先日インターネット上でとある「サラリーマンの闇」が明かとなった。

その闇の名は「QUOカード付き宿泊プラン」だ。

この時点で大した闇でないことは明らかである。先日、某ハンバーガー会社の社員が会社の金を7億横領するというハッピーセットな事件があったが、それに比べれば、不思議ちゃんが持っているやたら小さい日傘程度の闇だ。

楽天トラベルなどでビジネスホテルの検索をすると「QUOカード付き」という謎のプランが多くヒットする。このプランはその名の通り、宿泊するとQUOカードが貰えるというプランだ。

一見お得なプランのように見えるが、どうやらQUOカードなしプランと比べてみると、宿泊料金にQUOカード分がバッチリ上乗せされているようだ。つまり金額的にはプラマイゼロである。

では何故このようなプランがあるのか、子どもの頃「ピカピカしている」という理由で札より硬貨をありがたがっていたように、現代人は現ナマより、QUOカードロゴの笑顔に癒されているのだろうか。

それってつまり、ちょろまか…オイヤメロ

このQUOカード付き宿泊プランが真価を発揮するのは癒しではなく「出張」などで自分以外が宿泊費を負担する時だ。

出張の際、QUOカード付き宿泊プランを選べば、宿泊費は会社持ち、そしてQUOカードをゲットできるので、その分得をすることが可能なのだ。

おそらくホテル側もこのQUOカードプランを選んでもらった方が利益を出せるのだろう。この「QUOカードつきプラン」は調べれば山ほど出て来るそうだ。

サラリーマンの間では「挨拶をする」「コンドームをつける」レベルの常識なのかもしれないが、無職の私は初めて知ったテクだし、知らなかった人も多かったのではないが。

よって、この件がネットで取り沙汰された時は「おい!やめろ!」と、他人の会社で他人が7億パクったニュースを聞いた時より、怒りをあらわにするサラリーマンもいたようだ。

確かに7億かすめとられるまで気づかなかった会社もあるのだ。QUOカード着服に気付かない会社も多いだろう。しかしそれが有名になってしまったら「QUOカードプラン禁止」という、世界一侘しい社則が出来てしまうかもしれない。

セコいと言ってしまえばそこまでだが、食事代が出ないからこのQUOカードを当てているのだ、という切実な声も挙がっている。

QUOカードプランを使わないまでも、経費を自分のクレカなどで払ってポイントを得るという方法を取っている人は多いだろう。

もっとがめつい奴になると、ワリカンの飲み会代を自分のクレカで払いポイントを多くゲットし、のちに参加者から現金を徴収するということさえしている。ちなみに、フリーランスの飲み会だと、このあと、領収書を巡って殴り合いが起こる。

さすがにクレカのポイントのことまで処罰する会社は少ないだろう。むしろそんな小さいことにイチイチ目を光らせていたら、逆に目の前で7億パクられていることに気付かない気がする。

このように、会社の経費精算だけではなく、決済方法やポイントシステムが多様化したことにより、制度を知っているか知っていないかで「損得」の差が大きくつく社会に日本はなりつつある。

知っている人だけが得できる制度はもうやめにしません?

現在、増税に伴い、期間限定ではあるが、キャッシュレスポイント還元制度が行われている。

店によって、ポイントがつく決済方法が違い、さらに還元率にも差があるため、毎日還元率を気にして店を選んでいる人も多いだろう。

その一方で、キャッシュレスポイント還元という制度すら知らず、未だに現金でしか払わない、という人もいるのだ。

そんなの80歳以下ではありえないだろうと思うかもしれないが、40代の私の夫がそうだったので、結構知らない人もいるのだ。一応そう言う制度があると説明もしたのだが、利用するつもりもないようである。

同じ収入でも、このような制度をフルで使う人と、全く使わない人とでは、大分差がでてしまうだろう。このように制度が複雑化したことにより、情報格差が経済格差に影響する度合も大きくなりつつあるのだ。

キャッシュレスポイント還元ぐらいは、まだ皆に知られているが、日本には「そういう制度があることすら知られていない制度」というのが結構多く、そういう制度は「知っている人だけが得できる」というが現状である。便利な制度というのは、作るだけではなく「周知」までしないと意味がないのだ。

もちろん、教えてもらった上で面倒だから使わないという、ズボラな人間もいるが、このズボラな人間も今後ますます損が増えるだろう。

無職の私は知らなかったが、担当によると制度や税が複雑になったことにより、経費の精算も複雑化しているらしい。

そのことにより「ズボラな奴から脱落する」つまり、少額の精算は諦めて「自腹」にしてしまっている者が増えているそうだ。

ズボラな奴が悪いと言えばそこまでだが、出来れば、ズボラや情弱でも損はしない程度のシンプルな世の中にしてほしい。