まず、平時の警戒監視活動の中では緊張度が高い部類に属する、「空の警戒監視」について取り上げる。

現代の軍事作戦では、まず航空優勢を確保する必要がある。だから、仮想敵国の航空戦力が本格的に蠢動を開始した場合、それは航空戦が切迫していることを意味する可能性がある。そこまでエスカレートしなくても、平素から空の警戒監視を怠るべきではない。単に侵攻を察知あるいは抑止するだけでなく、情報収集活動を妨害するという意味もあるので重要だ。

対領空侵犯措置と防空識別圏(ADIZ)

平時の場合、空における主な活動は対領空侵犯措置を指すと考えてよいだろう。読んで字のごとく、悪意あるいは敵意をもって自国の領空を侵犯しようとする航空機を発見・排除するのが目的である。

これを達成するには、まず「発見」と「識別」が必要であり、そこで問題になるのが、中国がらみで話題になった防空識別圏(ADIZ : Air Defense Identification Zone)である。

領空とは、領海の上空である。海に面した国家では、海岸に設定する基線から12海里の線を境界とする領海があり、その領海の上空が領空ということになる。その領空に敵機、あるいはその他の正体不明機が侵入して自国に危害を及ぼす事態を防がなければならない。

ところが、陸上あるいは海上からの侵犯行為と異なり、航空機はスピードが速い。時速900kmで飛ぶ飛行機は1分間に15kmずつ進むから、領空ギリギリのところまで接近してから対処しようとしても間に合わない。意図的に侵犯行為を仕掛けるのであれば最高速度で突っ込んでくるだろうから、ことに相手が戦闘機なら、もっと速い可能性がある。

そこで、領空の外側にADIZを設定する。ADIZを飛行する航空機の動向を常に監視して、自国の領空を侵犯する可能性がある正体不明機、いわゆるアンノウン機を発見した時点で、戦闘機を緊急発進させて当該機と接触、正体を確認するとともに退去や針路の変更を求めるわけだ。

注意しなければならないのは、ADIZは「識別圏」という名前の通り、あくまで脅威となる機体を「識別」するためのものでしかないという点である。しつこく書くと、ADIZは領空の外側に設定するエリアであり、領空の拡大を意味するものではない。隣接する国同士でADIZが重複することもある。

だから、「防空識別圏」と書くべきところを、一部新聞記事の見出しのように「防空圏」と書くと、意味がまるで違ってしまう。実に困った省略だと思うが、それはそれとして。

ADIZを設定したら、そのADIZを平時から継続的に監視して、そこを飛行する航空機の正体を識別するとともに、動向を監視する必要がある。それが「空の警戒監視」である。

ただし平時の対領空侵犯措置では、領空侵犯しそうになったからといって、いきなり撃ち落とすような乱暴なマネはできない。まず、戦闘機を差し向けて目視確認させる。これがいわゆるスクランブルである。そして、触接して目視確認するとともに、証拠写真を撮ったり、無線を使って退去や針路変更を求めたりする。それでも相手が言うことを聞かなければ、随伴・監視、警告射撃、強制着陸、といった段階に進まざるを得ない。

なお、領空侵犯しそうな針路をとっていなくても、自国に近いところで仮想敵国の情報収集機(これについては追って取り上げる)がウロウロしているのは、あまり楽しいことではない。そういった機体をやんわりと追い払うことができれば、その方が望ましい。しかし現実的に考えると、領空の外を飛んでいる飛行機を力ずくで追い払うことはできないので、随伴して嫌がらせをするぐらいが関の山かもしれない。

監視手段の基本はレーダー

昔みたいに、地上に監視哨を設置して目視で対空監視を行う手も考えられないわけではないが、低い高度を飛んでいる飛行機で、かつ日中・晴天でなければ目視は難しい。だから、空の警戒監視における主要な手段はレーダーということになる。

ただし、地球は丸みを帯びているから、地上に設置したレーダーでは覆域が限られる。送信出力を上げて探知距離を長くとっても、電波は基本的に直進するものだから、水平線の向こう側は探知できない(参考 : 水平線(Wikipedia))。

同じ距離でも、目標の高度が高くなれば探知できる可能性が高くなるが、意図的に領空侵犯を仕掛けようとする航空機なら、レーダー探知を避けるために低空で侵入してくる可能性が高い。このことは、尖閣諸島で領空侵犯した中国海警所属機の事例、あるいは函館空港で発生したMiG-25強行着陸事件の事例から容易に理解できる。

その問題を緩和するには、レーダー・アンテナの設置位置を高くすればよい。もともと航空自衛隊のレーダーサイトは山の上にアンテナを設置して、できるだけ覆域を広く取ろうとしていることが多いが、山の上では高くするといっても限度があるし、都合のいい山がなければ話が始まらない。その点、E-2C、E-767、E-3といった航空機、いわゆる早期警戒機が搭載するレーダーの方が効果的である。

見通しがきくように、山の上にレーダーサイトを設置した例

レーダーを搭載する早期警戒機は、地上に設置したレーダーよりも広い範囲を監視できる。写真は米空軍のE-3セントリー(Photo : USAF)

機体の識別と二次レーダー/IFF

なお、警戒監視はレーダーだけでは成り立たない。レーダーで分かるのは、あくまで「飛行物体がいる」ということだけである。

そこで、軍用機なら敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)、民間機なら二次レーダーを併用する。これは、レーダーに併設したインテロゲーターが電波を使って誰何すると、当該航空機が備えるトランスポンダーが応答するというものだ。

IFFや二次レーダーを使用する際には、事前に識別コードを設定しておく。民間機の場合、フライトプランを航空管制当局に提出した時点で、それと紐付ける形で識別コードの割り当てを受けるようになっているので、「○○航空の△△便なら二次レーダーの識別コードは××」という具合に、関係が明確になっている。だから、インテロゲーターが誰何して、トランスポンダーが「××」というコードで応答してくれば、「○○航空の△△便」だと分かる。

軍用機も考え方は同じで、任務計画を立案して自国軍機を出動させる時点で、IFFトランスポンダーにセットする識別コードを決めておく。だから、事前に取り決めたものと同じ識別コードによる応答があれば、それは友軍機だと判断できる。いいかえれば、IFFの識別コードを設定し間違えると、敵機と間違われて撃ち落とされるかも知れない!

ということは、対領空侵犯措置に使用する対空捜索レーダーと、そこから得た情報を処理するシステムは、IFFや二次レーダーの識別コードに関する情報を得られるようになっていなければならない。ここが「軍事とIT」っぽいところである。

つまり、民間機なら航空管制当局の飛行データ管理システム、軍用機なら自軍の管制システムと連接して、識別コードの内容を照会できるようにしておく必要がある。すると、単に両者を通信網で接続するだけでなく、照会や応答のためのプロトコル、それとデータ・フォーマットを取り決めておかなければならないという話になる。

特に相手が民間機の場合、軍とは異なる組織が管制業務を担当しているのが通例だから、異なる組織同士でシステムを連接して、照会やデータの受け渡しを行えるシステムを構築する必要がある。まさにシステム・インテグレーションの問題である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。