第381回で、「極超音速飛翔体とは何か」という話を書いた。以前は、「ミサイル防衛」といえば「弾道ミサイル」と「巡航ミサイル」が対象だったが、今後は極超音速飛翔体への対処も考えていく必要がある。すると当然ながら、センサーや迎撃手段、情報処理の分野で、改良または新しい装備の追加という話が出てくる。

イージス戦闘システムの新旧

たまたま日本では、イージス・アショア(AAMDS : Aegis Ashore Missile Defense System)のキャンセル問題が持ち上がっており、それと関連してイージス戦闘システムがニュース種になることが多い。加えて、すでに海上自衛隊では7隻のイージス艦を配備しており、さらに1隻を建造中。実は日本は、アメリカに次ぐ「イージス大国」でもある。

しかも、日本が最終的に配備する8隻のイージス艦はすべて、弾道ミサイル防衛(いわゆるイージスBMD)の機能を備えている。では8隻すべてが同等かというと、そういうわけでもない。そして、それぞれの艦が搭載しているシステムやその能力が、極超音速飛翔体を初めとする新たな脅威への対処に際して、影響してくる可能性がある。

そのイージス・システム。最初に開発が始まったのは1970年代の話で、それが改良に改良を重ねて2020年まで来ており、今後もさらに改良が続く。当然、当初のシステムと現行のシステムは別物といって良いぐらいに違う。すると、新旧を区別するための仕掛けが何か必要になる。

そこで出てきた言葉が「ベースライン」であった(過去形で書く)。わかりやすいところでは、ミサイル発射機が連装式のMk.26から垂直発射式のMk.41に変わったり、使用するコンピュータが変わったりしている。もちろん、そこで動作するソフトウェアにも継続的に手が入っている。

そして、最初に登場したタイコンデロガ級巡洋艦・27隻だけでも、ベースラインは0~4まであり、しかも就役後のシステム更新でベースライン5以降のシステムに変化した艦が何隻もある。その後に登場したアーレイ・バーク級駆逐艦になると、70隻以上が就役あるいは建造中で、建造期間も30年に及ぶ。よって、搭載するイージス戦闘システムのベースラインも4から10まであり、しかも初期建造艦に対するシステム更新が進行中。

  • 米海軍の駆逐艦「バリー」(右)と「ベンフォールド」(左)。いずれも、横須賀配備の前にイージス戦闘システムを最新版に取り替えてきている。外見は竣工時と比べてあまり変わっていないが、中身は別物だ 撮影:井上孝司

    米海軍の駆逐艦「バリー」(右)と「ベンフォールド」(左)。いずれも、横須賀配備の前にイージス戦闘システムを最新版に取り替えてきている。外見は竣工時と比べてあまり変わっていないが、中身は別物だ

さらにややこしいことに、イージス戦闘システムに後付けする形で弾道ミサイル防衛の機能が加わった。いわゆるイージスBMD(Aegis Ballistic Missile Defense)である。イージスBMDにも機能の違いから複数のバージョンがあり、しかもイージスBMDの機能を備えている艦と、備えていない艦がある。

いま見るべきはACBとTI

こんなことになれば、形態管理や導入後のシステム更新が面倒なことになるのは目に見えている。そこで登場したのが、以前にも言及したことがある、ACB(Advanced Capability Build)とTI(Technical Insertion)。ACBとはソフトウェアの更新単位で、TIとはハードウェアの更新単位。

基本的な考え方は「ACBは2年単位、TIは4年単位で新しいものに切り替える」だが、実際にはACBの数字も4年単位になっているように見受けられる。手元でまとめたデータを見ると、ACBにはACB08、ACB12、ACB16、ACB20があり、TIにはTI08、TI12、TI12H、TI16、TI20がある。

  • イージス戦闘システムの変化を簡単にまとめた図。2000年代後半から「ACB」「TI」という考えが出てきた 写真:US Navy / Lockheed Martin

    イージス戦闘システムの変化を簡単にまとめた図。2000年代後半から「ACB」「TI」という考えが出てきた 写真:US Navy / Lockheed Martin

そこで血迷った筆者は、米海軍が保有しているイージス艦すべてについて個別に、ベースライン、ACB、TIの一覧表を作ろうと企てた。米海軍が公表しているプレゼン資料や議会向けの予算資料などを調べ回っているが、それでもデータが十分にそろわず、歯抜け状態にとどまっている。しかも情勢の変化により、計画が変わることもある。

ロッキード・マーティンの社員さんにこの話をしたら「そりゃ大変じゃないですか」といわれた。イージス戦闘システムを手掛けているメーカーの当事者がそういうのだから、部外者にとってはなおのこと。とはいえ、歯抜けであっても、比較の土台になるデータが何もないよりはマシだと思っている。

細かい話は抜きにして、本稿で何をいいたいのかというと、見るべきはベースラインではなくてACBやTIのほう、とりわけACBではないか、ということだ。ソフトウェアで制御される、ソフトウェアが生命線のシステムだから、そのソフトウェアのバージョンこそがもっとも大事なのだ。さらにいえば、そのバージョンの間でどういう相違があるか、である。

ハードウェアは、ソフトウェアが走るための土台を提供するもの。ハードウェアが新しくなれば、処理能力、信頼性、保守性の向上という恩恵がある。だが、戦闘に関わる機能、例えば脅威評価や武器割当の良し悪しは、ハードウェアの新旧とは関係ない。お手元のパソコンやスマートフォンにしても同じことで、ハードウェアが新しくなっても、そこにインストールするオペレーティング・システムやアプリケーション・ソフトウェアが同じなら、できることは同じである。

そんな事情もあってか、米海軍が「ベースライン」による区分をやめるという話が出たこともあったと記憶しているが、これまでのところ、実現はしていないようである。それでも、表に出てくる用語の主流がACBやTIになってきているのは確かだ。

だから、ベースラインの数字の大小を見て「数字が大きいから良い」「数字が小さいからダメ」というのは短絡的であり、むしろACBの数字にこそ着目してほしいのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。