シャープが9月17日、18日に開催した同社技術展示イベント「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」の開催初日午前11時から、同社・沖津雅浩社長兼CEOなどによる基調講演が行われた。

招待者だけを対象に実施したもので、「SHARPのNext Innovation」と題し、シャープの沖津社長兼CEOが事業戦略について説明。また、「SHARPの“AI戦略”」をテーマに、シャープ 専務執行役員 CTOの種谷元隆氏が、エッジAIであるCE-LLMを中心としたAI戦略について説明するとともに、新たに発表したウェアラブルデバイス「AIスマートリンク」についても時間を割いて説明した。

シャープの沖津社長兼CEOは、「シャープのNext Innovationは、近い将来の私たちの暮らしやビジネスを、より快適なものに進化させることになる。また、今後、大きな市場成長が期待される新産業における事業機会の獲得に積極的に挑戦する。技術力強化による付加価値向上と、事業領域の拡大の2つの切り口から、Next Innovationの探索を加速し、協業や共創を視野に入れながら、Next Innovationに取り組むことになる」と方針を示した。

  • シャープが生成AIで目指す「Act Natural」の世界観 - Tech-Day’24の社長講演から

    シャープ 代表取締役社長兼CEOの沖津雅浩氏

シャープは、2024年5月に発表した中期経営方針において、ブランド事業を中心とした企業への変革を推進しており、高付加価値シフトを推進する白物家電や、カーボニュートラルによるエネルギーマネジメントを中心とした「Smart Life & Energy」、複合機やPC事業での顧客基盤の拡大、ソリューション提案の拡大を目指す「Smart Office」、テレビやスマホを主力商品に、映像や通信技術を強みとした事業を展開する「Universal Network」の3つの事業に注力する考えを打ち出している。

  • ブランド事業を中心とした企業への変革を推進している

基調講演では、多様な顧客接点を持つシャープの強みを生かして、AIによる顧客や社会に寄り添う新たな商品の創出に取り組む考えを示したほか、次世代通信の分野では、衛星通信やV2Xに進出し、事業化を目指す計画だ。また、シャープは、人々の生活空間を主な事業領域とし、ホームやワークプレイスを中心に事業を展開してきたが、今後はモビリティも生活空間のひとつに捉え、シャープらしい新たな価値創出に挑戦する姿勢を打ち出した。さらに、鴻海とも密に連携して、そのリソースを活用。これにより、Next Innovationへの取り組みスピードを一段と向上させるという。

  • AIと次世代通信、EVの領域を中心にNext Innovationを探索

「白物家電では、AIを活用した新たな価値提案を進める。また、エッジAIの活用、物流やロボティクス分野での事業展開にも力を注ぎ、IT分野に強みを持つ企業のM&Aも積極的に取り組む。さらに、XRや車載、衛星通信、AI関連端末も強化していく」と述べる一方、「各国において一定のブランド力を有している強みを生かし、商品力のさらなる強化を図るとともに、効率的な事業運営により、収益性の改善に取り組む。保有する様々な技術を活用し、新たなビジネスの創出に挑戦する」と語った。

続いて登壇したシャープの種谷CTOは、「シャープは、ブランド事業を強化するなかで、『人と地球に優しい企業』を目指すビジョンの実現に向けて、必要となる技術はしっかりと持つ」とし、エッジAIであるCE-LLMや次世代通信技術、グリーンエナジー技術、ESG貢献に向けた技術に対して、継続的な開発投資を行う考えを示した。

  • シャープ 専務執行役員 CTOの種谷元隆氏

そのなかで、いくつかの取り組み事例を紹介した。

今回の「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」で初公開したEVコンセプトモデルである「LDK+」については、「走ることは重要だが、止まっているときや、家に駐車しているときにも価値を生み出すという部分に、家電メーカーとして培ってきた価値を提案できる」と述べ、リビングルームの拡張空間としての利用を推進。EVと住空間、人、エネルギーをつなぐ新たなEVの提案を進める考えを示した。なお、LDK+には、鴻海(Foxconn)グループのEVプラットフォームを活用している。

  • EVコンセプトモデル「LDK+」を初公開。FoxconnのEVプラットフォームを活用している

「AIoT3.0」と呼ぶ新たな提案も行った。AIoT2.0までの取り組みでは、家電のネットワーク接続により、レシピをダウンロードしたり、機能を追加したりといった活用のほか、機器間連携により、サービス範囲を向上したりといった提案に過ぎなかったが、AIoT3.0は、この基盤を生かして社会課題の解決にも踏み出すことができるという。

「900万台のAIoT家電が接続することで、社会基盤に匹敵する家電ネットワークが構築できている。これを活用して、社会課題の解決にも生かせる段階にやってきた。それがAIoT3.0になる」と述べ、「AIoTの世界をさらに広げてきたい」とした。

  • 「AIoT3.0」と呼ぶ新たな提案

  • シャープ「AIoT」の変遷

また、同社では、Eeeコネクトを提案。家電や電気機器をトータルで制御することで省エネ化を図るという。将来的には、バーチャルパワープラント(VPP)に対応したもの進化するとの構想も明らかにした。

