前回、陸上自衛隊の訓練ヘリコプターを手掛けているエンストロム社が、現在は中国企業の傘下に入ってしまっている、という話を取り上げた。実は、航空宇宙産業界では以前から、似たような話がいろいろある。
サプライヤーと機体メーカーの事例
まず、フィッシャー・アドバンスト・コンポジット・コンポーネンツ(FACC : Fischer Advanced Composite Components)。これは、複合材料製品の製造を手掛けている、オーストリアのメーカーである。
1924年に設立されたフィッシャー社(Fischer GmbH)では、スキー用品やテニス用のラケットなどを手掛けている。そのフィッシャーが1990年に、航空機用コンポーネントのメーカーとして設立した子会社がFACCだ。
そのFACCが2009年12月に、中国航空工業集団(AVIC : Aviation Industry Corporation of China, Ltd.)傘下の中航工業西安飛機工業集団有限責任公司(XAC : Xi'an Aircraft Industrial Corp.)に買収された。複合材料製品の設計・製作に際しては、金属素材と異なるノウハウを必要とするから、それを狙ったものと考えられる。
次に、航空機用ディーゼル・エンジンを手掛けているドイツのメーカー、テイラート・エアクラフト・エンジンズ(Thielert Aircraft Engines)。同社の製品導入事例としては、トルコのTAI(Turkish Aerospace Industries)が開発している軍用UAV・アンカがある。そのテイラートを、2013年7月にAVICが買収して、後に社名をテクニファイ・モータース(Technify Motors)に改めた。
AVICはアメリカでも、軽飛行機などで使用している航空機用エンジンの大手・コンチネンタル・モータース(Continental Motors)を、2010年12月に買収した。その後の2014年4月に、テクニファイ・モータースとコンチネンタルの航空エンジン事業を一本化した。
このほか、軽飛行機、ヘリコプター、無人機のエンジンを手掛けているミストラル・エンジンズ(Mistral Engines SA)を、広東伊立浦電器株式有限会社(Elecpro : Guangdong Elecpro Electric Appliance Holding)が買収した事例もある。
建前上、軍需部門も含めて中国企業の傘下に、というわけにはいかないため、テイラートの買収に際しては軍需部門を切り離したことになっている。しかし、エンジンは軍民関係なく同じものを使える、典型的なデュアルユース技術である。
実は、サプライヤーだけでなく機体メーカーも買収の対象になっている。前回に取り上げたエンストロムだけではない。
例えば、DA42などの小型機を手掛けているオーストリアのダイヤモンド・エアクラフト(Diamond Aircraft Industries GmbH)が、2016~2017年にかけて、萬豐奥特控股集团(Wanfeng Auto Holding Group)傘下の萬豐通用航空有限公司(Wanfeng Aviation Group)に買収された。
小型機メーカーではシーラス・エアクラフト(Cirrus Aircraft)も、経営不振に陥ったところにAVIC傘下の中航通用飛機(CAIGA : China Aviation Industry General Aircraft)が出てきて、2011年2月に買収された。このほか、アメリカのムーニー・エヴィエーション(Mooney Aviation)も、2013年10~11月にかけてAVICに買収された。
IT関連企業の事例
IT分野でも似たような話はある。
カナダの衛星通信関連企業・ノーサット(Norsat)に対して2017年6月に、海能達通信股份有限公司(Hytera Communications)、通称ハイテラが買収に乗り出した。この買収に際しては反対意見も出たものの、結局、2017年7月に買収が成立した。ハイテラは、昨今の華為技術関連事案に絡んで名前が挙がることもある、中国の通信機器大手の1つだ。
そして、おなじみの華為技術有限公司(Huawei Technologies Co. Ltd.)、いわゆるファーウェイも、2010年にサーバ仮想化技術を手掛けているアメリカ企業、3リーフ・システムズ(3Leaf Systems Inc.)の買収を仕掛けた。これはアメリカ政府の反対により頓挫したが、実はこの頃から、華為技術はアメリカで警戒の眼で見られていたのだ、ということは指摘しておきたい。
筆者はこの辺の動向をずっとウォッチしていたから、最近のアメリカ政府の動きを見ても「ああ、やっぱり」としか思わなかった。
狙いはデュアルユース
航空宇宙・防衛分野、あるいはIT分野において、中国企業が欧米企業を買収して傘下に収めた事例を調べてみると、経営難に陥ったところで中国企業が乗り出してきて買収する図式が多い。
ターゲットは、優れた軍民両用技術を持っているメーカーが多い。表向きは民生品のメーカーでも、COTS(Commercial Off-The-Shelf)化の掛け声が賑やかな昨今、それが軍事転用されないという保証はない。
人工知能(AI : Artificial Intelligence)関連企業などで、研究者や開発者が「軍事利用には反対」と声を上げる場面が見られる。このことはとりもなおさず、民間分野におけるAI研究が軍事向けの応用につながる可能性につながることを示している。
つまり、防衛関連技術を可に入れるための突破口として、軍民共用技術を有している会社を狙う図式になっている。経営が順風満帆では手を出しにくいが、経営危機に直面すれば「もっけの幸い」ということになる。
ハイテク企業の買収案件に接する際は、こうした背景も考えられるということを考慮する必要があろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。