東京オリンピック/パラリンピックの開催まで、あと約5カ月となった。

大会ビジョンでは、「史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会」を打ち出している東京オリンピック/パラリンピック。大会関係者の間からは、「イノベーティブに大切なのはテクノロジーであり、今大会を契機に、新たなテクノロジーを世界に広げていきたい」との声が聞かれる。

2019年7月24日、開幕1年前を記念して行われた「東京2020オリンピック1年前セレモニー」に出席した国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長も、「日本には、豊かな歴史、伝統、最先端を行くイノベーション、おもてなしという文化、スポーツを愛する心がある」とし、日本ならではの大会開催に期待を寄せている。

世界の期待は、日本が持つ「おもてなし」の姿勢と、日本が誇る最先端テクノジローの融合によって、どんなスポーツの祭典が開催されるのかといった点にあるだろう。

そうした期待に応える取り組みのひとつが、東京2020ゴールドパートナーであるNECが開発した顔認証システムだといえる。

  • 東京オリンピック/パラリンピックに導入される顔認証装置の試作モデル

    東京オリンピック/パラリンピックに導入される顔認証装置の試作モデル

最先端を走っているNECの顔認証システム

東京オリンピック/パラリンピックでは開催期間中、選手やスタッフ、ボランティア、メディアなど、約30万人の大会関係者を対象に、NECの顔認証システムを利用して、会場入場時の本人確認を行う。大会関係者の入場に際して、すべての会場で顔認証システムを採用するのは、オリンピック・パラリンピックでは史上初になるという。

ICチップを搭載したIDカードと、事前に撮影および登録した顔画像をシステム上で紐付け、大会会場の関係者エリアの入場ゲートのすべてに設置した顔認証装置を用いて、顔とIDカードによる本人確認を行う仕組みだ。顔認証装置はIDカードを読み取り機に着券すると、即座に顔認証を行い、スムーズな入場が可能になる。大会ボランティアの応募時には、このIDカードに使用する写真データを登録することになっており、入場ゲートでは、登録した写真と顔を照合し、本人であることを確認することになる。ファイル形式は、JPG、JPEG、PNG、BMP、ファイルサイズは50KB~5MBとしており、最低50KBという小さなサイズでも認証が可能だ。

これにより、IDカードの貸し借りや盗難によるなりすまし入場、IDカード偽装による不正入場を防止することができるほか、入場ゲートでの人手による本人確認作業の負荷を軽減し、混雑発生を防ぐ。ちなみに、顔認証時に撮影した画像は、ゲートに設置した顔認証装置には蓄積されないため、セキュリティ面でも安心だ。

2017年夏の実証実験では、平昌オリンピックで採用していたバーコードと人手による写真確認で4人を認証する時間内に、10人の認証が完了。2.5倍の速さを実現したという。

  • 顔認証を行っているところ。IDカードと顔を照合させる

  • 認証されるとディスプレイの周りが青く光り、「GO」の文字が表示される

  • 認証されない場合には「STOP」の文字が表示される。正規の装置ではディスプレイの横の壁の上部にもLEDが埋め込まれ、遠くから見ている監視員にも知らせることができる

  • カメラの周りにもLEDを埋め込み、人感センサーで人が来たことがわかると、カメラの位置を知らせる

この顔認証システムで用いられているのが、NECの生体認証「Bio-IDiom」の中核技術であり、世界No.1の認証精度を有する顔認証AIエンジン「NeoFace」である。

米国国立標準技術研究所(NIST)が実施している顔認証技術ベンチマークテストでは、最新のFace Recognition Vendor Test 2018で、5回目の世界第1位の評価を獲得。1秒間に2億3000万件の検索速度を実現するとともに、1200万人分の静止画の認証エラー率は0.5%と、世界で唯一、認識エラー率が1.0%を切る認証精度を達成。高い利便性も両立する顔認証システムを実現している。

すでに、NECの生体認証システムは、全世界70以上の国と地域に、1000システム以上が導入されており、顔認証技術は、世界50以上の空港で出入国管理に採用。海外では犯罪捜査にも用いられている。

