セイコーエプソンは、2020年4月1日付けで、取締役常務執行役員の小川恭範氏が代表取締役社長に就任する人事を発表した。

碓井稔社長は取締役会長に就任。取締役会議長も務める。

同社では今回の社長交代について、「今後、エプソンを取り巻く経営環境の大きな変化が継続的に見込まれるなか、新社長による優れた統率力と新たな視点に基づく、柔軟かつ迅速な経営により、中長期的な企業価値向上を実現する」とした。

  • 取締役常務執行役員の小川恭範氏が代表取締役社長(右)に、碓井稔社長(左)は取締役会長に就任

    取締役常務執行役員の小川恭範氏が代表取締役社長(右)に、碓井稔社長(左)は取締役会長に就任

技術への造詣も深いプロジェクター畑の新社長

小川新社長は、1962年4月11日、愛知県出身。東北大学大学院工学研究科修士課程修了。1988年4月にセイコーエプソンに入社。主にプロジェクター事業に従事。2008年にはVI事業推進部長およびVI企画設計部長を歴任。2017年4月にビジュアルプロダクツ事業部長に就任した。同年6月に執行役員、2018年6月取締役執行役員、同年10月に技術開発本部長に就任。2019年6月に取締役 常務執行役員に就任。ウェアラブル・産業プロダクツ事業セグメント担当に就いていた。

小川次期社長について、碓井社長は、「エプソンの主力事業のひとつであるプロジェクター事業において、長年に渡り、技術開発からトップマネジメントまでを経験。1994年にはエプソン初のビジネスプロジェクターを開発し、プロジェクターを使ってプレゼンテーションを行うという『文化』の創出にも主導的役割を果たした。コア技術への造詣も深く、現在は、技術開発本部長として、エプソン全体の競争力の源泉となる研究開発や、生産技術の開発を担っている。今後、優れた統率力を発揮し、エプソンをさらに飛躍されてくれるものと確信している」と述べた。

  • セイコーエプソンの新社長に就任する小川恭範取締役常務執行役員

2020年1月31日午後4時30分から都内で行われた会見で、小川次期社長は次のように抱負を述べた。

「エプソンは、開発力と技術力に強みがある会社である。省、小、精の技術をDNAとして、ウォッチ(時計)から始まり、インクジェットプリンタ、センシング、ロボティクスなど、どれも技術力が高く評価され、市場で受け入れられてきた。今後は、SDGs(Sustainable Development Goals)に掲げられた持続可能な社会の実現に向けて、省、小、精の技術を徹底的に磨き、これを生かし、イノベーションを起こすことで、様々な社会課題の解決に取り組んでいきたい。どんな世の中にしたいのかという、ありたい姿を明確に描き、その実現に向けたシナリオを作り、スピーディーに実行したい」とした。

また、様々な環境変化に柔軟に対応していくことが必須だと考えているといい、「そのためにも協業やオープンイノベーションにも取り組みたい。エプソンの強みは、独創の技術を具現化するモノづくり力と、それをお客様に届けるグローバルネットワークがある。複雑な構造の部品を、安定した生産に落とし込み、高い品質を実現する製造の力や、全世界の市場やお客様に新技術を浸透させ、商品を送り届ける販売網であり、ここに強い自信を持っている」とした。

「それを実現するのは、グローバルが活躍する何万人ものエプソンの社員である。その社員一人一人が能力を最大限に発揮できるような環境を実現することが重要であると考えている。そのためには、自由闊達で、風通しのいいコミュニケーション環境が必要である。健全に危機感を常に持ちながら、社員一人一人が楽しく、やりがいを持って働き、多くの知恵が結集できる、活気あふれる会社にしたい」(小川次期社長)

そして、「青臭い話と感じるかもしれないが、あえて私はここを強調し、ここに力を入れていく」と言いながら、「これまで社内に向けて、『楽しく仕事をしよう』を呼びかけてきた。それは、すべての社員が、仕事にやりがいを感じてほしい、楽しんでほしいという強い思いが背景にある。どんな仕事であろうと、つらい仕事であろうと、それを楽しむ姿勢や気持ちが大事であると考えている。楽しく仕事をした方が、それぞれのパフォーマンスがあがり、様々なアイデアが浮かびやすく、お互いが素直に協力しあえる状態になりやすい。これは、エプソンの経営理念にある『創造と挑戦』や、総合力を生かすためには大切な条件であると考えている。そのためにエプソンは組織風土を大変重視している。自由闊達で、風通しのいいコミュニケーション環境をつくり、上司、同僚、部下が気軽に話ができる環境をつくることが、社員一人一人が楽しく仕事ができる条件であり、それによって、創造と挑戦ができ、総合力が生まれ、お客様を大切にする気持ちにつながると信じている」とした。

新社長に求めたのは「スピード」

2020年度は、同社の第2期中期経営計画「Epson 25」の2年目になる。

小川次期社長は、「2019年度までにエプソンの進むべき方向は定まり、事業基盤の強固なものになっている。2020年度もエプソンを取り巻く経営環境は厳しいが、新たな視点で、柔軟かつ迅速な経営を行い、あわせて碓井社長が築き上げてきた独創の技術、モノづくり力、グローバル能力を生かし、エプソンの英知を集めたチームワークで、社会にとってなくてはならない企業にすべく努力する。経営環境の変化にも、しっかりと対応した上で、エプソンの強みである省、小、精の技術をさらに磨き、10年後にはSDGsで目指す、持続可能な社会を牽引できる会社でありたい。将来の社会課題はなんであり、それに向けてエプソンはどんな貢献ができるのかということを社員と一緒に考えたい」と述べた。

