日本IBMは、人的資本経営に関する調査結果について公表。また、生成AIが労働にもたらす「拡張労働力」の影響に関する調査レポートを公開した。

人的資本経営に関する調査は、IBMのシンクタンクであるIBM Institute for Business Value(IBV)が日本市場を対象に実施。東証プライム上場240社、東証スタンダード上場69社の日本企業を対象としたオンラインアンケートし、国内の機関投資家へのインタビューなどによってまとめた。

  • 生成AIが労働にもたらす「拡張労働力」とは? 日本IBMが調査レポート

    持続的な企業価値向上の推進力として、無形資産の重要性が増しており、人的資本はその中核要素と位置づけられているが……

日本IBM IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーションアソシエイト・パートナーの金子浩明氏は、「持続的な企業価値向上の推進力として、無形資産の重要性が増しており、人的資本はその中核要素と位置づけられている。だが、今回の調査の結果、開示内容の課題、可視化プロセスの課題、人的資本投資の課題が浮き彫りになった」と指摘した。

  • 日本IBM IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーションアソシエイト・パートナーの金子浩明氏

人的資本の競争力、国内企業の現在地は?

内閣府では、2023年3月期の有価証券報告書から、企業が有する人的資本に関する情報を社外に公開する人的資本開示を義務化している。

開示内容の課題では、内閣府が義務化している7分野19項目について、人的資本の競争力を正しく表していると評価する回答は64%に達したが、内閣府が示している経営戦略と人材戦略を企業価値を向上させるための「ストーリー」として展開することに困難さを感じている企業が39%となり、「ストーリー構築に困難さを感じる企業の方が、そう感じない企業よりも多いことがわかった」という。また、労働力の確保、正しい情報の収集、経営戦略に基づく人事戦略立案力、データ分析力が、情報開示を困難にする理由にあげている企業が多いこともわかった。

  • 経営戦略と人材戦略を企業価値を向上させるための「ストーリー」として展開することに困難さを感じている企業が多い

開示内容が、競争力を適切に表している理由としては、開示情報の企業間の比較可能性を担保していることをあげた企業が半数以上に達し、開示内容が独自性を示しているという回答は、競争力を表していると回答した7割の企業でも、2割程度しかなく、「独自性を表すには不十分であることが課題となっている。これはストーリー構築の難しさと関連していると考えられる」とした。

  • 独自性を表すには不十分であることが課題で、これはストーリー構築の難しさと関連していると考えられるという

可視化プロセスの課題では、「統合的なストーリーを構築することに困難を感じている企業ほど、量および質の両面で、社内の人材不足を感じている。とくに、経営戦略に基づく人材戦略を描くことができる人材不足により、結果としてストーリー構築が困難になっていることが浮き彫りになった」と指摘。ストーリー構築が困難な原因として、「人材データと企業価値向上のつながり」、「経営戦略と人事戦略のつながり」、「人材データに関する部門間のつながり」の3つのつながりの弱さがあるとし、「ストーリー構築を意識せずにデータ基盤を整備してしまったという準備不足や、中期で立案する経営戦略と、長期雇用を前提とした人事戦略に時間軸の差があり、2つの戦略の整合性の説明が難しいこと、部門間でツールやルールの違いがあり、データが統合できないという課題などがある。これらを解決することで、ストーリー構築がスムーズに進むと考えられる」と語った。

  • 「人材データと企業価値向上のつながり」、「経営戦略と人事戦略のつながり」、「人材データに関する部門間のつながり」の3つのつながりの弱さが、ストーリー構築を困難にしている

3つめの人的資本投資の課題では、力を入れている項目として、コンプライアンス/倫理強化と、ダイバーシティの推進が上位にあることを紹介。「ダイバーシティは、企業価値向上とともに、人権的リスクマネジメントの側面もある。力を入れている項目として上位に入っているものの、困難なことでも上位に入っており、これはダイバーシティにだけ見られる特殊な状況ともいえる」と分析した。また、「ダイバーシティは売上、利益に貢献する項目でも、貢献しない項目でも上位に入っている。これは、企業によって、ダイバーシティに対する姿勢が異なることが背景にある。ダイバーシティは、業績向上に貢献すると積極的に捉える企業と、制度や慣習を壊すためコストになると見ている企業とにはっきりわかれている」と述べ、「日本IBMでは価値貢献の観点からダイバーシティを提案していくことになる」と語った。

  • 力を入れている項目として、コンプライアンス/倫理強化と、ダイバーシティの推進が上位に

また、育成の強化やスキル/経験の強化、リーダーシップの強化、エンゲージメントの向上、採用の強化といった企業価値向上に関する項目に力を入れていることが浮き彫りになったが、その一方で、サクセッション(後継者育成)の強化をあげる企業は23.9%に留まり、困難であるとの回答も22.7%と多かった。「日本の企業の課題は、サクセッションの強化である」と位置づけた。

さらに、人的資本に投資する理由としては、「従業員の幸福度を高めたい」との回答が29.4%と比較的高いことをあげ、「機関投資家やステークホルダーの評価を高めたいという回答を上回っている。回答した企業は、自社にあった優れた仲間を獲得したいと考えており、従業員主権的な考え方が強い。株主主権的な目線と、従業員主権的な目線は相反するものではないが、ときに利害がぶつかることがある。日本の企業は、企業価値向上という観点から、人的資本投資を強く意識すべきである」と提言した。

