日立製作所の東原敏昭社長兼CEOが、2019年度から開始している3カ年の「2021中期経営計画」の進捗状況について説明した。

  • 日立製作所が2021中期経営計画の進捗について説明した

    日立製作所が2021中期経営計画の進捗について説明した

2021年度までの経営指標として掲げているのは、売上収益における年平均成長率で3%以上、調整後営業利益率では10%以上、3年間累計の営業キャッシュフローが2兆5,000億円以上、ROIC(投資資本利益率)では10%以上、海外売上比率では60%以上だ。

そして、3年間で2兆円~2兆5,000億円を投資するという積極的な拡大策を打ち出している。

実際、先ごろ発表したGlobalLogicの買収は、国内電機業界では過去最大となる1兆円規模(96億ドル)となり、その積極ぶりは業界に驚きを与えた。

売上収益や営業利益といった具体的な数値目標は掲げてはいないが、高い成長性を目指したものになっているのは確かだ。そして、事業ポートフォリオの改革という大鉈を振るっている3年間でもある。

コロナ禍の影響も受けるなかで、果たして、同計画の進捗はどうなっているのだろうか。

1兆円のGlobalLogic買収、何を狙うのか?

東原敏昭社長兼CEOは、「2021中期経営計画は、社会イノベーション事業でグローバルリーダーになることを目指し改革を進めている」と前置きし、「GlobalLogicの買収により、Lumadaを軸としたグローバルデジタルプラットフォームを構築。これによって、日立の各ビジネスユニットの成長戦略を強化していくことになる。また、日立の強みである『OT×IT×プロダクト』をグローバルに拡大するために、インダストリー、ヘルスケア、エネルギー、EV領域において、OTのアセットを獲得し、強化をしてきた。さらに、グローバルオペレーション基盤は、日立ABBパワーグリッドが持つ基盤を、全社で活用することで強固にすることができる」と、これまでの取り組みとその成果について説明した。

  • 日立製作所の東原敏昭社長兼CEO

日立製作所は、GlobalLogicの買収のほかにも、2020年7月に日立ABBパワーグリッドを統合、2021年1月には日立Astemoを発足する一方で、上場子会社であった日立化成や日立金属の売却といった大規模な事業ポートフォリオの変革を実施。その一方で、営業キャッシュフローは2020年度には前年比2,322億円増と強化。海外売上比率を2021年度には57%にまで引き上げる見通しを示している。

同計画の最終年度となる2021年度の業績見通しは、売上収益は9兆5,000億円(2020年度実績は8兆7,291億円)、調整後営業利益は7,400億円(同4,951億円)、当期純利益は5,500億円(同5,016億円)、営業キャッシュフローは7,500億円(同7,931億円)、ROIC(投下資本比率)は8.3%(同6.4%)としている。最終利益見通しは、2020年度に続き、過去最高を更新することになる。

  • 連結業績。これまでの実績と2021年度の見通し

東原社長兼CEOは、「新型コロナウイルスの影響はうまくコントロールできた」と、ここまでの取り組みを自己評価。「ROICを重視し、利益額の成長を実現する」と今後の姿勢を示しながら、「2022年度には、調整後営業利益率、ROICともに10%超を実現したい。10%超への自信はある」と胸を張った。

目指すのは「グローバルリーダー」、実現に2つの柱

日立が社会イノベーション事業でのグローバルリーダーを目指すことを掲げた「2021中期経営計画」において、それを実現するための事業ポートフォリオ変革では2つの柱がある。

  • 社会イノベーション事業をグローバルに拡大するために、これらの改革を実行する

ひとつめは、GlobalLogicの買収である。

「日立とGlobalLogicが一緒になることで、日立の顧客に対して、公共サービスや社会インフラのデジタルトランスフーメーションを加速することができるのに加えて、GlobalLogicの顧客に対しては、日立が強みとするOT×IT×プロダクトを組み合わせて、ミッションクリティカル領域まで製品やサービスを提供することができるようになる。また、社会インフラからクラウドまでをカバーし、顧客協創を強化し、GlobalLogicが持つ組み込みソフトからクラウドアプリケーションまでの開発力と、日立が持つミッションクリティカルシステムの開発力を組み合わせることで、グローバルにおけるアプリケーションのサービス提供を強化することができる」と語る。

GlobalLogicは、「Chip-to-Cloud(チップからクラウドまで)」に対応した高度なソフトウェアエンジニアリング技術と、エクスペリエンスデザイン力、多様な業界に関する専門知識を有することが特徴だという。

具体的には、幅広い業界の専門知識や顧客の協創実績をもとに、エクスペリエンスデザインを行うデザインスタジオを全世界8カ所に設置しているほか、デジタルルエンジニアリングの実装を加速するためのエンジニアリングセンターを30カ所に展開。そして、通信や金融サービス、自動車、ヘルスケア・ライフサイエンス、テクノロジー、メディア・エンターテインメント、製造など、幅広い産業で400社を超える顧客基盤を全世界に持つ。

