(前編から続く)
パナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOは、黒字でありながらも、1万人という大規模な人員削減に乗り出した。この理由について、「10年、20年先を考えたとき、いまのパナソニックではない成長を実現するために必要なこと」だと語り、それを「適正化」という言葉で表現している。そして、2025年度を「経営改革に集中し、構造的課題、本質的課題を解決し、基盤を固める年」と位置づけ、2026年度以降の新体制での再スタートにつなげることになる。パナソニックグループが持つ快適、安心、信頼というイメージを維持しながら、いかに生産性を高め、競争力を高めるかがこれからの鍵だとも語る。これまでの延長線上ではない事業運営が求められるなかで、楠見グループCEOはどんな舵取りを進めるのか。後編では、これまでの事業会社制への取り組みの成果と、2028年に向けて取り組むグループ経営改革への決意について聞いた。
「二度とやるまい」と思ったリストラ、しかし「踏み切らざるを得ない」
2025年度から2年間に渡って実施するパナソニックグループの1万人の人員削減について、楠見グループCEOは次のように語る。
「私自身、プラズマテレビの撤退などの構造改革を、不本意でありながらも経験してきた。二度とやるまいと思った。だが、このタイミングで、これだけの人員削減をやらなくてはならないのは悔しいし、申し訳ない。私は、決して人を減らしたいとは思っていない。忸怩たる思いがあるが、それでも、減らさなくてはならない状況にある」とし、「競争力のある事業の集合体であれば成長できるが、成長ができていない。それは収益構造に課題がある。利益を出して再投資をしていくというサイクルがまわっていない。いまのパナソニックグループとは異なる成長を実現するためには、いま、人員削減に踏み切らざるを得ない」と語る。
これまでの期間、1万人の人員削減について、従業員に正しく理解してもらうために、丁寧に説明することを心掛けたという。とくに、約300人の事業部長、BU長までの経営責任者と、緊密なコミュニケーションを取りながら、危機感を共有し、それに則って、各事業会社にやるべきことを示してもらうことにしたという。
だが、「社内の危機感の醸成はまだこれからである。100人の社員がいたら、そのなかには、なぜ、いまそれをやらなくてはいけないのかと感じている社員もいる」とも語る。
パナソニックグループの年齢別の従業員分布は、若手社員が少ない逆ピラミッド型になっている。
「この体制を、そのまま維持しながら、改革を進めることもできるだろう。だが、それでは、スピードが遅くなり、収益性を高めるまでに時間がかかる。結果として、利益を再投資をするにも時間がかかることになる」
楠見グループCEOは、2025年2月に発表したグループ経営改革において、2025年度からのスタートを想定していた新たな中期計画の策定を見送ることを発表。2025年度を、「経営改革に集中し、構造的課題、本質的課題を解決し、基盤を固める年」に位置づけた。また同時に、2028年度にはROEで10%、調整後営業利益率で10%以上とすることを、新たな経営指標に掲げてみせた。
「事業競争力の発揮を阻む組織構造やコスト構造を、抜本的に再構築する必要がある。個別最適からグループ全体最適へのリソースの集約を進め、グループの経営資源を、お客様の価値創造に集中し、将来にわたってお役立ちを続けられる企業構造へ転換していく」と発言し、この一環として、2025年度中には早期退職者を募集することに2月時点で言及していたのだ。
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2025年度からのスタートを想定していた新たな中期計画の策定を見送り、同年を構造改革の年と位置づけた。そして、その上で新たな経営指標として、2028年度にROEで10%、調整後営業利益率で10%以上とすることを掲げた
それが、5月の発表では、1万人という具体的な規模となって示された。
「2月に、人員適正化を視野に入れていることを予告したのには理由がある。2025年度に、これをしっかりとやり切るには、例年のように5月に計画を発表したのでは遅い。どれぐらいの規模でやるのか、組合への申し入れはどうするか、日本の法律に従った手順で進めていくためにどれぐらいの時間がかかるのか。逆算すれば、2月に方向性を示すことが必要だった。2月に、社内に激震を走らせたかったわけではない」と説明する。
楠見グループCEOは、2025年度に、総報酬の40%を返上することを決めている。
返上する理由を、「2024年度の中期計画の未達と、1万人の人員削減に対する責任」とし、「これまで通りの報酬を受け取りながらやるのではなく、けじめをつけながら、2028年に向けて、パナソニックグループを生まれ変わらせる責任を果たしていく」と決意を語る。
全額を返上すべきというところまで悩んだという。だが、様々な人たちからの意見を聞き、検討をした結果、40%の返上となった。また、楠見グループCEO以外にも、パナソニックホールディングスの執行役員が、報酬の一定額を返上しているという。
「これだけの規模の人員適正化を行わざるを得なかったことが、どこに端を発しているのかというと、中期計画でROEが10%にいかなかったことが大きい」とする。
2024年度までの中期計画の反省、目標未達の要因どう見る?
