「人手に頼る手作業」から「機械化」、そして「コンピュータ制御化」へと変化してきた事例はたくさんある。それは、本連載でこれから取り上げようとしている軍事、あるいはそこで用いられるウェポン・システムやその他の各種システムにおいても同じである。

そこで本連載では、順にテーマを決めてひとつずつ掘り下げる形で、各種のウェポン・システムや軍事作戦と情報通信技術の関わりについて取り上げていくことにしよう。最初のテーマは、航空自衛隊がF-4ファントムIIの後継機(F-X)として採用を決めた、ロッキード・マーティン製F-35ライトニングII戦闘機である。

タッチスクリーン付きの大画面ディスプレイ

まずは、以下の写真を御覧いただこう。これは、F-Xの機種選定プロセスが大詰めにさしかかった2011年10月に、ロッキード・マーティン社が都内某所に持ち込んで報道関係者向けに公開した、F-35のコックピット・シミュレータである。

F-35のコックピット・シミュレータ。モーション機能はないが、操縦桿や各種のパネル・スイッチ類は実機と同様に動作する(筆者撮影)

かつては、飛行機のコックピットというと、各種の丸形計器がズラリと並んだ光景が一般的だった。しかし最近では、ブラウン管や液晶ディスプレイにコンピュータ・グラフィック表示を行う、いわゆるグラスコックピットが一般的になっている。それをさらに推し進めたのがF-35のコックピットで、タッチスクリーン式液晶ディスプレイを横に2面並べており、全体サイズは19.6インチ×8インチとなっている。

このコックピット・シミュレータを使った記者説明会が行われた後のマスコミ報道では、「タッチスクリーン」というところに重点が置かれていたようだが、実はF-35における進化の本質はそこではない。

ステルス機はどのように戦うのがベストか?

すでによく知られているように、F-35はステルス性を備えた戦闘機である。ステルス性とはレーダーに映りにくいという意味で、業界用語では「低観測性」という。それを実現するために、ミサイルなどの搭載兵装を外付けにしないで機内兵器倉に収容したり、レーダー電波の反射方向を局限するような形状を取り入れたり、レーダー電波を反射しにくくする表面コーティングを施したりしている。

ただし、あらゆる場面でまったくレーダー探知が不可能というわけではないので、「見えない戦闘機」という形容はあまり正しくない。それでも、たとえば航空自衛隊で現用中のF-15イーグルあたりと比べれば、レーダー探知が困難になっていることは間違いない。

さて、レーダー探知が困難ということは、F-35の戦い方にどういった影響をもたらすだろうか。そこで登場するキーワードが、「先制発見・先制攻撃」である。

レーダーで探知するのが難しい機体は、それだけ、気付かれずに敵に接近できることになる。先制発見というのは相対的な概念だから、こちらが探知能力を高めることには直結しない。こちらの探知能力が同じでも、敵の探知能力を妨げることができれば、相対的に先制発見を実現できる。ステルス技術はそのための手法である、という見方もできる。

記者説明会の席に置いてあった、「日の丸F-35」の模型。ステルス機の公式に則った外形の持ち主である(筆者撮影)

ただし、視界範囲内まで接近してしまえば目視される危険性が出てくる。だから、目視可能な範囲まで接近する前にケリをつける方が望ましい。そこで、F-35は長射程のレーダー誘導空対空ミサイルを主兵装としている。これが「先制攻撃」の手段である。

ありていにいえば、F-35のようなステルス戦闘機はニンジャである。真正面から堂々と乗り込んでいってチャンバラを仕掛けるのではなく、敵に気付かれずに死角から忍び寄り、長射程の空対空ミサイルを撃ち込む。敵が襲われていることに気付くのは、空対空ミサイルが命中したときか、あるいは(もし搭載していれば)ミサイル接近警報装置が金切り声で警報を発したとき、ということになる。

もちろん、状況次第では視界範囲内まで接近してしまう場面、あるいは忍び寄られてしまう場面も起こり得る。だから、F-35が近接格闘戦のことをまったく考えていないわけではないのだが、できれば避けたい形であることに間違いはない。

先制発見・先制攻撃を支える状況認識能力

ただし、先制発見・先制攻撃を実現するには、自らは身を隠しつつ、敵を捜索・探知する能力が必要である。詳しいことは今後の回で順次取り上げていくが、そこで出てくるキーワードが「状況認識」(SA : Situation Awareness)である。

状況認識とは何か。それは、彼我の勢力や位置関係などに関する情報をできるだけ正確に収集・把握して、パイロットが最善の戦術を組み立てられるようにすることである。敵機がどこに何機いて、機種は何なのかが分かっているのと、五里霧中の状態に置かれているのとでは、パイロットにとっての戦いやすさには雲泥の差がある。

そしてF-35では、自機が搭載するレーダーだけでなく、外部のセンサー、たとえば早期警戒機や地上・艦上のレーダーなどの外部センサーによる探知情報も取り込んで利用する。センサーごとに別々のディスプレイがあるのでは大変だが、F-35は例の大画面ディスプレイに、さまざまなセンサーからの情報を融合・重畳して表示するので、パイロットはひとつの画面を見るだけで全体状況を把握できる。

また、パイロットの周辺視界を確保するために、ノースロップ・グラマン社製のAN/AAQ-37 EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)という仕掛けを備える。これは、機体の各所に取り付けたセンサーから得た映像を融合して、パイロットのヘルメットに組み込んだディスプレイ(HMD : Helmet Mounted Display)に表示するメカである。

センサーは機体の全周をカバーするように配置しているので、たとえば自機の床下を透過して下面の状況を見る、なんていう冗談みたいなことまで可能になる(ただし、このEO-DASの映像を表示するためのHMDが開発難航の一因になっているのだが、解決の目処はつきつつあるようだ)。

ということで次回は、F-35の「眼」について取り上げていくことにしよう。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。