東原社長兼CEOは、「アーキテチクャーは、クラウド、エッジ、デバイスの3階層に分かれているが、今後はデバイスのなかにアーキテクチャーが組み込まれていくことになる。5Gや6Gでは端末数が増加するため、チップ間の通信が価値を生み出す。経営者はクラウド上で意思決定をする際に、現場の動きとつながっていることが大切になる。クラウドからチップ、チップからクラウドというように、経営の情報を現場に伝え、現場の情報を経営にあげるという仕組みが2025年には数多く登場することになるだろう。GlobalLogicは、こうした分野において、日立の製品やサービスを補完できる」とし、「日立が持つOTアセットと、GlobalLogicによるソフトウェアエンジニアリングの強化により、環境、レジリエンス、安心・安全の価値を提供することができる。具体的には、経営や運用のノウハウを組み込んだアプリケーションをコンテナ化してクラウド上に実装し、Lumadaプラットフォームを介して、お客様や地域ごとに異なる課題に対応したアプリケーションを素早く展開していく」と述べた。

今後は、世界各国に点在する両社の開発部門を統合して、開発力を高める考えも示す。

「GlobalLogicは、非常に成長をしている企業であり、その成長を継続させたい。2025年度に3,000億円弱の売上収益になるだろう。利益率も25%の水準で伸ばしていくことになる」と意欲をみせた。

もうひとつが、日立ABBパワーグリッドの統合である。

日立製作所は、2018年12月にABB Ltdのパワーグリッド事業の買収契約を発表。分社した同事業会社に80.1%を出資して、2020年7月に設立。エネルギーソリューション事業をグローバルに展開していくことになる。買収金額は、68億5,000万ドル(約7,400億円)であり、2023年以降に残りの19.9%の株式を取得して完全子会社する予定だ。

同社が持つ強固な顧客基盤を生かしたり、Vantaraとの協業により、EAM(Enterprise Asset Management)などのデジタルアセットをLumadaに実装し、デジタル事業のグローバル拡大に取り組むことになる。「ここには、GlobalLogicのノウハウも活用できる」とする。

ここでの2021年度の売上収益は92億ドル、EBITDAは11.8%、Adjusted EBITAは7.8%。2024年度には、Adjusted EBITAは10%超を目指す。

日立ABBパワーグリッドの統合におけるポイントのひとつが、同社のERPを、日立全社のオペレーション基盤に導入したことだ。

「2025年度までに、共通ERPの構築、活用に向けて、300億円を投資し、1,000億円のコスト削減を見込む。差し引きで700億円の効果を期待している」という。また、グローバルシェアードサービスの活用では約500億円を投資し、1,500億円のコスト削減で、実質的には1,000億円の効果を見込む。「調達、経理、人材といったシェアードサービスが、グローバルに整備されている。日本の形にあわせるよりは、世界各国の法律や文化などを先取りしたグローバルシェアードサービスにあわせていった方がいいと考えた。費用対効果を見ながら次のフェーズを考える」という。

外への効果だけでなく、日立内部からの改革にも日立ABBパワーグリッドは役割を果たすことになる。

2つの柱に共通する「Lumada」デジタルプラットフォーム

2つの事業ポートフォリオ変革に共通しているのは「Lumada(ルマーダ)」である。

Lumadaは、社会の課題や企業経営の課題を、事業領域の知見や、協創、デジタルで解決することを目指しており、GlobalLogicの買収と、日立ABBパワーグリッドの統合により、Lumadaの広がりがさらに期待される。

  • 課題をデジタルで解決する「Lumada」プラットフォームが成長の鍵となりそうだ

日立では、Lumada事業について、2020年度の売上収益1兆1,000億円を、2021年度には、1兆6,000億円に拡大する考えだ。

「Lumadaは、2021中期経営計画期間中にかなりの開発投資をした。そのため、まだ利益に反映されていない部分もあるが、コア部分では2桁の利益率が生まれている。次の3年間では、20%に近い利益率を目指したい。また、コア部分以外のスケール・バイ・デジタルの領域は、GlobalLogicによってコンテナ化が進み、リピート率が上昇。利益率が高いビジネスがグローバルで展開できるようになる。次期中期経営計画では、Lumadaの売上成長と利益率成長を目指すことになる」とし、「私のイメージでは、2025年にはLumadaの売上収益は、2兆数1,000億円になる。その上で、20%近い利益率を維持することになる」と述べた。

