2020年10月6日、座して待っていたノーベル物理学賞は、英国のペンローズ、ドイツのゲンツェル、米国のゲッズの3人が「ブラックホール」の研究で受賞が決定しました。賞金はペンローズが半分、あとの2人が4分の1ずつもらいます。

  • ノーベル賞の受賞メダルのレプリカ

    ノーベル賞の受賞メダルのレプリカ

実は、ブラックホール関連でノーベル賞は、これがはじめてです。みんなが大好きブラックホールがノーベル物理学賞。どこでもサイエンスでも楽しんじゃいますよ。

ということで、ブラックホールです。SF、ファンタジー、などなど創作物でもおなじみですな。ブラックホールは、せまい範囲に質量が集中したあげく、時空がねじまがりきって、時間や空間が破綻する特異点を持つに至った天体です。特異点の周囲では、光ですらその空間を離れることができなくなり、結果、そのエリア=事象の地平線(イベント・ホライズン)の中に入ったら、光すらでてこれず、外とは没交渉、脱出不可能になります。特異点を持ち、その周囲にそこからでてこれない領域を持つ空間、あるいは天体。それがブラックホールでございますな。

さて、ブラックホールですが、今回、ノーベル賞受賞の3人が初めて発見した、わけではありません。ブラックホールは大勢の科学者がさまざまな業績をあげながら、謎にせまってきた経緯があるのでございます。その中には、故人も多く、ノーベル賞の受賞の条件にかなわなかった人も多々います。いや、今回受賞したペンローズも89歳での受賞。2019年に吉野さんとともに受賞したグッドイナフさんの97歳には及ばないまでも「あ、まにあった」と思わず言ってしまいたくもなります。ちなみにペンローズの共同研究者はあのホーキングですが、一昨年76歳でなくなったのはまだ記憶にあたらしいですね。ホーキングは「ブラックホールの蒸発」とか「マイクロブラックホールが宇宙の誕生の時にできた」といったことを理論的に提唱しています。ブラックホール研究でも有名な一人だったんですな。ただ、これらが認められても亡くなっているのでノーベル賞は受賞できません。

さらに昔に遡ると、アインシュタインの一般相対性理論(1915年発表)に行き着きます。ブラックホールは一般相対性理論の解の1つなのです。アインシュタインが重力を時空の歪みであると喝破したことで、時空の歪みが極限に達したらどうなるか=質量を持たない光すら脱出できないブラックホールというアイデアが登場することになったのです。

アインシュタインはいまから100年前の1921年にノーベル物理学賞を受賞しますが、受賞理由は一般相対性理論ではなく、光電効果の証明でした。ノーベル賞は、理論単体では受賞にならず、それが実験的に証明されると受賞になります。一般相対性理論の効果は日食のさいに、星の位置がずれる(光線が重力で進行方向をまげられる)ことが1919年の観測で明らかになっていましたが、1921年の受賞理由にはならなかったんですな。

さて、ブラックホールです。アインシュタインの一般相対性理論を解くとブラックホールが登場するのですが、これは1916年にシュワルツシルトがやっています。彼は40すぎで軍につとめており、従軍中だったので、論文はアインシュタインが代わりに発表しています。シュワルツシルトは極端に質量が集中した場所では、時空が曲がり、光が脱出できない領域ができるとしています。この領域がシュワルツシルト半径で、シュワルツシルト半径よりも小さな天体がブラックホールになるわけでございます。もちろんいいくら長生きでもシュワルツシルトが現在まで生きるのは無理(150歳とかになる!)わけですが、彼は論文発表の年1916年に亡くなっています。ブラックホールについては、これに自転したら(カー)、とか、電荷をもったら(ライスナー)、その両方(カー・ニューマン)という解を考えた人がいます。カーはまだ存命ですが、ライスナーは1967年没です。ニューマンは存命です。でも、彼らはノーベル賞の受賞はならなかったのですな。

ここまでで、今回受賞のペンローズがでてきません。彼は何をやったのかというと、ブラックホールにかならずある、時空の歪みが極限になる「特異点」がどうしたらこの世にありうるか? という問題を解決したからでございます。