日本国内の例では、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入場ゲートで活用され、年間パスポートの所有者は、まさに「顔パス」での入場が可能だ。また、南紀白浜では「IoTおもてなしサービス実証」にNECの顔認証システムを採用。顔情報とクレジットカード情報などを登録すれば、空港やホテル、商業施設、テーマパーク、観光名所などを「顔パス」で利用できるようになる。何も持っていなくても、得意客のように出迎えてくれたり、ホテルの客室の解錠、テーマパークでのファスト入園やチケット購入時の決済、商業施設でのショッピングや飲食店利用時の決済などが自動で行える。

さらに、羽田空港や成田国際空港、新千歳空港、中部国際空港、関西国際空港、福岡空港の国内6空港の税関検査場電子申告ゲートにもNECの顔認証技術が採用されているほか、成田国際空港では、チェックイン時に顔写真を登録すると、手荷物預け、保安検査、搭乗ゲートで、搭乗券やパスポートを提示することなく、「顔パス」で通過できる仕組みを2020年春から導入する。

そして、NECの顔認証システムは、2019年秋に開催されたラグビーワールドカップ2019日本大会でも活用された。主要会場となった東京スタジアムでは、3位決定戦を含む8試合、横浜国際総合競技場では決勝を含む7試合で、約1万人のメディア関係者を対象にした本人確認を実施。スムーズで、厳格な入場を実現した。

こうした実績からも、顔認証システムは、史上最もイノベーティブな大会を目指す東京オリンピック/パラリンピックを支える重要な技術のひとつになることがわかる。

さりげない、おもてなしの価値

もうひとつ、NECの顔認証システムは、「おもてなし」という観点からも威力を発揮することになりそうだ。

万が一を許さない厳密なセキュリティ対策が求められる大会関係者エリアへの本人確認を、IDカードと顔だけで高精度に認証。監視員とやりとりすることなく入場できるようになると同時に、短時間で認証できるため、確認待ちの行列が発生するリスクがなく、現場の混雑や混乱を回避。ストレスフリーなセキュリティチェックが可能になる。試合を控えた選手が、炎天下のなかで、本人確認のために、長蛇の列に並ぶということがなくなるわけだ。

とくに東京オリンピック/パラリンピックでは、40以上に競技会場が分散した超分散型大会となっており、ベニューごとに入場時にセキュリティチェックを行うことになる。リオデジャネイロオリンピックや平昌オリンピックでは、パークの仕組みを採用していたため、一度パークに入るとパーク内の横移動ではセキュリティチェックが不要であったのに比べると、煩雑になりがちだ。しかも、その多くが都市部で開催されるため、セキュリティチェックのエリアを広く確保できないという課題もある。その点でも、顔認証システムは優位に働くといえる。

ラグビーワールドカップ2019日本大会では、開場時間前にはメディア関係者の列ができたが、開場するとあっという間に列は解消され、その後はまったく列ができない状況だったという。

こうした観点からも、日本の「おもてなし」の姿勢を実現する技術であることがわかる。

NECでは、顔認証システムの導入によって、「さりげなく見守ることができ、人々の熱気や感動を妨げない警備が可能になる」と語る。

国によっては、警察や軍隊が物々しい警備体制を敷いて、イベント会場の入場管理を行うといったことがあるが、東京オリンピック/パラリンピックでは、テクノロジーによって、「さりげない見守り」を実現することを目指す。

実際、ラグビーワールドカップ2019日本大会では、顔認証システムに慣れてきた海外のメディア関係者が、満面の笑顔で自分の顔を撮影して、顔認証を楽しむといった光景が見られ、重い雰囲気になりがちなセキュリティチェックエリアを、明るい場に変えるといった成果も生まれている。

NECの顔認証技術では、笑顔や怒った顔、泣いた顔でも本人を認識。マスクやサングラスを着用していたり、顔が横を向いた画像や経年変化にも対応して照合することが可能だ。これは、NECの顔認証技術が、画像中から顔がどこにあるかを検出する「顔検出技術」、瞳中心、鼻翼、口端などの顔の特徴点位置がどこにあるかを見つける「特徴点検出技術」、検出された顔が誰であるかを判定する「顔照合技術」という3つのキーテクノロジーによって成り立っているからできる成果なのだという。

