シャープは、同社が推進する研究開発方針について説明した。

シャープ 専務執行役員 CTO兼ネクストイノベーショングループ長の種谷元隆氏は、「シャープは、100年を超える歴史のなかで、独自の技術によって、新たな価値を提案し、共鳴してもらうことで成長をしてきた。今後も、シャープの独自技術は、ユーザーにメリットを与え、喜んでもらえるものにしていく」と前置きしながら、「技術力強化による付加価値向上」、「ホームおよびワークプレイスからモビリティへの事業領域の拡大」の2点を重点項目として取り組む方針を打ち出した。また、「シャープは、AIや次世代通信、EVの領域を中心に、鴻海グループのリソースも有効活用し、Next Innovationを探索する」との考えを示し、鴻海グループが持つ技術やアセット、人的リソースも積極的に活用し、ブランド事業としての製品アウトプットを加速する姿勢も強調した。

  • シャープ研究開発から見えた新成長モデル、生成AIとEV、鴻海も活用し再起図る

    シャープ 専務執行役員 CTO兼ネクストイノベーショングループ長 種谷元隆氏

  • AIや次世代通信、EVの領域を中心に、鴻海グループのリソースも有効活用し、Next Innovationを探索

シャープは、2024年度からスタートしている中期経営方針において、「ブランド事業に集中した事業構造を早期に確立し、将来の飛躍的成長を目指す」との基本姿勢を打ち出し、「デバイス事業のアセットライト化」、「本社機能の強化」とともに、「新たな成長モデルの確立」を掲げ、このなかで、Next Innovationによる技術への取り組みと、既存のブランド事業への取り組みを両輪として、新たな成長に挑む考えを示している。

既存ブランド事業に対しては積極的な投資により、売上げ、利益成長を実現するとともに、成長領域へとシフト。Next Innovationでは、生成AIと次世代通信、EV領域を中心に事業機会を探索することになる。

Next Innovationの重点項目のひとつである「技術力強化による付加価値向上」では、AI領域において、家庭およびオフィス向けソリューションの高度化や最適化、生成AI利用環境の構築ニーズの拡大、AIエージェントの普及に取り組む一方、次世代通信では、衛星通信の普及、V2X技術の確立に努める。

さらに、「人と地球にやさしい」取り組みにも着手。グリーンイノベーションに関わる技術を開発し、そこにAIを組みわせた提案もNext Innovationのひとつだとする。

また、「事業領域の拡大」では、EVエコシステムへの取り組みを打ち出し、自動運転の拡大や普及に伴う新たな生活ニーズの高まり、電力マネジメント技術の重要性の高まりに対応していくという。

AI+IoT=AIoT、社会実装の現在地

AIに関しては、2つの観点から説明した。

ひとつは、AIoTである。AIoTは、AIとIoTを組み合わせたシャープの造語で、様々な家電をクラウドのプラットフォームにつなぎ(IoT)、人工知能(AI)化することで、人に寄り添う、優しい存在へと進化させることを目指している。

2015年にスタートした際には、シャープのテレビや白物家電をAIoT化することで、家電の機能やサービスの拡張を実現。キッチン家電では、レシピのダウンロードサービスを提供するといった実績がある。これを「AIoT1.0」とすれば、サービスをさらに進化させ、複数機器との連携や住設機器との連携、他社サービスとの連携によって、新たな価値の提供を開始したのが「AIoT2.0」だといえる。

そして、2024年度から、シャープが進めているのが「AIoT3.0」である。連携する機器のさらなる拡大により、2024年9月1日時点で991機種がAIoTに対応。対応製品の累計出荷台数は国内で900万台を超えているという。加えて、「AIoT3.0」では、社会課題の解決のための基盤としても活用できるように進化させるという。

  • 2015年にスタートしたAIoT家電、進化の変遷

社会課題解決への応用では、すでにPoCを開始している事例がある。たとえば、自信や台風、水害といった自然災害などの発生により、停電したり、集落が孤立したりといったことが発生するケースが国内でも増えているが、AIoT家電の接続データをもとに、電気が停止したエリアなどを瞬時に把握。自治体や関連団体と連携することで、迅速な救助活動や支援活動につなげることができるといったケースが想定される。

AIoT3.0を支えるのが、シャープ独自の生成AIコア技術「CE-LLM」である。

CE-LLMは、「Communication Edge-LLM」の意味を持ち、ユーザーからの問いかけに対し、Chat GPTなどのクラウドAI、あるいはローカルLLMなどのエッジAIのどちらで処理するのかが最適であるかを即時に判断。スムーズで自然な会話のやりとりを実現することができる。また、データをCE-LLMによってエッジで処理したあとに、クラウドにデータをあげて、ネットワークへの負荷を削減したり、データセンターでの処理を最小化したりといった使い方も可能になる。

シャープ 研究開発本部長の伊藤典男氏は、「個人に依存するようなプライバシーを守りたい情報はエッジで処理し、データ量が多いものは一部を切り出してクラウドAIにあげて処理することもできる。また、AIと会話している際に、返答までに時間がかかることがある。利用者はちゃんとした答えが返ってくるのかが不安になるが、AIが相槌を打ったり、いま答えを考えているといった内容を表示すれば、利用者は不安にならない。それもクラウドAIに、エッジAIを組みあわせることによって実現できる機能のひとつだ。シャープならではのAIの価値を実現できる」とした。

