セイコーエプソンは、2025年4月1日付けで、𠮷田潤吉取締役執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長が、代表取締役社長に就任すると発表した。小川恭範社長は、取締役会長に就く。
次の50年への節目、新たな長期ビジョンを新たなトップで
2月21日午後5時から行われた会見で、𠮷田次期社長は、「エプソンが持つ『省・小・精』の独創技術を、これからも磨き続ける。そして、その技術をベースに解決手段を届けることがエプソンの使命である。今年は、エプソンブランドの誕生から50周年の節目にあたる。世界中でエプソンブランドがお客様にご愛顧いただいていることを誇りに思い、歴史をもう一度振り返り、次の50年の発展に向けた準備をする。また、2035年度に向けた長期ビジョンの策定を行い、新たなエプソンの成長ドライバーを築きあげるべく、精進していく」と発言。「私は、クリエイティビティ(創造力)とインテグリティ(真摯)を大切にしている。問題解決には、創造性に富んだアイデアと真摯な姿勢が大切である。私自身がそれを垂範率先していきたい。新たなリーダーシップチームとともに、社員が心をひとつにして共通の目標に向かっていけるようにモチベーションを高める環境づくりをしていきたい」と抱負を述べた。
2025年度は、同社の長期ビジョン「Epson 25 Renewed」の最終年度となり、同時に2035年度を目標とする次期長期ビジョンを策定するタイミングに入る。
小川社長は、「2025年度は、今後のさらなる飛躍を考える次期長期ビジョンを策定する重要な年となる。次期長期ビジョンは、次の世代を担い、実行していく人が中心となり、ビジョンや戦略を構築することが重要である。戦略策定からリーダーシップを発揮し、策定後の実行まで責任を持ってやっていってほしいという思いから、今回の社長交代を決断した」と、このタイミングでの社長交代の理由を説明した。
𠮷田次期社長は、1964年9月、東京都出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、1988年4月にセイコーエプソン入社。2012年4月にプリンター事業戦略推進部長、2019年4月にDX推進本部副本部長兼P事業戦略推進部長を経て、2020年6月に執行役員 DX推進本部副本部長兼P事業戦略推進部長、2020年10月に執行役員DX推進本部副本部長兼プリンティングソリューションズ事業部副事業部長に就任。DXの推進役も担ってきた。
𠮷田次期社長は、「新事業の立ち上げに携わる機会が多かった。デジタルカメラや大容量インクタンクプリンタを担当した。大変な苦労もあったが、学ぶことも多く、助けてもらうことも多かった。こうした経験が、新たなビジネスモデルを立ち上げる礎になった」とし、「新興国市場の開拓にも長い期間取り組んできた。経済成長する国と地域で、その成長率を上回ってビジネスを拡大する重要性も認識してきた。そのためには、顧客の潜在的ニーズを先取りし、エプソンの技術で解決手段を提供することが大切である」とも語る。
2021年4月に執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長、2024年6月には、現任の取締役執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長に就いた。
自らをポジティブな性格であると語る。「海外生活を通じて、変化への適応力を学んだ。好奇心が強く、様々なことを試してみたいと思う性格」と自己分析する。
「恬淡明朗(てんたんめいろう)」や「虚心坦懐(きょしんたんかい)」を座右の銘にあげながら、「先入観を持たずに素直に取り込んで、学んでいく姿勢を、自戒を込めて大切にしている」と語る。
また、𠮷田次期社長は、「プリンティングソリューション事業でのマネジメント経験を踏まえ、今後は、多くの事業分野を含めた全社経営に取り組むことになる。インクジェットイノベーションのエコシステムを拡大するとともに、経営環境の変化に対応した上で、エプソンの強みである『省・小・精』の技術をさらに磨き、『環境ビジョン2050』の達成に向けて、持続可能な社会の実現を牽引する会社になることを目指す」と述べた。