一方、東京オリンピック/パラリンピックの入場ゲートに設置する顔認証装置のデザインにも、「おもてなし」の配慮が込められている。

顔認証装置は、1メートル50センチの高さとし、IDカードをタッチする位置は1メートル10センチの高さに設定している。

これは、威圧感がない高さとすることに加えて、パラリンピックでの利用や幅広いボランティアが参加することを想定。車いすに乗ったままでもIDカードのタッチや、顔の撮影がしやすい高さでありながら、2メートルを超えるような長身の選手でも利用しやすいように考慮した結果だ。

顔認証装置に搭載されているカメラは、広角レンズを使用しており、ひとつのカメラだけで、車いすの人でも、身長が高い人でも利用できるようにしている。ここでは、ラグビーチームのNECグリーンロケッツに所属する身長2メートル前後の選手や、車いすの社員などの協力を得て、検証を行ったという。

なお、前方下部を丸みが帯びたデザインとし、くぼみをつけたデザインとしているのは、車いすの人が装置の近くまで寄ることができるようにする狙いがある。さらに、台座部分は、あえて2つの段差をつけているが、これは、2つめの段差の位置で車いすの車輪が止まり、安定した形で、撮影やIDカードのタッチができるようにするための配慮だ。こうした細かい配慮が、日本の企業ならではの「おもてなし」といえる。

  • 台座の部分は2段階の段差があり、これを使って車いすの車輪を止めることができる

また、カメラの位置は、青いLEDでわかりやすいようにし、人がカメラの方向を自然と向くようにしたり、IDカードのタッチ位置も、絵で表示して、迷うことなくそこにタッチするようにデザインしている。これらは、これまでの実証実験や導入実績などをもとに改善を加えたものだ。

そして、ディスプレイの位置も見やすい高さに配置。周りを壁で囲むことでディスプレイへの反射を遮ったり、ほかの人から見られるのが恥ずかしいという人にも配慮している。また、ディスプレイを囲む部分の上部には、認証の結果を表示するLEDを埋め込んでおり、警備をしている監視員が、離れた位置からでも正しく認証されていることを確認できる。これも、「さりげない見守り」のひとつだといえる。

そのほか、装置全体の重量を、当初の製品では40kgだったものを60kgへの増やし、重心を安定。大会会場によっては、底面にアンカーを打てない場合でも装置が倒れにくいようにした。また、炎天下の気温や湿度にも対応できるように設計。台風などによって、床面に水が溜まっても、影響がないように主要な機構は本体の上半分に集中させている。なお、防水仕様とはなっていないが、顔認証装置は、屋外の場合でも、テントなどの下に設置されるため、そこまでの仕様にはしなくていいと判断した。

大会成功で顔認証技術の拡大に弾み

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会では、「大会セキュリティのポイントは、競技エリアの中に関係者以外を入れないこと、危険物を持ち込ませないことにつきる。関係者の入場時に大会史上初めて顔認証を導入し、最新システムの活用によって、人間の目に代わって確実な本人確認を行うとともに、暑さが厳しいなかで、迅速な入場も実現することを目指す。大会の安全・安心とともに、アスリートのパフォーマンスの発揮にも効果があることを期待している」とする。

NECもそれを受け、「東京オリンピック/パラリンピックを、世界一安全な大会にしたい」と意気込む。

  • 顔認証システムは、東京・三田のNEC本社でも導入されている

顔認証システムは、競技場のほか、3つの選手村、オリンピックファミリーホテルでの認証に加え、メディアが利用する国際プレスセンターや国際放送センター、メインプレスセンターでも導入される。数100台規模の顔認証装置が利用されることになり、スーパーコンピュータやPCサーバー、ATMなどを生産するNECプラットフォームズ甲府事業所で、量産が始まろうとしているところだ。

世界最高の顔認識技術を活用した「さりげない見守り」と「おてもなし」によって、東京オリンピック/パラリンピックの成功に貢献すれば、顔認証技術の世界的な広がりにも弾みがつくことになるだろう。