中期計画では、2024年度までの3年間の累積営業キャッシュフローが2兆円、累積営業利益が1兆5000億円、ROE10%以上を目標に掲げたが、累積営業キャッシュフロー以外は未達となった。
楠見グループCEOは、2021年4月にCEOに就任後、2022年4月から事業会社制を導入。最初の2年間は、事業会社主導で競争力強化を徹底し、3年目以降は、ホールディングス主導で事業ポートフォリオの見直しに着手することで、成長フェーズへとギアチェンジするシナリオを描いていた。
だが、結果として、事業会社制による改革の成果がまだら模様となった。
「私は社長になってから、経営基本方針に則って、一人ひとりが自主的に、自律的に動く会社にしたいという思いがあった。事業会社制で目指したのは、自主経営責任の徹底」と前置きしながらも、「パナソニックグループは、過去30年間は、ルールで縛った経営になっていた。上意下達の組織風土が残り、上が言ったことが目的化してしまう『病気』が、そこかしこでみられていた。指示を受けた通りに作業をすることが仕事だと思っている社員が多く、自分で知恵を出して、創意工夫をしていくというやり方ができていなかった」とする。
楠見グループCEOは、自らが事業部を率いていた事業部長時代を振り返り、「事業部が向き合っている業界やお客様のことは、事業をやっている自分たちが最も理解をしている。それにも関わらず、本社にいろいろと言われるのがうっとうしくて仕方がなかった。そういう意識があったから、事業会社制では、自主責任経営により、自分たちで思い切ってやってもらった方がいいと考えた」としながら、「結果として、うまくいった事業会社と、そうでもない事業会社が生まれた。うまくいったところでは、変わることが常態化し、シナジーを生むところにも踏み出した。そうでないところは、意思決定に時間がかかったり、思い切った打ち手ができずに、スピードが遅くなったりといった課題が浮き彫りになった」とする。
楠見グループCEOは、パナソニックグループの哲学として、「限界利益を率であげて、固定費を額で抑える」ということを叩き込まれてきた自らの体験についても明かす。
生産数量はあがっても、工場の生産性をあげることで人を増やさずに、固定費を最小限に抑えるのが、「松下電器」の事業経営の鉄則であったという。
「叩き込まれていたからこそ、この姿勢は、放っておいても、事業部がやってくれるだろうと思っていた。だが、これができていない。できるものだと油断していた。松下電器の経営の鉄則が実践されていないから、こういう結果を生んだ」とも語る。
だが、持株会社側にも、課題があったとする。
「きちっとモニタリングをして、望まざる方向に行くのであれば、それを修正することは大切だが、その一方で、信賞必罰の徹底や、パフォーマンスに対する評価などの部分が足りなかった。また、経営スタイルがモダナイズしきれず、オペレーションそのものが旧態依然としていた点も大きな課題であり、SCMやITシステムは、先行する会社に比べて10年改革が遅れているのが実態である」と反省する。
また、事業会社制に移行した結果、それぞれの事業会社が自己完結するために、人員を増やしたが、その際に、共通的な業務は事業会社横断で集約したり、プロセスをモダナイズしたりすることで、適正人員を保つことができなかった点も自ら指摘する。
「外資系企業は、ここを厳しくやっている。モダナイズせずに、人手に頼る体制のままやってきたことが反省点である」とする。
今年度が勝負の年、新体制と新たな中期計画の発表へ
楠見グループCEOは、「2025年度は、持続可能な成長を果たすための経営改革に集中する1年になる。グループ経営改革をやり切り、経営基盤を作り変えて、企業価値向上を加速させる」と宣言する。
「パナソニックグループは、快適、安心といった価値を提供する会社である。そして、パナソニックブランドの商品やサービスを採用したら大丈夫という信頼がある。ここに期待されている。ただ、これをいままで延長線上でやっても競争力は高まらない。たとえば、2025年1月のCES 2025の基調講演では、データとAIを徹底して活用することを明確にした。これによって、提供する価値を高めていくことになる」と語る。
パナソニックグループでは、2025年12月には、各事業会社から新たな体制での方針を発表する予定だ。2026年1月からバーチャルでの新体制を始動させ、2026年3月までに国内の構造改革を、ほぼやり終えた上で、2026年4月からは新体制を本格的にスタートする。そして、2026年5月には、新たな中期計画が発表されることになりそうだ。
「痛みを伴う改革は、できるかぎり2025年度にやり切る。そして、収益性を速く高めるために、なにをやるかといったことにフォーカスしていく」
パナソニックグループは、次の成長戦略を実行できるのかどうかといった点で、まさに、正念場を迎えている。
まずは、この1年の痛み伴う改革をやりきることで、2026年度からの中期計画において、スタートダッシュを切れる体制になっているのかどうかが注目されよう。