大きな被害が生じている能登半島地震ではモバイル通信のネットワークも被害を受け、広範囲にわたって通信の途絶が続いています。そこで、災害時も通信を維持する手段として注目されるのが、衛星やHAPS(High Altitude Platform Station、成層圏通信プラットフォーム)などのNTN(Non-Terrestrial Network/非地上系ネットワーク)です。その実現や利活用に向けた取り組みは、現在どの程度進んでいるのでしょうか。

  • ソフトバンクが2019年に発表したHAPSの空飛ぶ通信基地局「HAWK30」。現在は、さらに進化した基地局が開発されている

能登半島地震で積極活用されているStarlink

2024年1月1日夕方に突如発生し、石川県を中心として非常に大きな被害をもたらした能登半島地震。被害の全貌はいまだ見えておらず、避難で厳しい生活を強いられている方々も多くいるようです。被害を受けた方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地のいち早い復旧・復興を願っております。

そして、今回の地震で大きな被害を受け、復旧が思うように進んでいないのがインフラであり、その1つがモバイル通信です。携帯電話やスマートフォンで日常的に利用している人が多いモバイル通信は、連絡を取ったり情報を得たりするのに必要不可欠なインフラとなっていますが、そのインフラが広範囲にわたって停止してしまっていることが、復旧活動や避難者の生活などにも大きな影響を与えています。

そこで携帯各社は移動基地局などを配置し、途絶したエリアを臨時で復旧させることに力を注いでいます。最近では、船舶やドローンを用いて電波を届ける取り組みも実施するなど、手段を選ぶことなく復旧に力を注いでいることは確かですが、地震や津波で大きな被害を受けているだけに、地上からの復旧には限界があるのも確かです。

そこで期待されるのがNTN、要は空や宇宙など、地上以外の場所から通信を継続する取り組みです。NTNの代表例となる衛星を用いた通信に関しては、すでに実用化が進んでおり、地上から約3万6000kmの軌道を周回している静止軌道衛星は以前から衛星携帯電話や、移動基地局のバックホール回線としてよく用いられています。

  • 静止軌道衛星は、能登半島地震での復旧にも用いられている移動基地局車などのバックホール回線として古くから活用されている。写真はNTTドコモの移動基地局車

ですが、NTNとしていま最も注目されているのが、地上から2,000km以下の場所を周回し、静止軌道衛星より高速大容量通信を実現しやすい低軌道衛星です。低軌道衛星は静止軌道衛星と違って、地上から見ると常に移動する形となるため、低軌道衛星で絶え間なく通信できるようにするには多数の衛星を打ち上げる必要があるのですが、米Space Exploration Technologies(スペースX)の「Starlink」をはじめ、それを実現する企業が増えてきたことから、実用が急速に進んでいます。

実際、能登半島地震でもStarlinkを用いた通信サービスは積極的に活用されています。同社と提携しているKDDIは2024年1月7日に、Starlinkの設備を自治体や自衛隊、そして避難所などに約700台以上を無償で提供していることを明らかにしたほか、2024年1月12日には厚生労働省管轄の災害医療派遣チーム「DMAT」(Disaster Medical Assistance Team)と、Starlinkを活用した被災地域の医療活動支援を開始したことを明らかにしています。

  • KDDIのプレスリリースより。スペースXと提携しているKDDIは、能登半島地震に際してStarlinkを積極活用しており、DMATと被災地域での医療活動支援にも活用している

またソフトバンクも2024年1月10日、Starlinkを用いた法人向けサービス「Starlink Business」の機材100台を石川県内の行政機関や公共施設などに無償提供したことを明らかにしています。Starlink、ひいては低軌道衛星が能登半島地震の支援に大いに役立っている様子が見て取れます。

  • ソフトバンクのプレスリリースより。ソフトバンクも法人向けの「Starlink Business」の機材を、石川県内の各機関などに100台を無償提供したとしている

期待されるスマホと衛星・HAPSとの直接通信、その現状は

ですが、現行のStarlinkのサービスは、受信用のアンテナを屋外に設置して電源を確保しないと利用できません。アンテナや機材は静止軌道衛星のものと比べかなり小さいとはいえ、設置には一定の場所と手間、そして電力が求められるなど、災害時の利用にはハードルが残ることも確かです。

  • KDDIの移動基地局のアンテナ比較。右の四角いアンテナがStarlink、中央奥の丸いアンテナが静止軌道衛星用のアンテナとなっており、サイズ感が大きく違っているのが分かる

そこで今後期待されるのが、衛星とスマートフォンの直接通信による通信サービスの提供です。手元のスマートフォンが衛星と直接つながれば専用の機器を設置する必要はありませんし、緊急時であってもスマートフォンのバッテリーさえ残っていれば通信を維持できるからです。

衛星とスマートフォンとの直接通信は、すでにアップルが「iPhone 14」「iPhone 15」シリーズで実現していますが、現状利用できるのはSOSなどの短いメッセージを送ることのみですし、システムの都合上利用できる国が限定されており、現時点では日本では使えません。それだけに今後期待されるのは、特別なシステムを必要とせずに衛星との直接通信によって音声通話やデータ通信など実現することです。

  • アップルは「iPhone 14」以降で衛星との直接通信に対応、緊急時のSOSメッセージを送信できる機能を実現しているが、いまのところ日本では利用できない

こちらもすでに取り組みは進んでおり、2023年8月にはKDDIがスペースXと新たな提携を結び、Stalinkとスマートフォンの直接通信を2024年内に提供予定であることを発表。2024年1月3日には、スペースXがスマートフォンと直接通信できる衛星の打ち上げに初めて成功し、その実現に向けて大きく前進したことを明らかにしています。

  • スペースXは2024年1月3日に、スマートフォンと直接できる衛星の打ち上げに成功したことを発表。KDDIとの提携で国内でも提供を予定しているスマートフォンとの直接通信に一歩前進したこととなる

ただし、このサービスで当初実現されるのはSMSの送受信のみで、現状のiPhoneの衛星通信をやや進化させたものと考えられることから、過度な期待は禁物です。ですが、両社は将来的に通信容量を増やし、より大容量通信が求められる音声通話やデータ通信なども実現していく方針のようです。

そしてもう1つ、今後の実用化が期待されるのは、低軌道衛星よりもさらに低い成層圏を飛行するHAPSの実用化です。HAPSは、地上にあるスマートフォンとの距離がより近いので一層の大容量通信が可能になるほか、衛星と違って地上に着陸させて機材を交換できることから、新しい通信規格に対応しやすいなどのメリットがあります。

そのHAPSの実現に向けて、国内ではNTTグループとソフトバンクが力を入れて研究開発を進めており、世界的にも大きな存在感を発揮しているようです。実際ソフトバンクは、2023年の国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)においても、HAPSの携帯電話基地局で利用できる周波数帯の拡大などを主導したことを明らかにしています。

  • ソフトバンクはHAPSの業界団体を設立するなど、HAPSの研究開発に力を入れており、世界的にも大きな存在感を発揮している

各社は、HAPSによる商用サービスの提供を2025~2027年ごろと見据えて研究を進めており、その実用化に向けてはまだ時間がかかる様子です。とはいえ、HAPSの実用化が進めば、地上の影響を受けることなく一層の大容量通信を実現しやすくなるだけに、災害対策としても大いに期待できます。