神戸市と、NTT西日本、PACkageは、「withコロナ時代におけるeスポーツによる地域課題解決に向けた連携協定」を結んだ。官民が連携し、実証実験を含むeスポーツのプロジェクトは日本初となる。2021年度までの約2年間の取り組みになる。

高齢者の健康低下の解決や、新型コロナウイルスの感染拡大後に顕在化している地域連携やつながりの希薄化といった社会課題を、eスポーツを通じて解決する狙いがある。

  • (左から)神戸市企画調整局つなぐラボ特命係長の長井伸晃氏、PACkage 代表取締役社長の山口勇氏、神戸市企画調整局長の谷口真澄氏、NTT西日本 兵庫支店の川副和宏支店長、上新電機 代表取締役兼社長執行役員の金谷隆平氏

withコロナ時代のスタンダードに

協定にもとづき、2020年12月までに3カ所以上の介護施設などを活用して実証実験を開始。2021年には、高齢者がeスポーツに「慣れる」、「楽しむ」、「活かす」といった段階を踏みながら、事業化に向けたトライアルを開始する。「サスティナブルな事業モデルにつなげたい」(神戸市)としている。

また、大手量販店の上新電機や、兵庫県におけるeスポーツ振興、促進をサポートする兵庫県eスポーツ連合、高齢者向けeスポーツ施設「ISR e-Sports」を運営するISRパーソネルが賛同企業として参画。今後も賛同企業を募集するという。

神戸市企画調整局つなぐラボ特命係長の長井伸晃氏は、「神戸市は、コロナ禍において、スタートアップ企業と連携し、テクノロジーを活用したサービスの創出や課題解決に取り組んでいる。このなかで生まれたものが、次の社会のスタンダードとなると考えており、eスポーツもそのひとつになると期待している」と前置きし、「withコロナ時代への対応と、市民生活、経済活動の維持および回復を両立させる上で、eスポーツが、新たなエンターテイメントやコミュニケーション手段、ビジネスの手法となり、社会的価値、経済的合理性を持ちうるのかといったことを検証して、その最適解を探りたい。eスポーツによって、地域課題解決、産業振興につなげることが、今回のプロジェクトの目的になる」と説明した。

  • eスポーツが地域課題の解決に寄与するか、その実証が今回のプロジェクトの目的となると長井氏

神戸市が課題解決やコミュニティの連携、実証実験の後方支援を行い、NTT西日本はICT分野を担当。PACkageが10代や20代のeスポーツコミュニティとの連携や、神戸市内で活躍するプレーヤーとの連携などを行う。

ゲーム依存などへの指摘、正しい理解で豊かな生活へ

今回の取り組みに参加しているPACkageは、2018年2月に設立されたスタートアップ企業で、大阪電気通信大学の学生だった山口勇社長が、同大学在学中に、当時20歳で設立した。同氏は現在も大阪電気通信大学の大学院の学生だ。プロeスポーツチームの運営やイベントの企画運営を行っており、約20人の体制となっている。

同プロジェクトでは、「eスポーツへの理解促進、今後の可能性を考えるWEBセミナーを開催」、「高齢者や子ども向けのeスポーツを活用した実証事業」、「eスポーツコミュニティの醸成・関連イベントとの連携」、「eスポーツの魅力や可能性を伝える動画による発信」の4つのテーマに取り組むという。

  • eスポーツについて、4つのテーマに取り組む

「eスポーツへの理解促進、今後の可能性を考えるWEBセミナーを開催」では、今年秋に第1回目を開催。「eスポーツに対する正しい理解を進めたい。ゲーム依存の問題が指摘されるが、これはスマホと同じであり、うまく利点を生かせば、豊かな生活につなげられる。セミナーでは、老若男女が参加できるメリットを生かし、家族やコミュニティとのコミュニケーションの手段に使えることを伝えたい。また、神戸市がこの分野に率先して取り組むことで、関連スタートアップ企業との連携や、神戸市への企業誘致にもつなげたい」とした。

  • 高齢者の生活を豊かにする施策に、eスポーツが活用できると期待する山口氏

「高齢者や子ども向けのeスポーツを活用した実証事業」では、NTT西日本のICTと、PACkageのノウハウを活用して、高齢者同士あるいはその家族が、eスポーツを一緒に体験してもらうことで、ITリテラシーの向上や健康増進、フレイル予防といった課題解決の可能性を検証するという。「施設に入っている高齢者や地方に住む両親と、家族や孫がつながりを持つ手段のひとつとしてeスポーツを活用するといったことを想定している。また、eスポーツの楽しさを知り、それをきっかけにスマホやオンライン活用に興味を持ってもらうことで、高齢者のデジタルデバイドの解消にもつなげることができる」とした。

そして、「eスポーツコミュニティの醸成・関連イベントとの連携」および「eスポーツの魅力や可能性を伝える動画による発信」では、神戸市が中心となって市内のeスポーツ関連企業やゲームプレイヤー、学校関係者などをつなぐことで、コミュニティの醸成や関連イベントとの連携を実現。神戸市のYouTubeチャンネルを通じて、eスポーツの魅力を発信していくという。