パートナーとの共創、オープンイノベーションを重視
セイコーエプソンの社長としては8代目となるが、歴代社長は技術畑出身であり、技術畑以外からの社長就任は、1985年の同社設立時に初代社長に就いたとなった服部一郎氏以来となる。また、小川社長からは2歳年下だが、同期入社であり、若返り人事とも異なる。その点でも興味深い社長交代といえる。
小川社長は、「エプソンは、技術をベースに、いい製品を作り、販売していくというプロダクトアウトの発想が強い会社である。ここで、戦略、営業、マーケティングを経験してきた𠮷田次期社長にバトンを渡すことで、顧客視点に立った上で戦略を考えていくことができる。これからのエプソンを変えていくのにふさわしい人物である」と述べた。
𠮷田次期社長も、「戦略、新規事業開発、海外事業を中心にキャリアを積み重ねてきた。技術者出身の歴代社長とはその点が異なる」とし、「海外で事業を担当していたときに感じたのは、エプソンブランドの大切さである。私たちが想像している以上に、お客様は、エプソンブランドに対して、信頼を寄せて、商品やサービスを使っている。これまで以上にブランドに対して、愛情と誇りを持ち、お客様の信頼に応えたい。それが持続的な事業成長につながり、企業価値向上につながる」と述べた。
また、「エプソンには、『省・小・精』の技術をDNAとして、マイクロピエゾを筆頭に、独創の技術を具現化する垂直的なモノづくりと、それをお客様に届けるグローバルな自社ネットワークがある。B2C、B2Bといった多様なお客様に価値を届け、お客様につながりつづけるために、様々なパートナーとの共創、オープンイノベーションが不可欠である」と述べ、顧客や市場の視点からの経営を進める姿勢を強調した。
𠮷田次期社長の選出は、過半を社外取締役が占める取締役選考審議会で議論を重ね、複数の候補者のなかから適任であると判断した結果だという。
𠮷田次期社長が、社長就任の打診を受けたのは2025年1月下旬。「責任の重さに身が引き締まる思いであった。これまで築いてきたものを引き継ぎ、しっかりと発展させるという使命に、向き合っていく決意をした」と語る。
小川社長は、𠮷田次期社長について、「米州での新規事業領域の立ち上げ、アジアでの販売網拡大など、海外マーケティング、営業といったキャリアを通じて、事業戦略や製品戦略の推進に携わってきた。直近では、エプソンの主力事業であるプリンティングソリューション事業を、事業本部長として4年間に渡り率いた。そのなかで、大容量インクタンク搭載インクジェットプリンタは、2024年に累計販売台数1億台を突破した。また、米国FieryのM&Aを進めてきた。長年に渡り、お客様の近くにいたこともあり、お客様視点をしっかりと持っている。また、コンセプトを作るのがうまい。長期視点で物事を考えるときに、強みのひとつになる。今後、優れた統率力を発揮し、エプソンをさらに飛躍させてくれると確信している」と期待を寄せた。
一方で、𠮷田次期社長は、「エプソンは、技術に関しては、長年の資産を蓄積している。だが、グローバルに価値をどう届けるかという点で課題がある。これまで以上にお客様とつながることで、価値提供を行い、長い関係を構築できると考えている。プリントのサブスクリプションなどによる新たな提供形態を加えることで、エプソンの技術が、より多くのお客様に届くようになる。お客様に届けるためにデジタルを活用したり、より付加価値を高めた製品を提供したりすることも私の役割だと考えている。エプソンは唯一のインクジェット技術による複合機を提供している企業である。オフィス分野において、レーザープリンタから、インクジェットプリンタに変えることで、環境負荷を下げられること、使い勝手が良いことを伝えたい」と語った。
産業・商業分野でのインクジェット技術の普及、新興国での事業拡大、デジタル捺染分野での事業の推進、PaperLabを筆頭とした環境関連製品の提供を推進していく考えも示した。
