになる。

  • 地方自治体と協力し、学生向けにスポーツのリモート教育を提供したという実績も

持続性と利益、専任組織で挑む新時代のスポーツ事業

そして、新しく2020年10月にスタートしたスポーツマネジメント推進室の狙いにもついては説明する。

  • パナソニックのスポーツ事業の中核を担うスポーツマネジメント推進室

片山CSOは、「パナソニックのスポーツ事業が抱える課題として、スポーツ支援機能を持つ部門において、興行に対する窓口が一本化されていないこと、興行事業内での連携がなく、スポーツ活動の一体化のシナジーがないこと、興行とビジネスである物販やソリューション事業との相互補完関係が弱いという3点があげられる」とし、「スポーツマネジメント推進室はこれを修正するために発足したものである」と位置づける。

スポーツマネジメント推進室は、ガンバ大阪やワイルドナイツをはじめとする企業スポーツを管掌するスポーツ事業センター、デジタルマーケティングなどを担当するビジネス開発部を設置。「スポーツ領域を事業と見て、しっかりと成長させるための取り組みのほか、パナソニックの各カンパニーが行っている物販やソリューション型事業への貢献も目指し、全体をつなぐ役割も担う」とした。

さらに、コーポレートとカンパニーが個別に発信を行っていたスポーツチームのホームページを見直し、パナソニックスポーツ総合サイトを開設。パナソニックが行うスポーツ活動に関する情報を集約して発信。「ラグビーにしか興味がなかった人にも、バレーボールの楽しさを知ってもらうといったきっかけにもしたい」と述べた。

同社では、スポーツ関連事業の具体的な目標として、「スポーツ事業の持続的な経営体質の構築」、「リーグ・領域全体に貢献できる新たなデジタルプラットフォームの構築」のほか、「リアルで150万回、デジタルタッチポイントで10億回の早期達成」、「2029年度の年商150億円、周辺ビジネスを含めて300億円への挑戦」、「スポーツ領域のデジタル化で目標 ROIC(投下資本利益率)で15%を目指す」という5つの目標を掲げる。

「現在、リアルでは60万回、デジタルでは4億回のタッチポイントがある。これを増やすことを、事業を拡大の牽引役とていく。だが、なによも大事なのは、スポーツ事業に関わる人たちが、安心して打ち込める環境を作ることである。デジタルソリューションの導入で、経営基盤の強化を図り、ROIC15%を意識したしっかりとした経営をしていきたい」とする一方、「スポーツが持つ力は心身の健康を育むだけに留まらない。見る人に驚きと感動を与え、心をひとつにまとめ、ときには生きる力を奮い立たせるといった想像以上の可能性を秘めているコンテンツである。100年企業の仲間入りをしたパナソニックは、スポーツを次の100年創造の一翼を担う事業として位置づけ、これまで以上に本気で向き合い、真正面から取り組む」と語った。

新たにスポーツマネジメント推進室を設置したことで、パナソニック全社として、中長期視点でスポーツマネジメントに関連する事業の拡大を目指す姿勢を明確にしたわけだが、これは、パナソニック傘下のスポーツチームの事業体質の強化だけでなく、今後のプロリーグ化が期待されるバレーボールやラグビーの経営体質の強化に向けて、リーグ全体を巻き込んだ支援にも乗り出す考えだ。

そこにも、パナソニックが果たす大きな役割がありそうだ。