象印マホービンから2020年10月に発売された「PU-AA50」。適用床面積24畳用の空気清浄機で、5年ぶりの新製品となる。
従来機種をベースとしながらも新規開発のパーツを導入するなど、大幅なリニューアルを実施。その開発に至った経緯やプロセス、デザイン面でのこだわりや開発秘話について、同社第二事業部 サブマネージャーの柳原浩貴氏に伺った。
歴史ある空清、5年ぶりの大刷新
象印マホービンが初めて空気清浄機を発売したのは1995年で、その歴史は実に25年にも及ぶ。過去にはグッドデザイン賞を受賞し、市場シェアが15%を超えていた時期もあったそうだ。今回5年ぶりに大刷新が行われたのは、昨今の社会的状況や、市場を取り巻く環境の変化があるという。
「PM2.5など大気汚染の問題が深刻化したここ10年の間に、多くのメーカーさんが参入し、空気清浄機の市場は活性化しました。最近は消費者の皆さまに、弊社が空気清浄機を手掛けているイメージがあまり浸透していないと感じています。そこで市場のプレゼンスを高めるために、一念発起して新たな製品を開発しました」
前モデルが発売されたのは2015年。柳原氏によると、社内でプロジェクトが立ち上がったのは、その翌年(2016年)の11月頃だった。「弊社の場合、通常の開発スパンは1~2年程度です。今回は、一般発売までに4年をかけた、異例の長期プロジェクトとなりました」と打ち明けるほど、気合いの入った力作なのだ。
空気清浄機の「本質」を追求
「新製品の発売にあたって、空気清浄機を今後どうしていくのか? という方向性も含めて、改めて一から考え直しました」と柳原氏。各社からはさまざまな機能を搭載した空気清浄機がより取り見取りに登場している昨今だが、「弊社としては、『空気清浄機としての本質を追求する』という方針が固まりました」と続ける。
その方針を元に、構造から見直した、まったく新しい空気清浄機を目指すことになった。2017年の春頃から、「空気の汚れには、そもそもどういうものがあるのか?」という点に着目。「大学時代に学んだことや、技術についても改めて論文を読みあさりました。『シンプルに空気をキレイにし続ける空気清浄機とは何か?』を突き詰めるため、家電量販店の売り場や国内外の製品をリサーチする日々を送っていました」と振り返る。
そして、突き当たったのは空気清浄機の原点。「多機能になっていくにつれ、価格も高くなっている空気清浄機。でも、そんなに機能は必要なのだろうか? うたわれている機能や性能を、ユーザーは果たして十分に享受できているのか?」という思いに駆られるようになったという。
そこで改めて空気清浄機の原点を追求し、空気清浄機で重要だと考えられる要素が絞り込まれた。まずは“浄化スピード”。「清浄能力=風量。大風量でしっかりと、スピーディーに空気を吸い込み、キレイにできることが不可欠」という結論に達した。
次に“静音性”だ。「空気清浄機は、たとえ大風量が出せても、うるさかったら日常的に使えない。部屋に溶け込み、そっと見守る存在であることが大前提と考えると、運転音が静かでなければならない」と考えた。その結果、大きくメスが入ったのがファンの構造で、「二重反転プロペラファン」が新たに採用された。垂直方向に2枚重ねたプロペラをお互いに逆方向へと回すことで、無駄なエネルギーの発生を抑えて効率よく風を発生させ、推進力を高めるテクノロジーだ。航空機や船舶でも使われている。
「プロペラファンは1枚だと、ファンの回転に合わせて風も回転し、拡散してしまうんです。それにより、回転する分のエネルギーが活用されず、無駄になってしまいます。対して、二重反転プロペラファンの場合は、2つ目のファンを逆方向に回転させることで直進性の高い風となり、天井まで届く力強い風を生み出します。回転する分のエネルギーを2つ目のファンで前へ進む力に変換でき、効率がアップします」
現在は商品企画を担当する柳原氏だが、大学は工学部出身で流体力学を学んでいたこともある。「学生時代に学んだ知識から、プロペラファンがいいだろうと、なんとなく頭の中にありました。そこで当時の教科書や論文を読んでいたところ、スクリューに二重反転プロペラファンを採用しているタンカーを見つけて、この方法であれば、直進性の高い風を生み出しつつも、ファンの回転が抑えられるかもしれないとひらめきました。とはいえ、弊社で形にするのは難しく、スクリューやプロペラファンを開発している企業に相談しました」と明かす。
象印がこの話を持ち掛けたのは、世界最大級の総合モーターメーカーである日本電産。2017年夏頃から共同で開発を開始した。
ところが、その過程において想像以上に苦戦したのが「騒音」。その苦渋の努力を次のように振り返った。
「従来は約50dBだった運転音を最初から10dB以上下げるという目標設定は、尋常でなくハードルが高かったです。形状や配置などさまざまな条件を組み合わせてシミュレーションをした結果、そこでうまくいっても、実際にフィルターを装填して空気清浄機の中に収めてみると、想定どおりにはならないというケースが少なくありませんでした」
以降も、フィードバックを得てはサンプルを作ってという状態を、2018年末まで繰り返した。「1~2カ月に1回くらいのペースで、合計7台ほど試作機を作ったと思います」と、その苦労を語る。
さらに、「試作でうまく行っても、量産に向けて金型を用いて試作を作るとまた結果が違ってきたりします。データで検証を重ねてある程度絞り込んでから試していますが、外側や他のパーツの形状などの影響を受けることで、性能が大きく変わってしまうので、とにかく試作と検証や、プログラムのチューニングの繰り返しでした。量産品では安定した性能を出す必要があるため、発売に至るまでに、プロペラの試作数は少なく見積もって100枚以上に及びました。ものづくりの難しい部分ですね」と付け加える。
空気清浄機の原点を見つめ直し、設計・機構を含めて一から作り直したと言えるほど渾身の新作空気清浄機を5年ぶりに発売した象印マホービン。その意図や背景からファンにまつわる機構・設計面での開発のプロセスを中心に語ってもらった。前編に続き、後編では空気清浄機における2つ目のキーパーツであるフィルターの開発秘話と、サイズ感や外観上の配慮、こだわりに迫る。