菅政権が政権公約に掲げたことで、急速に動きが進んだ携帯電話料金の引き下げ。ですが、成果を急ぐあまり、競争環境ルールの整備よりも大手3社に圧力をかけて料金を引き下げさせるという強引な手法を取ったことで、競争促進の立役者となるはずだったMVNOが危機に立たされるなど、公正競争上の問題が生じてきています。菅政権の強引な姿勢に問題はないのでしょうか。

携帯料金引き下げに向け、大手3社へ強い圧力

2020年9月に内閣総理大臣に就任した菅義偉氏が政権公約に掲げた、携帯電話料金の引き下げ。これまでにも菅総理は、内閣官房長官時代の2018年に「日本の携帯電話料金は4割引き下げる余地がある」と言及するなど、日本の携帯電話料金の引き下げに力を注いできましたが、国のトップとなったことで携帯料金引き下げは政権の重点政策となっています。

そして、菅政権から料金引き下げの命を受けた武田良太総務大臣が、菅総理が市場を寡占しており料金高止まりの要因になっていると指摘する携帯大手3社に対し、強いプレッシャーをかける発言を続けてきました。なかでも、武田氏の強硬な姿勢を象徴したのが、2020年11月20日の記者会見での発言です。

  • 菅政権下で総務大臣に就任した武田良太氏。就任以降、携帯料金の引き下げに向け積極的な動きを見せているが、最近では強硬な姿勢も目立つ

菅政権発足後の2020年10月27日に、総務省が「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」を打ち出し、料金引き下げに向けた総務省の今後の取り組みを示しました。それに合わせる形で、KDDIとソフトバンクの2社が2020年10月28日、サブブランドの「UQ mobile」「ワイモバイル」から、総務省調査で世界的に「高い」と指摘された20GBの料金プランを、従来より安い月4,000円前後で提供するプランを打ち出したのです。

  • ソフトバンクが当初、ワイモバイルブランドで2020年12月に提供を予定していた「シンプル20」。武田大臣は、当初これらサブブランドでの安価なプラン提供を評価していたが、その後突如手のひらを返し、評価しないとの発言をするに至っている

その直後に実施された2020年10月30日の記者会見で、武田大臣は「各社ともアクションプランに対してしっかりと対応していただいておるんだろうと思っている」と、これらプランを評価する姿勢を見せていました。ですが、2020年11月20日の記者会見で、記者からの質問に答える形で「多くの利用者が契約しているメインブランドについては、まったくこれまで新しいプランは発表されていないんです。これが問題なんです」と、突如手のひらを返したかのような発言をしたのです。

武田大臣はその理由について、ブランド間の移行に番号ポータビリティ(MNP)や新規契約などの手数料がかかる一方、2社はサブブランドからメインブランドへの移行には手数料がかからない優遇措置を実施していたことが、料金の高いメインブランドへの囲い込みにつながっているためと説明。サブブランドでの料金引き下げは「羊頭狗肉」とし、消費者に不親切だと強く批判したのです。

これらの大臣発言によって、携帯3社はブランド間の移行に係る手数料の撤廃に取り組む必要が出てきただけでなく、「NTTドコモ」「au」「ソフトバンク」といったメインブランドでの料金引き下げをせざるを得ない状況に追い込まれたのです。その結果、NTTドコモがドコモショップでのサポートを省いて20GBのデータ通信と1回5分の無料通話を月額2,980円で提供する「ahamo」を、サブブランドではなくメインブランドの料金プランの1つとして提供するに至ったのです。

  • NTTドコモが打ち出した「ahamo」は、月額2,980円で20GBのデータ通信というお得さで注目されたが、従来の同社プランとは仕組みが大きく異なるため、サブブランドではなく料金プランの1つとして提供されたことに疑問の声が少なからずあがった

ahamoの発表を受けて、武田大臣や菅総理は2020年12月4日の記者会見で「メインブランドで2018年度から70%を超える値下げを実現した」と絶賛していました。確かに、ahamoは消費者からの評価も高かったのですが、一方で従来のプランと仕組みが大きく違うのにサブブランドではなくメインブランドの料金プランとして提供されたことで、ドコモショップでのサポートを中心に混乱が起きるのではないかと疑問の声が少なからずあがり、不自然な印象を与えていたのも事実です。

「povoは紛らわしい」続く“民”への過度な介入

その後、ahamoに追随する形で、ソフトバンクが2020年12月22日に「SoftBank on LINE」をブランドコンセプトとした新プランを提供すると発表。KDDIも2021年1月13日に、必要なオプションをスマートフォンから手軽に追加できる“トッピング”という仕組みに力を入れた「povo」を発表するなど、ahamo対抗プランの投入が相次ぎました。

ですが、そのpovoに関して、発表から2日後の2021年1月15日に実施された記者会見で、武田大臣は「非常に紛らわしい発表だったと思います」と発言し、再び大きな波紋をもたらしたのです。povoは、5分間通話定額をオプションにして月額料金を他社の同等のプランより500円引き下げていることから、ベースの料金は3社のなかで最も安いのですが、オプションを追加すればahamoなどと同額となるため「最安値と言いながら、他社と結局同じ値段」(武田大臣)であることが発言の根拠となっているようです。

  • KDDIがahamo対抗プランとして打ち出した「povo」は、ユーザーがオプションを自由に付け外しできる“トッピング”の仕組みが特徴で、1回5分の無料通話をオプションにすることで月額2,480円の料金を実現した。だが、武田大臣は「非常に紛らわしい」と指摘するに至っている

