シャープは、研究開発戦略について説明した。シャープが打ち出した2027年度を最終年度とする中期経営計画では、ブランド事業による成長戦略を掲げており、この達成を支えるベースとなるのが研究開発部門の取り組みになる。

同社では、中期経営計画のなかで、コア技術の深化および将来技術の探索を加速することを打ち出しており、エッジAI、通信、画像解析、エネルギー、Quality of Life、マイクロフォトニクスに加えて、将来技術探索に取り組む考えを示している。

また、開発加速に向けた主な取り組みとして、全社プロジェクトである「I-Pro」を活用した特長技術や新規事業の立ち上げ加速、AI研究開発専門組織の立ち上げ、国内外の大学および研究機関への積極派遣、スタートアップとの連携拡大を推進する。

  • エッジAI、通信、画像解析、エネルギー、Quality of Life、マイクロフォトニクスに加えて、将来技術探索に取り組む考え

    エッジAI、通信、画像解析、エネルギー、Quality of Life、マイクロフォトニクスに加えて、将来技術探索に取り組む考え

シャープ 専務執行役員 CTOの種谷元隆氏は、「中期経営計画では、目の付けどころと特長技術、スピードを掛け合わせて、再成長に向けた戦略をやり抜くことになる。スピードを高めるには多くのパートナーと伴走する必要がある」としたほか、「中期経営計画期間中には、すべての製品にAIを活用し、『働く』と『暮らす』という2つの環境において、より便利で、より自然なAIを提供していく」と述べた

  • シャープ 専務執行役員 CTOの種谷元隆氏

    シャープ 専務執行役員 CTOの種谷元隆氏

最優先は独自開発のエッジAI「CE-LLM」

シャープの研究開発において、最も重要な位置づけを担うのが、独自開発のエッジAI「CE-LLM」である。2023年11月に概念を発表。名称の「CE」が、「Communication Edge」の頭文字であることからもわかるように、シャープがハードウェアを通じて実現している数多くの顧客接点に向けて開発したものである。他社に先駆けて、エッジAI分野に参入してきたという点でも注目を集めているLLMだ。

  • シャープのエッジAIは「機器とユーザーとのインターフェース」に特化

  • CE-LLMは人々がAIを使いこなす為のインターフェース技術

「エッジAIは、デバイスの処理性能の向上や、LLMの小型化によって、さらに進化していくことになる。いまは、テキストチャットでもおぼつかない水準だが、2027年度にはエントリークラスのデバイスを使用していても、マルチモーダルや推論までもができるようになる。すでに開発レベルでは、スマホのカメラで被写体を撮影するだけで、その画像の状況を、10億パラメータのVLMが、会話以上のスピードで説明してくれる。これを、クラウドに接続せず、スマホのなかですべてを処理している」と、LLMの急速な進化を指摘する。

  • スマホでVLMを稼働させ被写体の様子をスムーズに説明できる

その上で、「シャープは、1000万台を超えるシャープブランド製品による接点を生かして、仕事や個人にフィットした使い方を提案できるのが強みになる。そのために、会話品質や応答性、プライバシー保護だけでなく、通信量の抑制といったところにもテクノロジーを活用していく」と述べた。

CE-LLMを活用した製品としては、2025年2月に発表した会議の議事録を自動作成する「eAssistant Minutes」や、2025年5月に発表したホテルスタッフの代わりにゲストの質問に回答する「eAssistant Concierge」、6月に投入するB2C向けの生成AI活用サービス「ヘルシオクックトーク」のほか、今後は「スマートライフAIサービス」を提供する予定であることも明らかにした。

  • ヘルシオクックトーク。献立の相談ができるほか、レシピをスマホからヘルシオに転送することができる

新たな技術として発表したのが「環境プロンプト」である。

CE-LLMが、いまの状況や、過去からの変化などを捉えて、人の質問に対して、的確に回答することができる。

たとえば、「鍵はどこ?」と聞けば、部屋の状況を把握して、テーブルの上に鍵があることを認識し、「テーブルの上に鍵が置いてあります」と回答してくれる。これが、環境プロンプトに対応していない場合には、まわりの環境を把握していないため、「部屋のよく使う場所や、バッグのポケットのなかを見てみましょう」という回答に留まり、目的の回答が得られにくいという結果になる。

  • 環境プロンプトにより、状況を把握した回答ができる

  • デモストレーションでは写真を認識して、鍵がある場所を特定して教えてくれた

「人との対話でも、質問をしたときに、トンチンカンな答えが返ってくることがある。それは、立場や認識の違いによって起こるものである。環境ブロンプトにより、人とAIの認識を一致させ、質問者の背景を理解しながら回答してくれるようになる」とした。

