デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第5回目のテーマは、ディズニーに見るグローバルとローカル

ヒットを連続的に生みだすことはあらゆる企業にとって重要なミッションであり、とても大変なことですが、優良ブランドを持っている企業とそうでない企業でははるかに前者のほうが有利です。そんな優良ブランドの中でも、あの「ミッキーマウス」を有するディズニーほど世界中の人にブランドイメージを喚起させるブランドはないでしょう。

以前私がポニーキャニオンにいたころには、そのディズニーブランドとさまざまな形で仕事をしてきました。その中で一番思い出深いのは、私が「里中茶美」という沖縄出身のアイドルをプロデュースしたときのプロジェクトで、彼女が「オリバー~ニューヨーク子猫ものがたり」というアニメ映画の日本語吹き替えをし、そのイメージソングを歌うというものでした。

「オリバー~ニューヨーク子猫ものがたり」というアニメ映画は、日本では1990年に公開されて、その後「リトル・マーメイド」などに続く長編アニメ映画復活の魁(さきがけ)で、巨額の収益を得る「ミッキーマウス」のようなキャラクターの開発にディズニーが本腰を入れ始めたころの作品でした。

そのプロジェクトでは、茶美がディズニーランドで映画のキャンペーンパレードをしたり、アニメ映像とコラボレーションしたビデオクリップを製作したり、さまざまな形でディズニーと関わりました。

当時、とくに印象に残っていることは、茶美がセリフを吹き替えたときに、米国から来ていたポストプロダクションのディレクターから言われた厳しい要求でした。ディズニーは世界中にコンテンツを展開しているグローバル企業です。そのディズニーから派遣されてきたディレクターからの唯一といっていいリクエストが、クリエイティブ上の表現ではなく、元のオリジナルと完全に似せなければならないということでした。

茶美は当時13、4歳でどちらかというと可愛い声です。しかも設定が女の子の役ですから当然可愛く演じようとします。ところが、ディズニーのディレクターからでた指示は、オリジナルに近い「もっと大人っぽく」でした。なので、元の声質に合わせて少し低い声で吹き替えをすることになりました。

このように、ディズニーのローカライズは、その細部に至るまでオリジナルに忠実に行うことが原則で、そのことが企業のブランドを守るという考え方が強くありました。それは、キャラクターのローカライズにも表れていて、少しのニュアンスの違いも許さないという姿勢です。キャラクターを扱う企業としては当然のことなのですが、それにしてもディズニーは群を抜く厳しさでした。ローカルにマッチする個性というよりも、オリジナルの再現性をすべてにおいて優先する鉄のような意志を感じました。

そんなディズニーといくつもの仕事を経験してきた私が、最近のディズニーに対して少し驚くことがあります。「カールじいさんの空飛ぶ家」がアカデミー賞の長編アニメ賞を獲得したりと、今絶好調のディズニーですが、そのローカルプロダクトに大きな変化を感じるのです。それは、オリジナル原理主義からローカルコンテンツ活性化への転換です。

「リロ&スティッチ」の派生コンテンツであるテレビ朝日系放送の「スティッチ!~いたずらエイリアンの大冒険~」のテレビシリーズでは、舞台をオリジナルのハワイから同じ南国の沖縄に移し、ハワイの女の子リロの替わりに沖縄のユウナという少女にするなど、内容もかなりのローカル色豊かなコンテンツになっています。以前のディズニーでは考えられないことです。

また、まったくの日本のオリジナルCGアニメ「ファイアボール」に至っては、原作からキャラクター、物語まですべてが日本のクリエイターによるもので、しかもそのロボットキャラクターは、まさにアキバ系を彷彿とさせ、フィギュアなども人気です。

これはいったいどうしたのかと、ずっとディズニーと仕事をしてきた私は不思議でなりませんでした。なにが、あの王国ディズニーに起こっているのかと。そして、そのブランドの根幹とでもいうべきキャラクターに何が起こっているのかと。

そんな中、先日ある会合でウォルト・ディズニー・ジャパンの代表であるポール・キャンドランド社長と話す機会があり、そのことをストレートにぶつけてみました。そのときにキャンドランド社長が言った第一声が、「ディズニーは変わった」というものでした。

たしかに、昔はオリジナルに忠実なだけが求められていたディズニーだったそうですが、10年ほど前にキャンドランド社長の時代になってから、彼がローカルコンテンツの重要性を説き、それへの寛容な対応を求め続けてきた結果が、今の状況を生んだということでした。さらには、ハリウッドにそんな運動を続けていた中で、レポートラインの保守的な責任者が変わり、さまざまな展開がしやすくなったとも聞きました。それであのようなローカルコンテンツの展開につながったわけです。

このディズニーの変化はこれからのビジネスについて多くの示唆を与えてくれます。

ひとつは、グローバル時代には世界を単一の国から見るのではなく、その国々の事情を酌んだマーケティングが不可欠であることです。グローバルな時代であるからこそローカル視点が重要で、それはあのハリウッドでもアメリカでも同様なのです。

そして2つめは、ブランドのキープは過去にしがみついているだけではダメだということです。時代への対応でそのブランドを育て、発展させ続けていかなければならないのです。

そして3つめが、それらを実現するプロデューサーの存在の重要性です。私は、ビジネス・プロデューサ-という仕事のスタイルがこれからの時代には不可欠になってくると思っています。ビジネス・プロデューサーとは、これまでのやり方に捉われないで自分なりのビジョンを「0 - 1創造」し、さまざまなビジネス資源を「融合」して、ビジョンを「1 - 100実現」するビジネスパーソンのことです。

ディズニーにおけるキャンドランド社長は、まさにそんなビジネス・プロデューサーのあり方を我々に教えてくれます。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。