武田良太総務大臣が2020年11月20日の記者会見で、携帯大手3社のメインブランドの料金引き下げがなされていないことに言及したことが波紋を呼んでいる。以前の会見ではサブブランドでの安価なプラン提供を評価していた武田大臣の、手のひら返しともいえる発言には多くの問題があることを忘れてはならない。

サブブランドだけの料金引き下げは「羊頭狗肉」

菅義偉氏が総理大臣に就任して以降、大きな注目を集めてきた、日本の料金が「高い」とされる携帯電話料金の引き下げに向けた議論。総務省が2020年10月27日に、公正競争促進に向け総務省が取り組むことを示した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」を提示し、それを受ける形でKDDIとソフトバンクの携帯2社が、サブブランドを通じ20GBの大容量プランを低価格で提供することを打ち出ひた。

それを受けて武田大臣は、2020年10月30日の会見で「各社ともアクションプランに対してしっかりと対応していただいておるんだろうと思っている」と話し、これらプランの提供に一定の評価を示していた。日本電信電話による株式公開買付の最中で、具体的な策を打ち出すのが難しかったNTTドコモの施策はまだ見えていないが、総務大臣の対応から、一連の対応をもってひとまず料金引き下げに向けた議論は落ち着くものと見られていた。

だが2020年11月20日の総務大臣会見で、武田大臣は記者から、携帯各社のメインブランドで料金引き下げ対応がなされていないことを問われたのに答える形で「多くの利用者が契約しているメインブランドについては、全くこれまで新しいプランは発表されていないんです。これが問題なんです」と発言。メインブランドでの料金引き下げがなされていないことを問題視する姿勢を見せたのである。

  • 武田総務大臣は就任直後から、菅政権肝いりの料金引き下げ実現に積極的に動いているが……

    武田総務大臣は就任直後から、菅政権肝いりの料金引き下げ実現に積極的に動いているが、2020年11月20日の会見ではメインブランドでの料金引き下げがなされていないことを問題視し、驚きをもたらした

武田大臣はさらに、「『羊頭狗肉』ということが適切かどうかわかりませんけれども、『いろんなプランができましたよ、作りました。あとは利用者の方々次第ですよ』ということも分からんこともないけれども、それではあまりに不親切ではないか」とも発言。各社のサブブランドでの対応を評価する先日の姿勢から一転し、メインブランドで料金引き下げがなされなければ意味がない、とも取れる発言をしている。

なぜ武田大臣が、突然手のひらを返したような発言をしたのだろうか。確かに2社のサブブランドが打ち出した20GBプランの内容は、従来のプランと比べ大幅に安いという訳ではなく、どちらかといえば消費者よりも政府に向けて打ち出されたプランでもあったことから、SNSなどでの評価は決して高いとは言えなかった。

しかも消費者の多くは現状、サブブランドではなくメインブランドを契約している。政府が携帯料金引き下げの実現に強い姿勢を見せた割に、自分達が利用しているメインブランドの料金が下がらないことを疑問視する声が多く出たことを意識し、一転してメインブランドでの料金引き下げも求めるに至ったと考えられそうだ。

成果を焦るが故に懸念される、国による携帯料金の統制

だが総務省のトップがこのような発言をするのには、非常に多くの問題があると感じてしまう。そもそも自由化がなされている移動体通信の市場において、国が特定のサービスの料金を統制するようなことをしてはならないものだ。

それゆえ総務省もこれまで直接料金に言及するのではなく、小規模の事業者であっても公正に競争できる環境を構築して企業間の競争を加速することに力を注ぎ、料金引き下げはあくまで競争の結果として進められるものとしていた。実際先に触れたアクション・プランも、あくまで公正競争を促進するための具体的な取り組みが記されているに過ぎず、直接料金の引き下げを求めている訳ではない。

  • 総務省が2020年10月27日に公開した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」の概要

    総務省が2020年10月27日に公開した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」の概要。公正競争促進に向けたさまざまな施策が示されているものの、携帯電話会社に直接料金引き下げを要求する施策はない

にもかかわらず、武田大臣は携帯電話会社のメインブランドに対象を絞り、料金を引き下げたプランの提供を求めるかのような発言をしている。これは自由化がなされているはずの市場に対して国が直接料金を統制することにもつながり、市場の自由そのものを奪いかねない危険なものだといえる。

しかも大手3社のメインブランドが、国の要請によって大幅に料金を引き下げたプランを提供したとなれば、楽天モバイルやMVNOなど、大手3社以外が提供する低価格サービスの競争力を大きく落としかねない。総務省はこれまで、楽天モバイルやMVNOなどの競争力を高めるため公正競争に向けた環境を整備してきたはずなのだが、メインブランドの価格統制が起きればそれらサービスの撤退が相次ぎ、競争が完全に失われてしまう可能性さえあり得る。

消費者からしてみれば、自分が使っているメインブランドの料金が大幅に下がることは大いに歓迎すべきことかもしれない。だがそれと引き換えに携帯電話市場が国のコントロール下に置かれ、競争が失われて多様なサービスが提供される土壌が失われることを好ましいと思っている人がどれだけいるのだろうか。菅政権の肝いりで短期間で成果が求められているとはいえ、総務大臣がメインブランドに限定した要求をするのはやや乱暴と言わざるを得ないだろう。

ちなみに武田大臣は、同日の会見で「これを機に、全てのユーザ、利用者の皆様方は、今一度ご自身の携帯の実態を見つめ直していただく。そして、どうぞいろんな方々に相談したり、事業者の方に相談したり、いろんな形を取って、更に自分の携帯料金が安くならないか。そうした努力にも努めていただきたい」とも話している。安価なサービスは既に多く存在するのだから、総務省、ひいては政府が最も力を入れるべきは、大手のメインブランドから乗り換えようとしない消費者に対し、自ら低価格のサービスに移るよう行動を促す施策ではないだろうか。