次世代通信とロボティクスにも意欲

一方、次世代通信分野では、6Gや次世代Wi-Fi、V2X技術、衛星通信、IoT向けのB5G SoCに取り組んでいることを紹介。「シャープは、8500件以上の無線通信規格必須特許を世界で保有している。その数は、世界で11位であり、日本ではトップである。6Gの時代においても、関連する基礎技術を持ちながら、国際標準化に向けた貢献を行うとともに、規格必須特許の創出も強化していく」と述べたほか、「無線通信技術は、シャープの大きな力になっている。AIの世界が広がるのにあわせて、さらに強力な武器になる」と位置づけた。

  • 6Gや次世代Wi-Fi、V2X技術、衛星通信、IoT向けのB5G SoCに取り組んでいる

また、画像解析およびロボティクス技術については、シャープがテレビ事業やカメラモビュール事業などで培ってきた高精細画像解析技術を活用し、ロボティクスの視覚機能に応用することを見込んでおり、高精度画像計測、高画質画像伝送、音響解析、画像解析にAIを組み合わせることで、フィジカルAIの世界へと歩みを進めていくことになるという。具体的な事例として、上下水道インフラ点検ソリューションに、特徴点抽出技術を採用。無人ロボットが下水管を検査することができるという。

「国内のロボティクス市場は2030年までの年平均成長率が9%になると見込んでいる。あらゆる産業において、人の仕事をAIが置き換える動きが顕在化するなかで、映像は重要になる。各種映像技術とロボット制御やAI応用技術の組み合わせによって、シャープ流のフィジカルAIの世界が作れると考えている」と述べた。

  • 下水管の特徴点抽出技術により無人ロボットが下水管を検査することができる

さらに今後は、インダストリーDXへの事業展開を視野に入れており、鉄道DXや建築DX、土木DX、インフラDXに加えて、スマートロジスティクスやスマートファクトリーにも踏み出していく考えを示した。

  • インダストリーDXへの事業展開を視野に入れている

ブームは下火? EVはどうなった?

モビリティへの取り組みとして、EVコンセプトである「LDK+」の進捗状況についても触れた。シャープは、2024年9月に開催した「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」において、「LDK+」を展示し、数年後にEV市場に参入することを発表しているが、このほど、鴻海が開発したEV「Model A」をベースに、LDK+を開発することを新たに発表した。また、今年秋にも、Model Aをベースにしたコンセプトカーを披露する予定も明らかにした。

「いまはEVの需要が停滞しているが、長期的には、バッテリーEVが中心になるだろう。また、自動運転が進展するのにあわせて、顧客ニーズにも変化が起きてくる。運転を楽しむだけでなく、クルマという空間のなかでの利便性や快適性、時間の有効活用といった点でも価値観は変化する。こうしたニーズに応えるのがシャープのLDK+になる」とした。

  • LDK+のベースになることが発表された鴻海のModel A

  • 2024年9月に公開したEVコンセプトモデルのLDK+

家の駐車場に止まっているときには、新たな部屋として活用したり、出先では仕事場や休憩の空間を提供したりといったように、止まっている時にフォーカスしたEVであることが、シャープの「LDK+」の特徴となる。

「LDK+のコンセプトを実現する上で、様々な家電の技術を活用していくことになる。CE-LLMによるインターフェース技術もそのひとつである。空気清浄技術や機器連携技術も活用し、空間を自由に使ってもらえるクルマを目指す。また、非常時には生活をサポートすることもできる。高級ラインではなく、手が届きやすい価格帯で実現し、気軽に使ってもらえるクルマにしたい。家電メーカーが作るEVを、世の中に問いかけていきたい」と実用化に意欲をみせた。

  • 「止まっている時」にフォーカスしたというユニークなコンセプト

将来的には、個人のシェアサービスが一般化するのにあわせて、ライドシェアやルームシェアとしての活用も視野に入れているという。

一方で、鴻海との研究開発における協業も進めていることにも触れ、「鴻海が優れている領域のものについては、それを使っていくことになる。また、部材の改善や部品コストの削減といった部分にも鴻海の力を活用する。だが、ユーザーに価値を届ける領域においては、シャープに知見があり、鴻海には知見がない。ここはシャープが中心になって進めていくことになる。研究開発リソースを、シャープにしかできないところに振り分ける」と述べた。

シャープが、中期経営計画において掲げた「目の付けどころ」を推進するためには、シャープならではの特長技術の創出が鍵になる。そこに研究開発部門が果たす役割がある。今回の説明会では、その一端が明らかにされたが、これからもどんな技術が登場するのかに注目しておきたい。