• AI、量子、電池、半導体…… 東芝が「明日のために」語ったこと

    2023年6月29日、東芝の第184期定時株主総会が開かれた

東芝の第184期定時株主総会において、同社・島田太郎社長 CEOが、経営方針について説明した。

島田社長が、まとまった形で経営方針を示したのは、2022年6月の事業方針説明会および株主総会以来であり、その際に打ち出した「デジタル化を通じて、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの実現に貢献する企業になる」とする基本方針はそのままに、今後の方向性を、短期、中期、長期の視点から示してみせた。

説明の冒頭で島田社長は、「デジタルやデータを活用するという方向性は、経済性を中心にしたテーマに見えるが、東芝が実行するときには、人と、地球と、明日のためといった姿勢が、必ず中心になるべきであり、それによって、初めて成功させることができる」と切り出した。

  • 東芝の島田太郎社長(写真は2023年6月8日撮影)。今回の株主総会の冒頭、「デジタルやデータ活用、東芝が実行するときには、人と、地球と、明日のためといった姿勢が、必ず中心になるべき」と話す

東芝グループでは、目指す姿として、「人と、地球の、明日のために」を掲げている。

「東芝の企業価値を向上させる源泉は、『人と、地球の、明日のために』という言葉である。東芝グループは、この言葉を聞くと、自然と力が湧いてくる人たちで構成されている。世の中にないものを生み出す姿が表現されている。東芝は新たなことをはじめるときに、人と、地球の明日のためになるのかを自ら問いながら行動し、その結果、東芝らしい事業が誕生する」などとした。

  • 「人と、地球の、明日のために」のもと、東芝グループが目指す姿

東芝の「デジタル」事業戦略

東芝では、収益と利益の急激な拡大を可能にするのがデジタルであると位置づけ、「DE(Digital Evolution)」、「DX(Digital Transformation)」、「QX(Quantum Transformation)」の3つのステップで、事業戦略を定めている。

第一段階となるDEでは、インフラをデジタル化することで、サービス化やリカーリング化を達成。DXでは、DEの成果をもとにプラットフォーム化。これにより、急激に収益が拡大していくサイクルを作ることができるとした。そして、QXでは、様々なプラットフォームが業界を超えてつながり、これを量子の世界によって実現していくことになる。「東芝は、QXの実現に向けて、基礎となる多くの革新的技術を持っている点に強みがある」と語った。

また、島田社長は、この1年間の事業環境の変化を捉えながら、EV需要の拡大が予想を超える速度で進展。パワー半導体とバッテリーの需要が急拡大し、フル操業の状態が続いていること、グリーンインフラ関連投資が活発化し、系統配電事業が需要に追いつかない状況にあること、原子力発電所の再稼働や防衛予算の拡大もプラスに働いていることをあげる一方、マイナス要因として、米国IT大手顧客を中心としたデータセンターの投資抑制によるハードディスク事業の減少や、化石燃料を使った火力発電の需要縮小などをあげた。

  • 「DE(Digital Evolution)」、「DX(Digital Transformation)」、「QX(Quantum Transformation)」の3つのステップで定めた事業戦略

今回の説明では、事業成長戦略として、短期、中期、長期の3つの時間軸で説明を行った。

短期では、EVの需要急拡大で、供給が追いつかない状況にあるパワー半導体や二次電池、SCiBなどをあげ、「これらのデバイス分野の生産能力を強化し、需要をしっかりと取り込む」とした。

東芝の半導体事業が得意とする車載および産業用途では、2025年までに年平均成長率が7%になると予測し、すでに、生産能力を大きく上回る引き合いがあることを強調。パワー半導体については、加賀東芝エレクトロニクスで、300mmの新製造棟の稼働に向けて建設を開始し、2024年度に稼働させ、売上高および営業利益に拡大に貢献することを示した。また、二次電池のSCiBについては、「鉄道、乗用車、商用車のほかに、無人搬送車などの産業機器、需給調整施設などのインフラ設備にも活用されており、カーボンニュートラルの達成に欠かせない重要なデバイスとして幅広い分野から受注している」と述べた。2025年には、横浜電池工場で生産能力増強を計画しているという。

