過去3回に渡り、軍艦を取り巻くネットワーク化・情報化の話題について取り上げてきた。ネットワーク化にしろ情報化にしろ、コンピュータや、コンピュータ同士を接続する通信機材の導入が不可欠である。また、情報系のシステムと武器を連接する必要もあることから、軍艦が装備する各種システムは複雑化する一方である。

中央集権システムから分散型システムへ

その複雑化にどう対処するかという話は後で取り上げることにして、まず情報系を含む各種の艦載ウェポン・システムにおける、大雑把な傾向の変化についてまとめておこう。

IT業界ではメインフレームを中核として端末をぶら下げる時代から、パーソナルコンピュータの登場によるダウンサイジング、ネットワーク化、クライアント&サーバ、分散コンピューティング、クラウド・コンピューティングなど、さまざまな流行りが生じた。こうした傾向は、軍用のシステムについても同様に存在する。

昔はコンピュータの導入台数が多くなかったし、そのコンピュータが大型かつ高価だったから、必然的に中央集権型のシステムになった。中央集権といっても、トランジスタやICの時代に作られた軍用コンピュータの性能は、当節のパーソナルコンピュータと比べても「屁」みたいなものだが、それでも画期的なものだった。

ただ、価格がどうとか保守性がどうとかいう話もさることながら、中央集権型のシステムを軍用という観点から見ると、ひとつ重大な難点がある。それが抗堪性である。ひとつの大型コンピュータがすべての処理を司っているのでは、それがダウンしたり、戦闘時の被弾損傷によって使えなくなったりすると、すべての機能を喪失してしまう。

それを防ぐには分散化するしかない。ひとつのコンピュータですべての機能を受け持つ代わりに、機能分野ごとに別々のコンピュータを配置して役割を分担させるとともに、それらをネットワークでつないで、互いに指令やデータを行き来させる。ということは、相互接続性・相互運用性を備えたネットワーク機器とプロトコルが必要になるということである。

さらに、その「別々のコンピュータ」も用途ごとに専用のハードウェアを用意するのではなく、共通のアーキテクチャに基づく同一製品で統一する方が望ましい。そして、ソフトウェアを入れ替えるだけで個別の用途に対応できるようにする。

クライアントPCやサーバを導入する際に、ハードウェアのメーカーやアーキテクチャやオペレーティング・システムがバラバラになることの悪夢を想定すれば、こうすることのメリットは容易に理解できる。

COTS化したワークステーション

それに輪をかけたのが、既存民生品の利用、すなわちCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化である。つまり「民生品と同じアーキテクチャやハードウェアに基づいて、汎用性のあるコンピュータを導入してネットワーク化、ソフトウェアの使い分けによって機能分担を図る」という話である。

それ具現化した機材の一例が、ロッキード・マーティン社が手掛ける汎用情報処理コンソール・AN/UYQ-70シリーズである。コンソールといっているが、メインフレームにぶら下げる端末のようなものではなく、要するに分散処理ワークステーションだ。

AN/UYQ-70では、ハード/ソフトは基本的に共通性を持たせておいて、用途別に筐体のサイズを変えたりディスプレイの数を変えたりしている。水上戦闘艦の指揮官用なら、大型でディスプレイが二面構成になるし、潜水艦搭載用なら筐体を小型にまとめて縦長のラックに収める。航空機搭載用なら縦方向にも小型化する。

といったところで出てくるキーワードが、オープン・アーキテクチャ化である。民生用のコンピューティング分野では「何をいまさら」という類の話ではあるが、専用開発品に依拠する傾向が強かった軍用品の世界では、これがトレンドになっているのが実情である。

ウェポン・システムとオープンアーキテクチャ

実のところ、オープンアーキテクチャ化とCOTS化は不可分の関係にある。もともと民生品のコンピュータ製品やネットワーク製品は、業界標準仕様、あるいは事実上の標準といった形で規格を揃えて、相互接続性や相互運用性を備えていることが多い。それを軍用ウェポン・システムの世界に持ち込めば、同じ流れが引き継がれる。

それに、オープン・アーキテクチャ化して「システム構成の柔軟性」「サブシステム交換の自由度」「後日のシステム拡張への対応」といったことを実現しておかなければ、軍用システムとして具合が悪い。

コンピュータの世界は高性能化と陳腐化が早いから、最初に導入したシステムを延々と使い続けるのは現実的ではなくなっている。また、ウェポン・システムの分野では新しい武器、新しいセンサー、新しいプラットフォームがどんどん加わってくるので、それに対応できることも必要だ。

さらに「商品」として考えた場合、カスタマーが求めるセンサー・武器・システムを自由に組み合わせることができる方が、商品性が高い。艦艇に限らず、その他の分野でも同じである。

例えば、輸出用の艦艇を売り出す場面で、対空捜索レーダーについてA国・B国・C国で、それぞれ使いたい製品が異なっていたとする。各国とも、既存品との共通性や過去の行きがかりなどから、使いたい製品やメーカーを決め打ちにすることは少なくない。そこで「特定の製品しか受け付けられません」といえば、商機を逃してしまう。

実際、海外、特にドイツの艦艇建造所は、このカスタマイズの自由度を売り物にしており、最初からそれを考慮に入れた設計を取り入れている。具体的な例を挙げると、物理的な面でのモジュール化設計である。搭載兵装を取り付ける部分についてモジュール化を図り、そこに兵装をポンとはめ込むわけだ。

ただし、いまどきのウェポン・システムは物理的に取り付けるだけでは使えるようにならない。搭載するセンサーや武器を艦側のネットワークや指揮管制装置と連接してすり合わせを行う、システム・インテグレーションの作業が必要になる。その負担を軽減するには、最初からそのつもりで設計したシステム、つまりアーキテクチャのオープン化に配慮したシステムを用意しておかなければ具合が悪い。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。