新社長への就任の打診について、碓井社長は、「2年ほど前から、取締役選考審議会を設置し、本格的に審議をしてきた。今年の年明け早々に社長交代の意向を本人に伝えた。わかるような形でオペレーションをやってもらってきたので、本人も感じていたのではないか。方向感が決まったので、社員一人一人が中心となり、躍動感を持って、スピード感を持って、エプソン全体を動かしてもらうことになる。それを引っ張る適任者である。技術を見る目や、技術の動向を見る目がある。人望があり、一人一人の内面に入り込んで、やる気を出させるマネジメントスタイルである。私とは違うマネジメントスタイルだが、一定の方向感が定まったいまは、こうしたマネジメントスタイルの方が、スピードをあげ、総合力を発揮できると考えた」とした。

これに対して、小川次期社長は、「初めて社長就任の話を聞いたときには、『そうですか。お受けします』と答えた。受け持つ範囲も変わり、できるだけ全社が見えるようなポジションに置いてもらい、そんな考えもあるかなという感じはあった」と答えながら、「私の強みは、社員の力を最大限に引き出し、総合力を発揮して、モノづくりをするところである。向かうべき方向が明確になっているので、そこに向かって、社員の力を発揮してもらう。社会環境の変化に対応する柔軟な思考も大切であると思っている。一方で、役員になって2年半であり、経験が少ないところがある。これが欠点にならないように努力する」と述べた。

  • 取締役会長に就任する碓井稔社長

一方、碓井社長は、これまで11年間の社長在任期間を振り返り、「2008年4月の社長交代の記者会見で、座右の銘である『究めて、極める』を紹介した。これは、物事を納得できるまで徹底的に追求し、それが決まったら、目標を達成できるように、それに向かって徹底して取り組み、必ずやり遂げるということを指す。この言葉を社員に言い続け、独創の技術を生み、磨き、究め、お客様にとって価値のあるものがなにかを、決して見失わず、よりよい社会の実現に貢献できる商品、サービスを提供し、社会にとってもなくてはならない会社を目指した。社長を引き継いだ翌年にはリーマンショックがあり、厳しい状況に陥り、大幅な損失を計上した。翌年3月に発表した長期ビジョン『SE15』では、選択と集中により事業を再定義し、競争力がある事業に経営資源をシフトすることで、安定した利益体質と、新たな成長への道を打ち出すことができた。大幅な赤字となった電子デバイス事業では、中小液晶ディスプレイ事業を売却するなどの構造改革を行い、独創の技術であるマイクロピエゾをコア技術とし、事業領域をエマージングやビジネス、商業/産業領域と置き、インクジェット技術でそこを拡大するという目標を定めた。こうした大きな転換を行うとともに、円安の効果もあり、2013年度以降の大幅な業績改善につなげることができた。さらに、2016年度には、2025年度に向けた新たな長期ビジョン『Epson 25』を策定した。インクジェット、ビジュアル、ウェアラブル、ロボティクスの4つの領域でイノベーションを起こすことを目指した。社長在任期間中、2つの長期ビジョンを示し、会社の目指す方向をより明確にできた」とした。

また、「2019年度は米中貿易摩擦により、世界経済は大きな影響を受けており、当社の業績も厳しいものになっている。しかし、大容量インクタンクモデルや、オフィス共有プリンタなどの強化領域での販売を順調に拡大している。また、将来成長につながる製品やサービスは、着実に投入できている。デジタル化への進展も方向付けができている。協業やオープンイノベーションも促進し、プリントヘッドの外販も実利の見通しがつけられるところまできた。会社が目指す方向は定まってきており、事業基盤も強固にものになってきている。あとは、この計画を着実に、スピーディーに実行するのみである。エプソンの今後のさらなる飛躍を考えたときに、定めた方向に向けて計画を着実に、俊敏に実行し、かつ新たな事業領域を開拓できる製品を持ち、販路を含めた顧客接点を作っていくことが重要である。こうした重責を担うことができる新たなリーダーにバトンタッチするタイミングがいまであると考えた」と説明。今後の活動については、「取締役会の議長として、取締役会の実効性をさらに高め、コーポレートガバナンスを強化し、対外的、公的、社会的な活動を行いながら、ときには小川新社長の相談に乗り、エプソンがなくてはならない会社となるべく、会長としての役割を果たしたい」とした。

さらに碓井社長は、最後に自らの経営の総括として、「私の社長として、こういうことをやりたいという方向感を打ち出し、いまは、"なにをやっていなくてはならないか"ということも定まってきた。たとえば、ビッグタンクのビジネスモデルは、コアの技術や商品、販売スタイルを大きく変えることなく、変革を行ったものである。顧客接点のあり方がコモディティではないものは、サービスを中心に変えていく必要があると考えて実施してきた。そして、プロジェクターも同様で、ビジネス領域に踏み出して、強い顧客接点を作ることに取り組んだ。前半はうまく行ったが、後半は計画通りのスピード感が発揮できなかった反省がある。なんとか数字として見せられるようになったところでバントタッチをしたいと考えたが、少し時間がかかりすぎ、そこまでは行かなかった。だが、私はずっとインクジェット事業に関わってきたので、なんとしてもプレシジョンコアと複写機のビジネスをやるところまではこだわった。これによって、インクジェットで、世界やオフィスが変わるという流れを見せることができたと思っている。プリントヘッドも外販を開始したが、外販先とカニバリゼーションが起こりにくく、仮にカニバリゼーションが起こったとしても、我々のブランドのビジネスがきちっと成長できる枠組みを作ったなかで進めることができている。そうした仕組みを作り上げることはできた」と締めくくった。