また、種谷CTOは、「CE-LLMは、人に寄り添うAIを実現するための要素技術になる。クラウドAIに、エッジAIを組み合わせることで、AIの価値全体を引き上げることができる。AIoTで構築してきた白物家電を通じた家庭でのサービス利用に留まらず、オフィスやモバイル、EVにも、CE-LLMを展開していくことができる。エッジAIだからこそできる製品やサービスは少なくない」と強調した。

その上で、これらの技術によって実現したい世界を、「Act Natural」と定義する。

「Act Naturalは、AIを利用することで、生活そのものが、より自然になることを目指す。日々の生活のなかで、AIの利便性を享受できる世界を作っていく」と語る。

  • シャープが生成AIで目指す世界

  • Act Naturalのコンセプト

家電機器には数多くのボタンがあり、利用手順が複雑だったり、料理中に汚れた手でタッチ操作をしなくてはならなかったりといったことが発生している。生成AIを利用することで、こうした余計な操作を排除し、リモコンを手に持つことさえ、無くすことができるようにしたいという。

「洗濯する際に、服がどんな汚れなのか、どれぐらい汚れていて、きれいにするにはどの程度の時間が最適なのかを判断するのは、人手では難しい。また、そのために数あるボタンを何度も押して操作するのも煩雑である。残念ながら、いまは、そうした世界になっている。AIが汚れを判断し、最適な汚れの落とし方をもとにして、洗濯メニューを自動で判断し、スタートボタンだけを押せばいいという世界にしたい。人と機械の間に、エッジAIが入ることで、より自然に、余計な操作せずに洗濯ができるようになる。これが、シャープが目指すAct Naturalの世界観である」と語った。

さらに、テレビをAIの世界の入口に位置づけるほか、白物家電との連携、AIスマホやサウンドパートナー、XRグラスを通じた提案も、Act Naturalの実現につながるとしている。

  • シャープのAIはユーザー接点に近い領域を中心に進められる

  • Act Naturalの実現につながる製品を創出していく

シャープでは、近未来の世界観の実現において、ベースとなる技術が「CE-LLM」とし、家庭におけるフィールドは「AIoT3.0」によって実現。ユーザー価値の領域を占めるのが「Act Natural」と位置づけている。

「シャープは、B2CおよびB2Bにおける広い顧客接点を活用しながら、CE-LLMに注力し、より自然な生活ができるようにしていく。家電の使いにくさを解消し、新たな価値の創造を進めていくことになる」と語った。

  • 「CE-LLM」は、「人に寄り添うAI」を実現するための要素技術と位置付ける

EVと生成AIを推し進めるイノベーション施策

現在、シャープでは、新たに「イノベーションアクセラレートプロジェクト(通称・I-Pro)」を推進している。これもNext Innovationの取り組みとして見逃せないものだ。

シャープでは、1977年から、緊急性を要する重点製品の開発において、社内から横断的にスタッフを集め、優先的に開発を行う「緊急プロジェクト(通称・緊プロ)」に取り組んできた経緯があり、過去に多くの成果を収めてきた。

緊プロの第1号製品は、フロントローディング方式のビデオレコーダー「マイビデオ V1」であり、「ビデオレコーダーは、テレビの下に置く」という世界的な常識を定着させた製品を生み出した。その後、300以上のプロジェクトが推進されてきた。

I-Proは、緊プロを進化させた新たなプロジェクトと位置づけており、2024年5月からスタートしたところだ。

「I-Proは、シャープが新たなイノベーションを起こすための取り組みになる。CEO主管の全社プロジェクトであり、各ビジネスグループから開発に適した人材を集めて、総力を結集。開発スピードを2倍に高めることを合言葉に、新規事業の早期創出を目指している」という。

  • 今年5月から、「イノベーションアクセラレートプロジェクト(通称・I-Pro)」を始動

現在、2つのプロジェクトが稼働。I-001プロジェクトチームはEVエコシステム、I-002プロジェクトチームは生成AIをテーマに活動している。

シャープでは、2024年9月17日、18日の2日間、東京・有楽町の東京国際フォーラムで技術展示イベント「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」を開催する。50以上の独自ソリューションや革新技術を展示する予定だ。

  • 「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」で展示予定のEVコンセプトモデル「LDK+」

シャープの種谷CTOは、「Next Innovationを実現する技術やソリューションを一堂に展示し、シャープらしさを感じてもらえる」と自信をみせる。

そして、同イベントで展示される技術やソリューションの半分以上に、CE-LLMをはじめとしたAIを採用しているという。これは、言い換えれば、今回打ち出した「AIoT3.0」や「Act Natural」を、初めて披露する場になるともいえる。

シャープの研究開発部門が目指している「Next Innovation」の世界が、一気に公開されることになる。シャープの研究開発戦略の「現在地」を確認できる場になる。