インフラ資産をデジタル化で変革したい

中期は、東芝が培ってきたインフラ資産のデジタル化による事業変革をあげ、DE、DX、QXの観点から説明した。

島田社長は、「ソフトウェアの多くは、ハードウェアに組み込まれ、システムとして提供されている。DEを実現するには、ソフトウェアとハードウェアを分離することが大切であり、さらに、ソフトウェアでハードウェアを包むことになる。これをSoftware Defined Transformationと呼んでいる。これによって、様々なアプリを追加でき、新たなサービスを生み出し、ビジネスのリカーリング化や、必要な機能を、必要な分だけサービスとして提供するSystem as s Service化が進む」とした。

また、「ソフトウェア部分を標準化し、他社のハードウェアや他社のアプリケーションをつなげることで、プラットフォーム化が可能になる。これがDXであり、投下資本を抑えながら、拡張性の高いビジネスモデルを実現し、指数関数的な成長を可能にする」と述べた。

  • Software Defined Transformationと呼ぶ考え方で、プラットフォーム化を進める

具体的な事例としてあげたのが、エレベーター事業である。

エレベーター本体のカゴを制御する制御盤を、ハードウェアとソフトウェアに分離。DXコントローラを追加することで、現場で追加工事を行わなくても、クラウド経由で新しい機能を追加することができるという。これにより、ビル内で稼働する警備ロボットや清掃ロボットと自動で連携したり、スマホアプリを通じて遠隔でエレベーターを呼び出したりできる。

物流システムの事例もあげた。

OCRによる宛先読み取り作業において、あやつり技術と高精度OCRにより、自動的にデータをデジタル化するサービスを提供。これを、重量課金制モデルとしても展開。さらに、読み取ったデータをもとに、配達やトラックへの荷積みの効率化を実現することができるという。

また、量子技術を組み合わせたQXに進化させることで、複雑な組み合わせ計算により、物流の最適化を進めることができる。

「東芝では、量子コンピュータの研究をもとに、社会が抱える複雑な組み合わせ最適化問題を解くことができるソリューションとして、SQBM+を開発し、AWSとAzureで提供を開始している。物流の最適化だけでなく、渋滞緩和や金融取引といった動的な組み合わせ問題から、創薬開発のような静的な組み合わせの問題まで、膨大な選択肢から最適なものを選び出すことができる。また、量子コンピュータが完成すると、現在の数学による暗号技術は簡単に破られると言われているが、東芝は、暗号を盗まれないようにする通信量子暗号通信のトップメーカーである。将来は、データそのものを量子状態でつなぐ量子インターネットへと発展させることができる」などとした。

  • 東芝の持つ資産のなかでも、将来、特に飛躍的に価値を生み出すことが期待されている量子技術

長期ではカーボンニュートラルがチャンスに

なお、東芝グループでは、既存事業のDX化や、新たなDXビジネス創出に向けて、「みんなのDX」と呼ぶアイデア共有の場を設置。累計で242件の事業アイデアが生まれ、50を超えるテーマを各事業部の正式プロジェクトとして推進。すでにサービス化につながったものもあるという。

長期の観点では、2030年を視野に捉え、カーボンニュートラルを実現する技術やソリューションが、収益の柱になると位置づけた。

島田社長は、2020年に全世界で7%のCO2が削減された実績を示したながらも、「だが、これは、コロナ禍のロックダウンにより、世界の経済活動が停滞した結果である。実は、2050年まで、この7%削減を毎年続けなければ、カーボンニュートラルは達成できない。カーボンニュートラルだけでは不十分であり、カーボンネガティブを推進しなければ地球は持たない」と指摘。さらに、「カーボンニュートラルの課題は、コストがかかり、会社の業績を圧迫してしまうという課題があったが、カーボンをキャプチャーでは、排出権として販売できれば、利益を生むことができる」と、環境戦略を収益につなげる考えを示した。 東芝では、ペロブスカイト太陽電池や、CO2を分離回収して活用するCCUといった技術のほか、原材料からサプライチェーン、配送に至るまでのCO2使用量の見える化を推進しており、「最終的には、スマートレシートに商品のCO2排出量を表示し、CO2負荷の低い行動への変容を社会に起こそうと考えている」と述べた。

