KDDIが新会社を立ち上げてサービス提供を打ち出すなど、スマートフォンなどが内蔵するSIM、「eSIM」を活用したサービスが広がりを見せつつあります。従来のSIMよりも乗り換えがしやすいことから、競争を促進して携帯電話料金を引き下げたい総務省が、eSIMの普及を積極推進していることが背景にあるといえそうですが、消費者に受け入れられるには課題もありそうです。

楽天モバイルに加えてKDDIも別会社でeSIMに参入

菅義偉氏が内閣総理大臣に就任し、重要政策の1つとして掲げたことで注目を集めている携帯電話料金の引き下げ。その料金引き下げ実現に向けて動いている総務省は、2020年10月27日に「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」を公表し、携帯電話市場の競争促進に向けて総務省がすべきことを明記しています。

その内容は多岐にわたるのですが、事業者間の乗り換えを促進する取り組みの1つとして、端末の内部に組み込まれたSIM「eSIM」の利用促進を挙げています。eSIMを使えば、物理的なSIMカードの発行が必要なくなることから、契約や解約、乗り換えなどの手続きをすべてオンラインで完結できるようになります。広く普及すれば、携帯電話会社をより手軽に乗り換えられることが期待されているのです。

  • 総務省が公表した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」の概要。乗り換えを円滑化する施策の1つにeSIMの促進が挙げられている

そうした総務省の方針もあってか、ここ最近携帯電話会社がeSIMに関する新たな取り組みを打ち出しています。なかでも、eSIMの利用促進に力を入れているのが楽天モバイルです。

同社は、携帯4社の中で唯一、スマートフォン向け通信サービスのeSIM対応を積極的に進めており、すでにeSIMだけを搭載したオリジナルスマートフォン「Rakuten Mini」「Rakuten BIG」を投入しています。その楽天モバイルが新たに打ち出したのが、eKYC(electronic Know Your Customer、電子本人確認)とeSIMを組み合わせることで、オンラインで申し込み後すぐサービスを利用できる仕組みです。

音声通話を伴う携帯電話サービスの契約には本人確認が欠かせませんが、楽天モバイルではeKYCを活用した「AIかんたん本人確認(eKYC)」を導入。運転免許の写真と顔写真を撮影して送るだけで本人認証が完了し、物理SIMの発行が要らないeSIM対応スマートフォンを持っていれば本人確認後すぐサービスが利用できるとしています。

  • 楽天モバイルは、eSIMとeKYCを組み合わせることで、オンラインで即時に本人確認をしてすぐサービスを契約できる仕組みを整えたとしている

一方、メインのサービスとは異なる形でeSIMの利活用を進めようとしているのがKDDIです。同社は、シンガポールでMVNOによる通信サービス「Circles Life」を提供しているCircles Asia社と提携。2020年11月にKDDI Digital Lifeという新会社を立ち上げ、MVNOとしてeSIMを用いた新しい通信サービスを提供することを打ち出しています。

具体的なサービス内容はまだ明らかにされていませんが、Circles LifeはeSIMを活用した完全オンライン型の通信サービスを提供し、契約だけでなく料金の変更もユーザーがスマートフォン上から簡単に変更できることを特徴にしているとのこと。そうしたことから、新会社が提供するサービスも、eSIMとオンラインを活用した柔軟性が高いものになるとみられています。

  • KDDIは、2020年10月30日の決算説明会で、Circles Asia社と提携して新会社KDDI Digital Lifeを立ち上げ、eSIMを活用した完全オンライン型の通信サービスを提供するとしている

スマホが使えなければeSIMは使えない

実は、eSIMに対応したスマートフォンは国内でも着実に増えており、最近のiPhoneシリーズやPixelシリーズ新機種は、すべて通常のSIMとeSIMのデュアルSIM構成となっています。そうしたことから、eSIMにいち早く対応することは、特に楽天モバイルのような新興の携帯電話会社にとってチャンスでもあるわけです。

ですが、現在のところ国内でスマートフォン向けのeSIMによるサービスを提供しているのは、楽天モバイルとMVNOのインターネットイニシアティブ(IIJ)くらいで、決して数が多いとはいえません。eSIMは契約だけでなく解約も容易にできることから、携帯大手3社が対応に消極的だったのに加え、MVNOがeSIMに対応するには、みずからSIMが発行できるフルMVNOになる必要があるなどハードルが高いというのが、その大きな要因となっています。

  • IIJはフルMVNOである立場を生かし、2020年3月にeSIM向けの通信サービス「データプラン ゼロ」を正式に開始。データ通信専用で、利用した通信量に応じたリーズナブルな料金が特徴だ

ですが、総務省がeSIMの利用促進に積極的な動きを見せており、2020年5月にはMVNOがeSIMによるサービスを提供するのに必要な「リモートSIMプロビジョニング」などの機能を、携帯各社に開放するよう要請もしています。積極対応するメリットがないことから、大手3社のメインブランドのサービスがeSIMに対応するには時間がかかるでしょうが、MVNOや大手のサブブランドなどでは今後、eSIMに対応したサービスが徐々に増えていくのではないでしょうか。

ただ、仮にすべての携帯電話サービスがeSIMに対応したからといって、本当に乗り換えが促進されるのか?という点には疑問も残ります。なぜなら、eSIMでサービスをオンラインで契約したり、契約を変更したりするには、みずからスマートフォンを使いこなせることが大前提となってしまうからです。

2020年10月8日に武田良太総務大臣が実施した、消費者団体など携帯電話利用者の代表とされる人たちとの意見交換会を見ても、料金の引き下げを求める意見よりもむしろ、スマートフォンの使い方がよく分からずに高額な通信料を支払ってしまう、スマートフォンの知識がないためサポートが弱い低価格サービスへの移行が難しい、といった意見が多く見られました。

それだけに、いくら政府が音頭を取ってeSIMのサービスを拡大しても、スマートフォンの使い方がよく分からないというユーザーが多ければ、結局利用もされず乗り換えも進まない、ということになりかねません。

  • 2020年10月8日に総務省の武田大臣が実施した携帯電話利用者との意見交換会では、料金面よりもスマートフォンのリテラシーに関する問題が多く挙げられていた印象だ

スマートフォンに詳しい人にとって、eSIMは大いにメリットがあるサービスでもあるだけに、その促進自体は歓迎できるものです。実際、先に触れたKDDI Digital Lifeは、スマートフォンに詳しいデジタルネイティブ世代をターゲットに据えるとしており、ターゲット層とマッチすれば有効活用される可能性が高いでしょう。

ですが、スマートフォンに詳しくない人が低価格サービスのメリットを受けられていない現状を考えると、スマートフォンを知らないと使いこなせないeSIMを競争促進の目玉に据えるのには少々無理があるようにも感じてしまいます。スマートフォンに対する知識の乏しさこそが最大の乗り換え障壁となっている現状を考えれば、総務省が競争促進に向けて力を入れるべきは、国民のスマートフォンリテラシーを高めることではないでしょうか。