時空の歪みが極限になると、そこに進んだときどうなるかというのがめちゃくちゃになります。進んだ先がどうなるかが予測不可能になるのです。万一、この特異点にものが接触するとどうなるか? はるかかなたに跳ね飛ばされるのか? もう宇宙がめちゃくちゃになってもおかしくないのです。ところが宇宙はめちゃくちゃじゃない。ゆえにブラックホールはこの世に存在しない。ということだったのでございます。

ところがペンローズは、ブラックホールができるときに、特異点のまわりに、シュワルツシルト半径の距離に「事象の地平面(イベント・ホライズン:EH)」が登場し、内部の情報を漏らさない、ゆえに特異点はEHに守られ、問題なくブラックホールが誕生するということを一般相対性理論から計算したのですな。ペンローズは「現実的なブラックホール」を考えた人といえるのでございます。

一方、ブラックホールそのものの探索は、まずクエーサー(準星)と呼ばれる、異常に電波が強い天体が着想のもとになります。英国のケンブリッジ大学の電波天文台が、全天をスキャンして、ケンブリッジカタログを作った時にこれが見つかっています。特にケンブリッジ第3カタログ(3C)の48版(3C48)や273番天体3C 273は1960年に米国のサンデイジがその場所に天体(銀河)を発見した最初のクエーサーです。非常に強烈な電波を出しており、そのエネルギー源が謎とされました。ブラックホールに対象な天体ホワイトホールではないかと考えられたこともあります。

その後、これは巨大ブラックホールがあり、そこに物質がはいろうとしてはじかれ猛烈にエネルギーを出しているのを見ているという解釈が一般的になったのでございます。サンデイジもクエーサーが遠方の天体とみやぶった(ゆえにエネルギーの大きさも推定できた)シュミットもノーベル賞にはなりませんでした。

さらに、宇宙ジェットといわれる現象が話題になります。銀河の中心から二方向に猛烈な勢いで物質が吹き出している様子が見られるんですね。このエネルギー源もブラックホールが想定されました。

いっぽう、もっとずっと小さなブラックホールっぽいものがX線天文衛星ウフルのデータから見つかっています。日本もふくむ各国のチームが調べたところ、ブラックホールにふりまわされる青い星が発見されました。はくちょう座X−1の発見です。1964年のロケット観測で「ミョーに明るいX線源」が発見され、1970年にウフルのデータでイタリア出身の米国科学者ジャッコーニ(2002年にX線天文学のパイオニアとしてノーベル賞受賞、2018年没)が精度よく場所を特定し、発見につながったわけですな。でも、今回は、これは受賞の対象になっていません。

さて、遠くの銀河の中心にブラックホールがあるなら、天の川銀河(銀河系)の中心にあってもいいじゃないという考えがあらわれます。そこで、天の川銀河の中心を詳しく調べる研究がおこなわれます。今回はこれを行い、非常に小さくかつ異常に重い見えない天体があり、その周りに高速で回る多数の天体があり、中心にブラックホールがあると考えざるをえないといいう結論に2002年に至った、ゲンツェルとゲッズが受賞することになりました。はるか3万光年彼方の天体とその運動を細かい調べるために、数々の観測技術のブレークスルーと根気強い研究がこれをなしたのでございます。

ただ、この銀河中心のブラックホールの証拠ということだと、1995年に日本のチームが発見しているのですM106(NGC4258)の中心に、高速で移動する電波源があり、それを高精度で調べ、ブラックホールの証拠だという論文が発表されているのです。三好真さんらのチームで、今回のノーベル賞の発表でも、先行した類似の研究ということで言及されています。

あれ? じゃあ三好さんがノーベル賞でもよかったんじゃね(当時、大学院生で、現在も現役バリバリです)?? まあ、インパクトととして「天の川銀河の中心の」というのが効いたのでしょうかね。うーん、惜しい! という感じです。また、昨年発表された史上初のブラックホールの撮影成功も候補としてはおかしくなかったわけですが、ノーベル賞の選考委員は選ばなかったのですな。ただ、おそらくあの画像が、過去の研究成果を今年のノーベル賞としてとりあげるトリガーになったんじゃないかとはみんな思っています。ノーベル賞はそういうところがあるので。

  • ブラックホール

    EHTが撮影したM87の中心にあるブラックホールの画像 (C)EHT Collaboration

ということで、話はつきないのでこの辺で。おつかれさまでした。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。