また、「日立は、『OT×IT×プロダクト』を前面に出して、顧客との協創によって課題を見つけ、Lumadaで解決するという姿勢は変わらない。他社は、コンサルティングやパッケージの提供だけを行い、ソリューションは他社に任せるということが多いが、日立は、課題発掘から構築、保守まで、エンド・トゥ・エンドで提供できる。単にサプライチェーンを統合して効率をあげるという提案だけでなく、経営層から現場までつないでいくことができる。協創で作るアプローチは他社にはないものである」と、Lumadaによる差別化点を強調してみせた。

一方、東原社長兼CEOは、デジタルを活用した成長戦略として、「環境」、「レジリエンス」、「安心・安全」の3つの分野に注力し、「ここにOT×IT×プロダクトの強みをパッケージで提供する」という姿勢を示す。これもLumadaの取り組みが中心になる。

  • デジタルを活用した成長戦略として、「環境」、「レジリエンス」、「安心・安全」の3つの分野に注力する

「環境」においては、日立ABBパワーグリッドによるデジタルグリッドやHVDC(High Voltage Direct Current)、グリーンモビリティやEVを支えるパッケージなどによって、電動化する社会インフラをOT×IT×プロダクトで支える一方、「レジリエンス」では、公共サービスや金融サービス、産業デジタルソリューション、ロジスティクス、サプライチェーンなどにおいて、サステナブルなサービスや活動をデジタルで支えるとする。そして、「安心・安全」では、バイオや体外診断、粒子線がん治療、製薬ソリューション、在宅ケアなどにより、個人に最適なケアを、デジタルを活用した診断や治療で支えることを目指すとした。

また、地域ごとのニーズにも対応。欧州では電動化やエネルギー、サーキュラーエコノミーなどの「環境」に注力。アジアではスマートシティなどを中心に「安心・安全」への取り組みを強化。北米では製造業や物流業の「レジリエンス」に力を注ぎ、日本では、デジタル社会への取り組みによって、「環境」、「レジリエンス」、「安心・安全」の3つの分野のすべてで成長戦略を描くという。

「日立ABBパワーグリッドのアセットと、GlobalLogicのグローバルのフットプリントを生かし、各事業領域のドメインナレッジをアプリケーションに実装し、事業のスケーリングを実現したい」としたほか、「今後、海外比率が高まっていくことになる。現在は57%だが、60%、70%、80%と増えていくことになる。経済環境などを考えると国内よりも、海外にシフトすることになる」とした。

資産の入れ替え、9割5分は終わった。総合力で世界と勝負

「2021中期経営計画」の最終年度を迎え、東原社長兼CEOは、「資産の入れ替えはかなり進んできた。私のイメージでは、9割5分は終わったと考えている」とする。

「CEOに就任したときに、多くの上場子会社があった。考えたのは、グローバルで戦える形をどう作るのかという点であった。その考えは上場子会社も同じであり、変わらないと生き残っていけず、衰退していくのは時間の問題となる。日立はデジタル化の方向に進めているが、その流れとは異なるバランスシートの流れで成長していくものは、連結から外すことにした。これが基本的な考え方である。上場子会社では日立建機があるが、グローバルでどう戦えるのかということを前提に、将来の方向を見ながら考えていきたい」と述べた。

今後の成長投資については、「環境、レジリエンス、安心・安全領域への成長投資は継続していく。また、資産売却は継続して実施し、原則、大型借入はしない」としながら、次期中期経営計画の3年間では、成長投資、設備投資、借入返済および株主還元を3分の1ずつに資金配分するイメージも示してみせた。現在の中期経営計画に比べると規模は小さくなるが、成長投資と事業ポートフォリオ改革の手綱は緩めるつもりはないようだ。

  • 成長投資、設備投資、借入返済および株主還元を3分の1ずつに資金配分するイメージも示す

また、「企業としての総合力が強くなると、利益が出たところに甘んじ、それに頼ってしまい、個別のプロダクトのブラッシュアップを怠り、差別化できなくなったり、世界で戦えなくなったりするということがこれまで起きていた。プロダクトをきちっとわけて管理していくべきである。戦えないプロダクトであれば、社内から見ても使えないプロダクトに追いやられる。切磋琢磨してプロダクトもブラッシュアップしていかなくてはならない」としながらも、「総合力を発揮するためには、日立は事業持株制のように、統合した運営のほうが適している。環境という領域ひとつをとっても複数のセクターが関連する取り組みが必要になるからだ。独立性を優先した純粋持株制は、いまは考えていない」とも語った。

新たな事業ポートフォリオに変革しながらも、そこで総合力を発揮していくのが日立製作所の経営手法であり、2021年4月以降、事業の独立性を重視する持株会社制を導入したソニーやパナソニックとは異なる体制で成長戦略を描くことになる。

総合力を発揮する体制が、ほぼ整ったというのが現在の日立製作所の位置だといってもいいだろう。