ただ、povoの発表会を振り返ると、KDDI代表取締役社長の高橋誠氏が記者からの質問に答える形で、大手3社の中で最安値であるとの発言はしているものの、プレゼンテーションの中では最安値だとアピールしていません。povoが通話定額をオプションにしたことはSNSなどでも評価されていただけに、この武田大臣の発言は批判を集めることとなりました。

そうしたことから、2021年1月19日の記者会見でこの点について問われた武田大臣は、「私は、料金プランに対して指摘したつもりはございません」と回答。高橋氏が「最安値」と発言したことが、消費者を誤認に導く可能性があると懸念しての発言だったと釈明するに至っています。

そもそも総務大臣が、民間企業の料金施策に意見をすること自体異例なもの。以前は個々の企業の施策について「個別企業のコメントに関して、私の方からコメントは差し控えたい」(2020年11月27日)、「それぞれの法人事業者の経営判断に基づくもの」(2020年12月4日)といった前置きをしたうえで発言していたのですが、最近ではそうした前置きもなく、直接所感を述べるようになっています。

国の資産である電波を使って事業を展開しているとはいえ、携帯電話市場はあくまで自由化がなされ、民間企業による自由な競争が認められているもの。個々の企業の料金施策に大臣が口を出し、その発言に企業戦略が左右されてしまうことには、非常に大きな問題があると言わざるを得ませんし、それが積み重なって民間企業の自由を奪い、料金統制へとつながりかねないことが大いに危惧されます。

ルール整備を伴わない値下げがMVNOを危機に追い込む

また、最近の市場動向を見ていると、総務省でのルール整備を通り越して政治の圧力で携帯大手の料金を引き下げさせたことで、市場に歪みが生じてしまったようにも感じます。それを象徴しているのが、楽天モバイルとMVNOの動きです。

ahamoなどの料金が楽天モバイルの料金プラン「Rakuten UN-LIMIT」と同額であったため、料金面でのメリットが失われた新興の楽天モバイルがこれにどう対抗するかが注目されていました。そこで同社は、2021年1月29日に新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI」を発表したのですが、その内容も波紋を呼ぶものでした。

というのも、Rakuten UN-LIMIT VIは通信量は少なくてよいので低価格を求める人にも対象を広げるべく、新たに段階制の仕組みを採用。20GB以上利用すれば従来通り月額2,980円かかりますが、1GB以下の場合は0円、つまりユニバーサルサービス料以外の料金がかからない仕組みにしたのです。

  • 楽天モバイルの新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI」は段階制の仕組みを採用。20GBを超えて通信すると従来通り月額2,980円だが、1GB以下の場合は月額0円で済むという

ですが、1GB以下とはいえ月額料金が0円ともなれば、小容量に強みを持ち、1GBのプランも提供しているMVNOは真っ当な競争ができなくなってしまいます。楽天モバイル側はこの仕組みについて、新料金プランの情報は総務省に伝えているので法的に問題ないとしていますが、競争相手からしてみれば大問題でしょう。

とりわけ、低価格帯に強みを持つMVNOは、ただでさえahamoなどが相次いで投入されたことで、携帯大手から回線を借りる際に支払う接続料などが従来の水準では対抗するのが非常に難しい状況にあります。もちろん、オプテージの「mineo」が新料金プラン「マイピタ」を打ち出し、20GBプランを月額1,980円で提供することを発表するなど、大手に対抗する姿勢を見せるMVNOも出てきてはいますが、それに加えて今度は0円のプランと戦わなければならないとなると、もはや打つ手がないというのが正直なところではないでしょうか。

  • MVNO大手のオプテージ「mineo」は、2021年1月27日に新料金プラン「マイピタ」を発表。携帯大手に対抗するべく20GBプランを月額1,980円にするなど、大幅な引き下げをしたが、1GBプランは月額1,180円と、さすがに楽天モバイルの0円という料金には敵わない

MVNOを取り巻く危機的状況を受け、その業界団体であるテレコムサービス協会MVNO委員会は2021年1月18日、総務省に要望書を提出。接続料の可及的速やかな引き下げなど緊急的な措置や、携帯大手の新料金プランの水準が適正なものかを検証するスタックテストの実施などを要求するに至っています。

  • テレコムサービス協会MVNO委員会が総務省に提出した要望書。現行の接続料水準では、ahamoなど携帯大手の“廉価プラン”に対抗できないとし、総務省に可及的速やかな接続料の低減など緊急措置を求めている

そもそも、先に触れた総務省のアクションプランでは、データ通信の接続料を3年間で5割減らすと計画していたのですが、政権の圧力によって各社が投入した新料金プランによって、アクションプランのスケジュール感ではMVNOの競争力が維持できない状況が生まれてしまったわけです。結果としてMVNOの撤退が相次ぎ、携帯大手の市場寡占が加速すれば、サービスの硬直化、そして将来的な料金値上げの可能性も高まることになりかねません。

2020年12月1日の記者会見で、制度整備が伴わないまま大手の料金引き下げが進んだことで、一層の寡占が起きることを指摘された武田大臣は「大手3社の寡占化を後押しするわけがないじゃないですか」と話し、乗り換えのハードルを下げることでMVNOが最も恩恵を受けるとしていました。ですが、今実際に起きているのは、そのMVNOが大手の料金引き下げで悲鳴を上げているということ。MVNOの相次ぐ撤退を招いて大手の寡占が加速したとなれば、政権の責任はきわめて重いといえるでしょう。