「MWC Barcelona 2023」で大きなテーマの1つとなっていた「オープンRAN (Open RAN)」。基地局のインターフェースを統一化し大手通信機器ベンダー依存からの脱却を図るとともに、日本の携帯電話産業の世界進出に向けた起爆剤になり得る存在として注目を集める一方、既に大手ベンダーの機器を導入している事業者は慎重な姿勢を見せるなど、普及に向けた壁は依然大きい。オープンRANに力を注ぐNTTドコモのGlobal Head of Open RAN solutions OREX Evangelistである安部田貞行氏に、オープンRANの現状と今後について話を聞いた。

複数ベンダー活用の実績をオープンRANに生かす

2023年2月28日から4日間にわたって、スペイン・バルセロナで実施されていた携帯電話業界最大の見本市イベント「MWC Barcelona 2023」。スマートフォンからネットワークまで幅広い展示がなされる中、大きな注目を集めたテーマの1つとなっていたのが「オープンRAN」である。

これは分かりやすく言えば、携帯電話の基地局を構成する機器のインターフェースを統一化し、複数のベンダーの機器を組み合わせてネットワークを構築できるというもの。現在、携帯電話の基地局は通信機器ベンダーによってインターフェースが違っているため同じベンダーの通信機器を導入し続ける必要があり、そのため通信機器ベンダーの立場が圧倒的に強い状況にある。

しかもその通信機器ベンダーのシェアは、スウェーデンのエリクソンと中国のファーウェイ・テクノロジーズ、フィンランドのノキアの3社で7割以上のシェアを占める寡占状態が続いている。ゆえにオープンRANは大手ベンダーに縛られ続ける現状を大きく変え、携帯電話会社が自由に機器を選べるようにする存在として注目されている訳だ。

だがこれまで特定ベンダーの機器に依存してネットワークを構築してきた多くの携帯電話会社からしてみれば、どうやってオープンRANを導入し、複数ベンダーの機器を組み合わせて十分なネットワーク性能を発揮できるのかなど、多くの疑問や課題があるというのも正直な所である。そこで生きてくるのが、これまでにも複数のベンダーの機器を導入してネットワーク構築を進めており、オープンRANの導入にも積極的に取り組んできたNTTドコモの実績だと安部田氏は話す。

  • 携帯電話ネットワークを大きく変える「オープンRAN」、NTTドコモに聞く普及の鍵とは

    筆者の取材に答えるNTTドコモの安部田氏

そうした実績を基にオープンRANの導入を推進するべく、NTTドコモは複数の通信機器ベンダーなどと共同で、2021年より「5GオープンRANエコシステム」を設立、海外の携帯電話会社がオープンRANの導入に向けた検証などをしやすくする仕組みを整えてきた。そしてNTTドコモは2023年2月27日、今回のMWC Barcelonaに合わせてオープンRANの導入を支援する海外携帯電話会社が5社に達したことを明らかにするとともに、オープンRANの体制を強化するべく5GオープンRANエコシステムを「OREX」へとブランド変更するに至っている。

  • NTTドコモはオープンRANを世界の携帯電話会社に広げる取り組みを積極化、「5GオープンRANエコシステム」を「OREX」へとリブランディングしアピールを強め、高い注目を集めているようだ

オープンRANがそれだけ盛り上がる背景について、安部田氏は「今まで(大手ベンダーに)任せきりで選択肢がなかったが、そのオルタナティブ(代替)が欲しいという事業者は多い」と答えている。だが個々の携帯電話会社が導入に向けオープンRANに対応した機器を用意し、検証するというのはハードルが高いことから、NTTドコモがその検証をできる仕組みをまとめて提供することで、導入に向けたハードルを取り除くというのがOREXの狙いとなるようだ。

慎重姿勢の事業者が増えるも今後導入は急加速

ただOREXでオープンRANの検証が容易になったとしても、具体的な導入というフェーズに向けては非常に大きな課題が存在する。最大の課題はやはり、既に大手の通信機器ベンダーの機器を用いてネットワークを構築しており、それを多くの顧客が利用していることだろう。