  • 株主主権的な目線と、従業員主権的な目線が拮抗している

自動化とAIが導く「拡張労働力」の世界

一方、生成AIが労働にもたらす影響に関する調査レポートとして、「自動化とAIが導く『拡張労働力』の世界」を公開した。

同レポートは複数の調査をまとめたものとなっている。ひとつは、IBVとオックスフォード・エコノミクスが、2022年12月から2023年1月にかけて、世界28カ国、20業界の3,000人の経営者を対象に実施したもので、日本の企業からは180人が回答している。2つめは、IBVとサーベイモンキーが、2022年12月から2023年1月にかけて、日本企業の従業員1,046人を含む、22カ国の従業員2万1,000人以上を対象に実施した調査だ。そして、3つめは、IBVとオックスフォード・エコノミクスが、2023年5月に、22業界の経営層300人を対象に、生成AIが労働にもたらす影響について調査したものとなっている。

なお、レポートで使用されている「拡張労働力」とは、従業員個人がテクノロジーを使って、能力を拡張し、組織全体の人的資本力を高めることを指しているという。

レポートでは、AI革命が転換点を迎えており、経営層は、AIと自動化の導入に伴い、従業員のリスキリングが必要になると見込んでいること、仕事を戦略的に組み立てることが成功の秘訣であり、オペレーティングモデルの進化に注力している組織は、収益成長率が他社を上回っていること、従業員が重視しているのは、仕事が有意義であるかどうかという点であり、自律性や公平性、柔軟な労働形態、成長機会といった項目よりも上位に入っていることなどがわかったという。

  • AIの登場で「拡張労働力」の時代が到来したとする

日本IBM IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーションアソシエイト・パートナーの加藤翔一氏は、「オペレーティングモデルを支えているのは人であり、人を中心に効率性を高める必要がある。そのためには、新たなテクノロジーを取り入れ、能力を拡張することが大切である。そうした方向を目指す潮流が、調査から感じることができる」と分析した。

  • 日本IBM IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーションアソシエイト・パートナーの加藤翔一氏

また、成果をあげている企業は、製品重視の働き方を導入したり、データに基づくインサイトを利用したり、エコシステム内でコラボレーションを可能にするといった取り組みを通じて、業務の拡張を後押ししていることも指摘した。

さらに、経営層が従業員に求める重要なスキルについては、「時間管理および優先順位づけ」が最も多く、42%を占めた。その一方で、2016年の調査ではトップだった「STEMのスキル」は2018年には6位に下がり、今回の調査では12位にまで下がった。

「AIが企業のなかに入り込んできた時代においては、STEMに対するスキルは順位を落とし、AIをはじめととした民主化された新たなテクノロジーを活用するためには、専門知識よりも、どのテクノロジーを選び、どう優先順位をつけるのかが求められている」と分析した。

  • 今後は、専門知識よりも、どのテクノロジーを選び、どう優先順位をつけるのかが求められていると分析

日本IBM IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーションパートナーの陣門亮浩氏は、「今回の調査結果から、ダイバーシティにおいては、力を入れている企業が多いが、先進企業ほど難しさを感じているのが実態である。また、後継者管理に力を注いでいる企業が少ないという課題があり、データに基づき、多様な層から人材を登用していく必要もある」としたほか、「人的資本経営の観点からも、AIと人のパートナーシップが重要であり、人材の高度化も支援できる。調査では、従業員の40%のリスキリングが必要であるという結果も出ており、学びのためプラットフォーム整備も必要である。さらに、無駄のないプロセス構築をホワイトカラー領域にも広げていく必要もあるだろう。コラボレーションなどの人ならではのスキルが今後は重要になり、その手段としてデータやテクノロジーを活用していくことが大切である。これによって、従業員能力の拡張や組織能力の拡張が実現する」と総括した。

  • 日本IBM IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーションパートナーの陣門亮浩氏

日本IBMでは、2023年4月に、人的資本経営コンサルティング包括サービスを発表。IBMが提唱する人的資本経営の基本姿勢として、「AIファーストで組織全体の能力を拡張する」ことを掲げ、企業価値向上に資するダイバーシティ、AIファースト、組織能力の拡張の3点から取り組んでいくという。

日本IBMの加藤氏は、「IBMは、人的資本への投資を、企業価値向上につなげていくための支援を行っていく。日本の企業に対しては、後継者管理を含めたダイバーシティの推進と、AIの徹底した活用、テクノロジー投資による組織変革、オペレーションモデルの見直しを通じた組織能力の拡張を支援する。人的資本経営コンサルティング包括サービスは、今回の調査やレポートを通じて得た内容をもとに進化させ、企業の価値向上、持続的成長をサポートしていくことになる」と述べた。

  • 自動化とAIで、人間とテクノロジーの価値はこれまで以上に高まる

  • IBMが提唱する人的資本経営では、ダイバーシティ、AIファースト、組織能力の拡張の3点を掲げる

また、IBMの人事部門における人的資本経営への取り組みやAIの活用についても説明。「IBMは、人間中心の姿勢が基本であり、そこにAIや自動化を実現する機械とのパートナーシップを通じて、人の能力を拡張し、生産性を高めていくことになる」とし、AIを活用することで昇進候補者の指名プロセスにかかる時間を、年間で5万時間削減しているほか、従業員接点にもAIや自動化を活用することで、グローバル全体でプロセス時間を40%短縮。この時間を活用して各管理職のコーチングに力を入れ、個人が持つ資本力を最大限発揮でき、組織が持つ人的資本力を向上させているという。

日本IBMの陣門氏は、「IBMは、90年前に、人種や性別による格差がない報酬を実現し、WatsonをはじめとしたAI製品を、自社にも率先して適用してきた。従業員の働き方や組織のあり方を変革し続けてきた歴史がある」と語った。