  • 家電や電気機器をトータルで制御することで省エネ化を図る「Eeeコネクト」

さらに、ESG関連技術では、静音性に優れたスティッククリーナーやドライヤーなどによる静かな家庭環境の提案のほか、再生プラスチックの利用、ネイチャーテクノロジーの活用に加えて、今年のイベントでは、フードロスの削減にも着目。エリア別選択加熱、真空減圧高品位乾燥、急速冷凍の3つの技術を活用することで、フードロスの課題に対応できるとした。

そのほか、Smart Officeについては、生成AIを活用した提案が今後の鍵になると位置づける一方、Universal Networkでは、無線通信に重点をおいた技術開発を進めることを強調した。

  • AI時代を見据え、次世代通信技術の開発に大きな力点を置いている

種谷CTOは、「シャープは、エッジAIであるCE-LLMを、すべての領域に展開することになる。Smart Life & Energy やSmart Office、Universal Network、そして、EVソリューションに至るまで、価値を提供するためのベースになる」とし、「ここで提供する価値は、Act Naturalになる。生成AIによって、行動をもっと自由に、自然にできる」と語った。

Act Naturalでは、生成AIによって、家電の操作ボタンを最小限にしたり、タッチを不要にしたり、ハンズフリーにしたりといった環境を目指す。

「汚れた服を洗濯する際に、ワイシャツと子供の体操服では汚れ方が違い、最適な洗濯方法を選ぶには、ユーザーが洗い方を考えたり、マニュアルを読んだりしなくてはならない。Act Naturalが目指す世界では、AIに聞くだけで最適なプログラムをダウンロードし、AIが設定し、ユーザーは『洗濯をはじめて』と言えばそれで済む。Act Naturalを実現する商品群を創出し、ナチュラルなアクションで済む世界を取り戻す」と宣言した。

  • 「Act Natural」のコンセプト

  • 「Act Natural」を実現する商品群の創出を行っている

「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」では、ウェアラブルデバイス「AIスマートリンク」を発表。「Act Naturalを実現するデバイスのひとつ」と位置づけた。基調講演では、AIスマートリンクの共同開発を行った京都芸術大学の小笠原治教授とともに説明を行った。

  • シャープが発表したAIスマートリンク

AIスマートリンクは、約100gの軽量首掛けタイプのウェアラブルデバイスで、首にかけるだけで、音声による生成AIとの自然なコミュニケーションを実現。ユーザーの音声での問いかけに対して、内蔵したマイクとカメラを通じて、周囲環境を把握しながら、音声で応答することができる。

  • シャープ種谷氏が、実際にAIスマートリンクを首にかけているところ

自転車で走行中には、AIが音声で目的地までをナビゲート。画面を見る必要がないため、「ながらスマホ」の抑制につながる。また、調理時のガイダンスや、音声によるAIoT対応家電の操作などにも利用でき、調理中に手が汚れていても音声で、レシピを確認したり、機器を操作したりといったことが可能だ。

  • AIスマートリンクの利用シーン

また、基調講演でのデモストレーションでは、海外旅行中に現地の言葉で書かれたポスターを見つけた際に、「これ、なんて書いてある」と聞くと、画像をもとに「これ」という言葉だけでポスターであることを認識し、日本語に翻訳して読んでくれる様子を紹介。ポスターがイベントの告知だった場合、AIスマートリンクと会話しながら、自分のスケジュールを確認し、訪問できる日に予定を入れてくれる様子を紹介した。

  • ポスターの内容を判断して、スケジュールに追加してくれる

また、会議室のホワイトボードに表示された案を読み取り、AIが学習。「別の案を出してくれる」というと、AIが新たな案を提示する様子もデモストレーションしてみせた。

  • ホワイトボードの内容を判断。「別の案を出してくれる」というと、AIが新たな案を提示する

種谷CTOは、「エッジAIであるCE-LLMによって、利用者の問いかけに対し、高速な応答が可能で、即時に判断して、処理できる。スムーズで、自然なやりとりを実現し、しかも、ハンズフリーで長時間の利用が可能だ。マルチモーダルのなかでAIを活用し、生活をサポートするデバイスとなり、B2CやB2B2Cでの活用も想定している」という。

また、シャープ 研究開発本部長の伊藤典男氏は、「モノを使うときに指示をするというのは自然ではない。日常的な会話のように、『これ』とか、『あれ』といった会話でも目的のものを理解して返答する。特別な手順がなく、様々なものが操作できるようになる」と、AIスマートリンクの特徴を示した。

  • シャープ 研究開発本部長の伊藤典男氏

京都芸術大学の小笠原治教授は、「AIスマートリンクによって、AIを着ることができる。エッジAIではプライバシーが担保される環境のなかで、学生が利用しはじめている。手書きのメモが学習できたり、ボタンが無くなって操作しやすくなったりというメリットがある。また、段取りの役割をAIがこなしてくれるという点でも期待している」と述べた。

  • 京都芸術大学の小笠原治教授

AIスマートリンクは、2024年9月から、京都芸術大学において、教育現場における実証実験を開始するほか、Fairy DevicesおよびNECと、AIスマートリンクをはじめとした次世代ハンズフリー型AIデバイスの共同開発に向けた協議も開始する予定だ。AIスマートリンクは、2025年度の商品化を目指している。

  • AIスマートリンクの展開スケジュール