「eスポーツと地域課題を結びつけられる街を目指し、ゲームおよびクリエイティブ産業の振興、スタートアップ支援につなげたい。市民に新たな文化としてeスポーツを取り入れてもらい、豊かな生活につなげてもらいたい」と述べた。

ICT×eスポーツが新しいシニアサービスの可能性

一方、NTT西日本 兵庫支店の川副和宏支店長は、「NTT西日本は、『ソーシャルICTパイオニア』になることを目指している。それを実現するために、ICTを活用した課題解決に取り組んでいるが、今回の神戸市との協定では、地方創生、高齢化社会、新しいライフスタイルの創造という、3つの課題解決において親和性が高いと考えている。とくに、ICTとeスポーツを掛け合わせることで、withコロナ時代に有効なシニアサービスの提供ができると考えており、それに向けた実証実験を行うことになる」とコメント。「コミュニケーションツールとしての活用検証」、「健康増進への可能性検証」、「シニアサービス事業におけるリスク管理と活用検証」を行うとした。

  • ICTとeスポーツを掛け合わせたシニア向けサービスの概要

今回の実証実験については、介護施設などへの入居者と家族、施設の職員やケアマネージャーを対象に実施するものになるという。

川副支店長は、「介護施設等への入所者とその家族が、eスポーツを通じた新たなコミュニケーション、エンターテインメントを体験するとともに、高齢者の生きがいの醸成や健康増進の可能性について検証する」と述べた。

具体的には、介護レクリエーションにおけるeスポーツの活用、eスポーツを通じた家族とのオンラインコミュニケーションの充実、eスポーツ体験時の操作ログやバイタルデータの収集による健康増進への可能性検証、収集した操作ログやバイタルデータの活用によるオンラインを利用した健康相談を実施するという。

「まずは、介護施設の入居者にeスポーツに慣れて親しんでもらうところから始める。将棋や囲碁などのゲームから親しんでもらい、意見を聞きながらゲームの範囲を増やしていきたい。その後、eスポーツを利用したコミュニケーションや対戦大会などを楽しんでもらう。そして、eスポーツ体験時に収集、蓄積した操作ログやバイタルデータを活用して、健康増進やフレイル予防につなげることになる」とした。

  • 介護サービスにeスポーツが活用できる可能性がある

入居者は、時計型やカメラなどの接触/非接触のバイタルセンターや、ベッドに装着したマット型センサーにより、日中や夜間のデータを収集。これと、eスポーツを体験しているときのデータを比較。入居者同士でeスポーツを体験したときと、家族と体験したときのデータの違いなども蓄積する。「eスポーツを楽しんだ時の影響などをもとに、健康増進や生きがい向上などに活用できるかどうかを検証し、ヘルスケアサービスや医療分野などの新たな可能性を追求したい」としている。

  • eスポーツを通じたコミュニケーションにも効果を期待している

電話やメールの操作でも、認知症予防につながったり、幸福度が高まるという結果が出ていることから、eスポーツでも同様の効果を期待するほか、eスポーツ体験中のタッチのスピードやタイミングのずれからも健康状態の変化を測定できることも期待している。

ここで賛同企業である上新電機 代表取締役兼社長執行役員の金谷隆平氏は、「今回の取り組みは、ニューノーマル時代におけるeスポーツの可能性を探るものであり、そのしなやかな視点に感銘を受けた。ゲームやオンラインの特性を生かし、会えない家族とゲームを楽しみながらコミュニケーションを図ったり、バイタルデータを活用することで健康増進につなげるという試みはすばらしい。その一方で、神戸市内のeスポーツコミュニティの醸成、イベント集客による観光振興にも貢献したい。神戸市から、eスポーツの魅力を全国に発信したい」と述べた。

既に話題の施設も… eスポーツに積極的な神戸市

神戸市は、eスポーツの取り組みが活発な自治体でもあった。

  • 観光需要の喚起から高齢者向け施設まで、積極的にeスポーツを活用してきた神戸市

2018年には、有馬温泉にeスポーツが観戦できるバーとして「BAR DE GOZAR」がオープン。有馬温泉観光協会がeスポーツを活用した温泉地への集客拡大を目的に、ゲームソフト「ウイニングイレブン」を使用した「第1回湯桶杯」を開催している。六甲アイランドでは、2019年に「グランツーリスモSPORT」を用いた競技大会「JeGT GRAND PRIX ZERO ROUND@KOBE」を開催して、約2,500人が来場。六甲道では本格eスポーツ施設「esports stage EVOLVE」もオープンしている。

また、2020年2月には、三宮にeスポーツイベント施設「eSPORTS アリーナ三宮」が、上新電機のジョーシン三宮1ばん館内にオープン。プロeスポーツチームである「SIRIUS GAMING」が本拠地として利用し、年間100回以上のeスポーツイベントの開催を目指していた。面積は173平方メートル、客席数は170席を誇る。

そして、2020年7月には、神戸に、60歳以上のシニア専用のeスポーツ体験施設「ISR e Sports」がオープンして話題となった。

「今後は、神戸市初のプロ選手を輩出したい」(PACkageの山口社長)としている。

eスポーツの現状、日本と海外の温度差は?