一方、島田社長は、「私は、東芝の強みは、技術のダイバーシティである」とし、「創業以来150年に渡り、人々の暮らしを快適に、便利にし、社会を安心・安全にする製品やサービスを提供してきた。それらは、単純にひとつの技術が、ひとつの製品を生み出すのではなく、研究所に蓄積された様々な技術が結合することで生まれる。現在も超電動NTO負極電池、ミリ波イメージング、生分解性リポソーム、MEMSセンサー、フィルム型ペロブスカイト対応電池など、ビジネスポテンシャルの高い技術が存在しており、これらの技術の掛け合わせにより、世の中にない製品やサービスが生み出すことができる」とした。そして、「これらの高いポテンシャルを持った技術を事業化するには、組織の壁や自前主義といった内部、外部の硬直性を打破する必要がある。それに向けた社内改革を推進していく」と述べた。

ここでは、半導体装置を手掛けるニューフレアテクノロジーを、2019年度に100%子会社化し、3次元実装や回路設計、画像解析などの技術と組み合わせマルチビームマスク描画装置の開発に成功したこと、AIの研究開発では50年以上の歴史があり、AI関連の特許出願数では世界3位、日本では1位である強みを生かして、生成系AIの潜在能力を最大限に引き出し、顧客サービスの価値化を高めることができると発言。「生成系AIは、東芝にとって大きなポテンシャルを秘めている領域である。全社プロジェクトを立ち上げ、業務生産性の向上と顧客サービスの創出の両面で、生成系AIの活用を拡大、加速する」と述べた。

最後の株主総会か? 東芝が迎えた正念場

島田社長は、一連の説明を行ったあと、「東芝グループは、『人と、地球の、明日のために』の経営理念のもとで、人々の生活と社会を支える製品やサービスを社会に送り出してきた。それはこれからも変わらない東芝の使命である。これを維持し、中長期の視点で企業価値を向上していくために、非公開化という新しい枠組みを提案した」と述べた。

東芝では、日本産業パートナーズ(JIP)から提案を受けている非公開化取引が有効と判断。株主に対しても応募推奨としている。

JIPの提案には、オリックスや中部電力などが出資者として参加する見込みで、公開買付者であるTBJHが、すべての株主に対して株式の買付を申し入れ、所有割合で66.7%以上の応募を得た場合、公開買付が成立。応募しなかった株主の株式も、スクイーズアウトと呼ばれる手続で公開買付者によって取得される。

東芝 取締役会議長の渡辺章博氏は、「株主はTBJHの1社となり、安定的な株主基盤のもとで、一貫した事業戦略を実行でき、さらなるトランスフォーメーションを実現することができる。非公開化は、東芝の企業価値向上に資するものであり、JIPの提示価格による非公開化は、競争的で、公正なプロセスを通じて提出された唯一完成した、資金的裏づけがある実行可能な提案である」と述べた。

  • 東芝 取締役会議長の渡辺章博氏(写真は2023年6月8日撮影)。今回の株主総会では「非公開化は、東芝の企業価値向上に資する」と発言

再成長への道筋がようやく明らかになったというのが関係者の見方だ。

JIPは、2023年7月にもTOBを開始する予定であり、それにより非公開化が決定すれば、今回の株主総会は最後になる。

非公開化によって、東芝は再成長の道を歩むことができるのか。その歩みがいよいよ本格化することになる。