𠮷田次期社長は、自らの経営手法として、「これまでの経験のなかで、チームでの共通の目標を達成する大切を学んだ。社員の力をひとつにすること、パートナーとともに一緒にやっていくこと。これを大切にしていく」とする。
「エプソンの強みを事業に落とし込み、実現していくのは、グローバルで7万人を超える社員である。社長として、社員一人ひとりが最大限に能力を発揮できる環境を実現できるようにすることが重要である。エプソンには、創業以来の共通の価値観として、誠実と努力、創造と挑戦という言葉がある。エプソンが、お客様や地球環境を大切にするために、不可欠の存在となる会社を目指してきた。自由闊達で、風通しのいいコミュニケーション環境によって、社員がやりがいを持って働き、多くの知恵が結集でき、価値のある会社にしていきたい。2025年度も、エプソンを取り巻く経営環境は厳しいことが見込まれる。不確実な時代だからこそ、自分たちの強みに集中し、新たな視点で柔軟かつスピードある経営を行い、築いてきた企業風土と、エプソンの英知を集めるチームワークで、さらに組織基盤を強固にしたい」と語った。
小川社長がやり遂げたこと、やり残したこと
一方、小川社長は、これまでの自らの経営を振り返り、「私は、社内に向けて、『楽しく仕事をしよう』と言い続けてきた。すべての社員が仕事にやりがいを感じてもらい、楽しんでほしいという強い思いがあったからだ。楽しく仕事をすると、パフォーマンスがあがり、様々なアイデアが浮かびやすくなり、お互いが素直に協力しあえる状態になりやすい。これはエプソンの経営理念にある創造と挑戦につながり、総合力を発揮するための大切な条件といえる。自由闊達で風通しの良いコミュニケーション環境の構築に尽力し、自ら考え、自ら行動する社員を増やそうと努力してきた」と語った。
また、2020年4月に社長に就任した時には、新型コロナウイルスが猛威を振るい始め、世界が前例のない危機に直面。「最初の月は、インドでの売上高がゼロになり、工場の稼働停止も相次ぎ、ワールドワイドで赤字という厳しいスタートであった。だが、様々な面で仕事のやり方を変えることができると考えた。海外工場での新製品立ち上げは、日本から遠隔でオペレーションを行うなど、様々な工夫を凝らすようになった、結果として現地の技術力が向上し、社員や関係者が協力しあい、困難を乗り越える姿を心強く感じた」と振り返る。
2021年3月には、長期ビジョン「Epson 25」を改定し、新たに「Epson 25 Renewed 」を打ち出した。ここでは、ありたい姿を「持続可能でこころ豊かな社会を実現する」とする一方、創業時から培ってきた『省・小・精』の技術をベースに、事業領域での目指す姿を再定義して、戦略を進化。同時に、「環境」、「DX」、「共創」を柱としたイノベーションの推進に取り組んだ。さらに、「環境ビジョン2050」を改定して、2050年に、カーボンマイナスと、地下資源消費ゼロを目指すという野心的な数値目標も掲げた。
2022年9月には、パーパスとして、「『省・小・精』から生み出す価値で人と地球を豊かに彩る」を制定。無駄をそぎ落とし、小さくし、精緻にすることで、環境負荷を減らし、地球環境をより豊かにできるという新たな考え方を打ち出した。
「社長に就任してから、社内の風土改革を進めてきた。強い技術でよい製品を作る姿勢は重要だが、お客様がなにを求めているのかという、お客様視点が足りないという反省がある。ここは変えていかなくてはならない。やり残した部分でもある」と語る。
小川社長は、会長就任後の活動について、「取締役会長および取締役会議議長として、取締役会の実効性をさらに高める。エプソンのコーポレートガバナンスを強化し、対外的、公的、社会的活動を行いながら、𠮷田社長の相談に乗り、エプソンが人と地球を豊かに彩る会社になるべく役割を果たす」と語った。
技術畑以外からの社長出身によって、技術で成長してきたエプソンはどう変化するのか。その新体制は、新たな長期ビジョンの策定にも影響するのは明らかだ。セイコーエプソンにとって、新たな挑戦に踏み出すことを強く感じる社長人事といえる。