今回の連携協定の締結にあわせて行われた会見では、PACkageの山口社長が、eスポーツの現状や、地域振興につながっている事例についても説明していた。

「エレクトロニック・スポーツ」の略称であるeスポーツは、ストリーファイターや鉄拳など、キャラクターを操作して、1対1で対戦を行う「格闘ゲーム」、ウイニングイレブンなどのサッカーや野球、バスケットボールなどのスポーツを行う「スポーツゲーム」、ぷよぷよやシャドウバースなど、パズルやトレーディングカードによって対戦を行う「カードゲーム・パズルゲーム」、League of LegendsやDOTA2など、2チームに分かれて、キャラクターを操作し、敵の本拠地を落とす「MOBA(マルチプレイヤー・オンラインバトル)」、カウンターストライクやOverwatchなど、銃器などのアイテムを用いて、敵対するキャラクターを倒す「FPS(ファーストパーソン・シューター)」、F1 2017、WRC7といった他のユーザーとレースで対戦する「レース」の6ジャンルに分類できるとし、「そのほかにも囲碁や将棋などの対戦型ゲーム競技もeスポーツのなかに含まれる」とした。

また、日本におけるeスポーツの市場規模は、2022年には695億円、2025年には2,850億円~3,250億円に達すると予測されており、今後市場が急拡大するとの見方を示した。なお、このなかには、ゲーミングPCなどの関連機器の販売収入などのエコシステム領域やeスポーツを取り巻く周辺への波及効果も含まれるという。

  • 日本におけるeスポーツの市場規模

だが、国内のeスポーツ認知率は44%であり、eスポーツに興味、関心を持つ人はわずか6%に留まるという課題も指摘した。山口社長は、「認知率と興味関心の差分である38%は伸びしろと考えられる」と分析したほか、「若い世代ほど、eスポーツの認知度が高いという結果が出ている。10代男性のeスポーツ認知度は78%に達している。さらに、若い世代ほどeスポーツの観戦意向が強く、10代の観戦意向は49%に達している」とも述べた。

  • eスポーツ認知率。若い世代ほど高い

また、国内外でeスポーツのプロ選手が生まれていることに触れ、日本では、ぷよぷよを使用したセガ公式プロ大会「SEASON2」で、最年少の高校生プロのともくんが優勝して、賞金100万円を獲得。一方で、小学生向けeスポーツ教室が開校しており、「一般的な塾に通うようにして、子供がeスポーツの教室に通っている」という。

経済産業省では、eスポーツを活用して、大会ツアーなどを通じた「クールジャパン/国際交流」の効果のほか、関連グッズなどによる「市場形成・拡充」、障がい者への対応やヘルスケア、健康増進などの「ユニバーサルデザイン/共生社会の実現」、専門学校や高校、大学などでの教育的利用を含む「人材育成/IoT教育、多様な人材の活躍の場」、大会運営やプロチームの誕生、金融/保険分野との連携などによる「新市場や新産業の創出」、そして、eスポーツを活用した「地方創生」にも大きな期待があるという。

PACkageの山口社長は、「経済産業省と日本eスポーツ連合での検討会では、SDGs (持続可能な開発目標)の17項目のうち、14項目において、eスポーツが合致し、貢献できるという議論が行われている。とくに地方創生が大きな貢献化が期待されている」などと述べた。

  • SDGsの17項目のうち、14項目において、eスポーツが合致する

一方で、eスポーツによる波及効果として、海外の事例もあげてみせた。

地方都市の活性化の事例としては、ポーランドのカトヴィツェ市が、米半導体企業のインテルが開催しているeスポーツイベント「IEM (Intel Extreme Masters))を誘致している例をあげ、「炭鉱の町として斜陽だった同市に、毎年多くのファンが世界中から訪れている」という。

観光事業の促進では、韓国ソウル市で、市の主導のもと、外国人観光客向けのeスポーツ観光ツアーを定期開催している。チャリティー推進の事例もあり、米国において、eスポーツの有名チームであるTeam Liquidが、献血団体のBCAと協業し、eスポーツと献血の双方の啓発活動を推進した例があるという。

そして、日本でも、すでにいくつかの事例が出てきているという。

東京都は、5,000万円の予算をつけて、eスポーツ競技大会を開催。関連する中小企業の出展ブースが大会エリアに用意され、経済効果を高める成果があったという。また、秋田県では、県内の高校がeスポーツ大会の出場を目指しているほか、eスポーツ国体の予選が開催されるという実績があったという。富山県では、地元の酒造を使ったeスポーツイベントを、3日間昼夜を徹して開催し、酒の販売促進や、周辺エリアの飲食店の利用が活性化したという。

また、さいたま市では、2018年に、シルバーeスポーツ協会が発足。高齢者へのeスポーツの普及活動も始まっている。なお、海外では、シニア層のプロチームもあり、スウェーデンには平均年齢70歳以上のプロチーム「Silver Snipers (シルバー・スナイパーズ)」があり、世界的に有名だという。

  • 海外にはシニアのプロチームも。国内でもシルバーeスポーツへの関心が高まりつつある