その環境にオープンRANを導入するとなると性能面や安定性などさまざまな課題を抱えてしまうことから、導入に慎重になってしまう事業者も少なからず出てきているようだ。実際オープンRAN対応機器の販売に力を入れている日本電気(NEC)は、既存事業者がオープンRAN導入に慎重な姿勢を示すようになったことで、この事業での業績を下方修正するに至っている。

  • オープンRAN対応機器などの販売に力を入れるNECは、MWC Barcelona 2023でも比較的大きなブースを構えてアピールを繰り広げていたが、オープンRANに慎重姿勢を示す事業者が増えるなどビジネスが順調に進んでいる訳ではないようだ

この点について安部田氏は、海外の携帯電話会社のオープンRANに対する関心は依然高いとする一方、「初期の頃は性能に課題があり、検証してみたが思ったより性能が(出なかった)、という話は色々な所を回っていると聞こえてくる」とも話している。検証の結果パフォーマンス面での課題が多く見えてきたことで、導入に慎重になる事業者が出てきているとの認識は持っているようだ。

ただ以前は技術検証やPoC(概念実証)の話が主体だったのが、最近では具体的な商用ネットワークへの導入に向けた話が増えているとのこと。それゆえ水面下で導入に向けた動きはむしろ加速していると安部田氏は見ているようで、「元々2023~2024年と思われていたのが、少し遅れて2024~2025年かなと」と、遅れは1年程度にとどまるとの認識も示していた。

とはいえ過去を振り返ると、NTTドコモは3Gの商用サービスを世界に先駆けて開始するとともに3Gでの海外事業展開を積極化したものの、その海外で3Gの導入が大きく遅れたことで事業の立ち上げがうまくいかなかったという経緯がある。導入の遅れが浮上しつつあるオープンRANが、その二の舞となる可能性はないのだろうか。

安部田氏は3G導入当時を振り返り、「当時2Gの回線がパンパンで、世界がどうあれ3Gを入れないといけないという感じだった」と話し、国内市場を重視した結果世界に先駆けて3Gを導入する必要に迫られたと答えている。一方でオープンRANに関しては最初から海外をターゲットに設定しており、「NTTドコモに入れてから広くあまねく海外展開するのではなく、海外でどういったものが必要なのかを考え、それをNTTドコモにも導入する」流れになっていることから、3Gの時とは大きな違いがあるとしている。

またオープンRANに関しては、同じ国内の楽天モバイル傘下の楽天シンフォニーも、海外携帯電話会社への導入をビジネスにするべく事業展開を積極化しているが、OREXと楽天シンフォニーの違いはどこにあるのだろうか。安部田氏はその違いについて、「我々は複数ベンダーの機器の組み合わせを提案し、携帯電話会社がオープンに選べる」ことを挙げている。

  • 楽天モバイルも傘下の楽天シンフォニーを通じて、仮想化技術やオープンRANなど楽天モバイルのネットワークで培った技術を海外の携帯電話会社に販売する施策を強化している

NTTドコモは5GオープンRANエコシステムの立ち上げ当初から、NECやクアルコム、エヌビディアなど国内外の12社が参画しており、各社の機器を用いて構成された複数の基地局での検証ができる仕組みを整えている。そうしたオープンな体制を生かし、幅広い顧客の要望に対応できるというのがOREXの強みになると見ているようだ。

  • NTTドコモでは複数のベンダーの機器を組み合わせて構築された検証用の基地局設備を4つ用意しており、それを海外の事業者が遠隔で接続し、検証できる仕組みを提供している

安部田氏は今回発表された5社だけでなく、MWC Barcelonaの期間中にも世界各国の携帯電話会社と話をしているとのことで、世界的にOREXの取り組みを進めていきたい考えを示している。通信機器や端末などあらゆる面において現状、世界の携帯電話市場における日本企業の存在感は全くないに等しい状況にあるが、オープンRANへの積極的な取り組みがその状況を大きく変える鍵となるか、引き続き注目される所だろう。